実際に偽装請負と判断された場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金を科せられる可能性がある。偽装請負は先に挙げたように、業務請負に見せ掛けた労働者派遣と解釈されるため、罰則は労働者派遣法に則する。罰せられるのは企業側であり、不当に働かされていたITエンジニア個人が罰せられることはない。ITエンジニアが被る不利益は法律的な処罰ではなく、労働の中で当然与えられるはずの権利が保障されない状態に陥ってしまうという点である。
こういった事態を避けるためにも、各契約形態がどのような側面を持ち、民法上でどのように区分されているのかを正しく理解しておくことが必要だ(表2)。
内容 | |
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雇用 (民法623条) |
当事者の一方が相手方に対して労務に服することを約束し、相手方がその労務に対して報酬を支払うことを約束することによって成立する |
請負 (民法632条) |
当事者の一方が相手方に対して仕事の完成を約束し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束することによって成立する |
委任 (民法643条) |
当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって成立する |
雇用は、すべての労使関係の基本となる契約である。使用者と労働者の間では、労務を行うことに対する約束が発生し、労務それ自体に対して報酬が発生する。労働者は仕事や勤務時間の裁量権がなく、それらは使用者が提示する必要がある。
請負はこれとは異なり、請負人が注文者に対して「仕事の完成」を約束し、注文者は「仕事の完成」に対して報酬を支払うというもの。請負人は注文主から独立した立場にあり、業務や勤務時間に裁量がある。そして仕事が完成して初めて、報酬を請求することが可能となる。
委任は仕事の完成を必要としない請負契約と考えれば分かりやすいだろうか。労務それ自体に対し報酬が発生するが、業務や勤務時間の裁量は請けた側に任されている。
フリーエンジニアの立場としては、発注者からの注文を聞き入れざるを得ないこともあるだろう。もちろん契約外の内容なら受け入れる必要はない。しかし、ただ単に「いや、当初の契約ではそこまでする必要はありませんから」と要求をはねつけてしまっては、仕事がスムーズに進まない。
そこで佐藤氏は、契約書の条項に工夫をするべきだと提案する。例えば、以下のような内容を請負契約書に盛り込んでみよう。
第○条 経済事情の変動、業務内容および進行の変化などにより報酬が不相当となったときは、甲乙協議のうえこれを改定できるものとする。
あくまでも一例だが、こういった文を契約書に記すことで、業務に変更が必要となった際、協議の下に報酬を変更するという柔軟な対応が可能となる。発注者にとっても、業務内容の変更を依頼したいときに話をしやすいというメリットがある。
佐藤氏の質問に対し、来場者のほとんどが正しく偽装請負を見抜いたと先に述べた。しかし、偽装請負の実態を把握しつつも、業界の慣例やそれまでの付き合いで偽装請負に近い労働状態になってしまうケースは多い。
佐藤氏による解説の後に質問者として立ったITエンジニアは、フリーとして独立し、所属していた会社から業務委託を受けているが、作業内容や勤務時間に関する注文が後を絶たない現状を語った。この状態は、当然のように偽装請負と判断されてしまう。
こういったことは、独立後のフリーエンジニアが目の前に突きつけられる問題であるのは間違いない。最終的に自分と自分が得るべき報酬を守るには、契約書をきちんと作成することが必要となる。
ネット上には契約書などの書面テンプレートがあふれているが、それをそのまま利用するのは極力避けた方がいい。契約書は、発注者と請負人の合意関係を承認するものであると同時に、任意規定の部分を自分に有利になるように修正する道具でもある。その意識を持ち、仕事を進めていく中で必要となり得る法律事項を想定して慎重に条文を作成することが、自分の権利を守ることになるのだ。
契約書内には当然、作成された成果物の権利なども盛り込まれる。プログラムは著作権法で管理され、発明事項は特許権によって管理される。このように、IT業界で必要となる知識はさまざまな法律にまたがっている。それをきちんと整理し、自分を十分に守れる契約を結ぶことが重要だ。
IT業界における契約書のモデルとして、経済産業省が「情報システム・モデル取引・契約書」を作成しているので、契約書面の一例として参考にしてほしい。
正しい法的知識を持つことは、自己防衛だけでなく、自分の利益を大きくすることにもつながるのだ。
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