本連載は、さまざまなキャリア理論を紹介する。何のため? もちろんあなたのエンジニア人生を豊かにするために。キャリア理論には、現在のところすべての理論を統一するような大統一理論は存在しない。あなたに適した、納得できる理論を適用して、人生を設計してみようではないか。
今回は、米国にあるキャリアカウンセリングの専門家の団体、「NCDA」(全米キャリア開発協会)の会長を務めたことのある、ナンシー・K・シュロスバーグ氏の理論を紹介しましょう。彼女は数年前来日した際、キャリアカウンセリングの専門家や、同分野に関心のある人々を対象に講演を行いました。私も聴衆の1人として参加し、彼女の理論の概要について直接説明を聞くことができました。
シュロスバーグ理論は、私たちが人生で遭遇するさまざまな出来事のうち、自分の人生に大きな変化をもたらすような出来事(例えば、就職、転職、結婚、離婚、親の死など)、すなわち「転機」を乗り越えるためのノウハウを体系化したものです。当理論を活用することで、キャリア形成に役立てるだけでなく、人生の一大事に対し必要以上にうろたえることなく、うまく対処できるでしょう。
シュロスバーグ氏は、転機がもたらす「変化」を克服するためのステップとして次の3つの段階を示しています。
以下、この3段階に沿ってシュロスバーグ理論を解説していきます。
●1.変化を見定める
あなたの人生に変化をもたらす「転機」は、大きく次の2つに分けることができます。
「イベント」は、就職、昇進、結婚、子どもの誕生、失業、転職など、言葉どおり出来事として起きることです。一方、「ノンイベント」とは、起きてほしいと期待していたことが実現しなかったことです。希望していた会社に就職できなかった、昇進できなかった、子どもができなかった、ふさわしい結婚相手が見つからなかった、といったことが該当します。ノンイベントは起きなかったことですから、突然の変化をもたらすというわけではありません。しかし、イベントと同様、生き方に大きな影響を与えます。
例えば、結婚というイベントは、2人で住むための新居への引っ越しや、どちらか一方が会社を辞めざるを得なくなるなど、結婚を契機とした明確な変化をもたらします。逆に「ふさわしい結婚相手が見つからなかった」というノンイベントは、ある年齢を過ぎたら、1人で生きていくことを覚悟して「終(つい)のすみか」としてのマンションの購入を検討したり、長く勤められる仕事を探すなど、キャリアを見直す必要が出てきます。
このように、イベント、ノンイベントとも、あなたの人生における転機であり、何らかの変化をもたらします。なお、転機の多くは、就職、転職、結婚のように自分の意思で起こすものですが、病気や配偶者の死など、自分では予期しなかった突然の転機もあります。突然の転機の方が不意を突かれるだけにより大変ではありますが、自分自身で起こした転機もまた、乗り切るのはそう簡単ではありません。なぜなら、転機には「さまざまな変化」が伴うからです。
では、転機がもたらすさまざまな変化にはどのようなものがあるでしょうか。シュロスバーグ氏は次の4つを挙げています。例として、「転職」というイベントを基に説明します。
1 役割が変化する
転職すると、前職とは異なる部署に配属されたり、役職が変わることがあります
2 人間関係が変化する
転職先では、新たな上司、同僚、部下たちとの関係をつくっていくことになります
3 日常生活が変化する
職場までの通勤ルートが変わったり、以前と違い残業が増え、遊ぶ時間がなくなるといったことも起きます
4 自分や世の中に対する考え方が変化する
転職先で初めて管理職のポジションに就いた場合、自分のマネージャとしての能力や適性に気付かされたり、いままで疑問にも思わなかった社会的ルールに対する疑問が生じたりといったことが起きます
「変化を見定める」段階では、以上のような視点に基づいて、自分の現在直面している転機がどのような変化をもたらしているのか(あるいは今後もたらすのか)を、まずは客観的に把握します。つまり、転機に立ち向かうための準備段階だと考えればいいでしょう。
多くの転機は、これら4つの側面すべてに大きな変化をもたらします。いやむしろ、4つのすべての側面に大きな変化をもたらすような出来事だからこそ転機と呼ぶのです。問題となるのは、転機は人生の多方面に及ぶ変化が続けざまに押し寄せるため、うまく乗り切ることができないと、精神的に落ち込んだり、場合によっては病気になってしまったり、周囲にいろいろと迷惑をかけてしまう可能性も高い点です。そこで、シュロスバーグ氏は、転機に適切に対処するノウハウを体系化したというわけです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.