「最初の10年は泥のように働く」――情報処理推進機構(IPA)理事長 西垣浩司氏が伊藤忠商事 丹羽宇一郎氏の言葉を引用したとき、記者は「なるほど」と感じた。10年という期間が長いか短いかはともかく、若いうちは必死で働こうという考え方は、それはそれで「アリ」だ。「10年、泥のように働ける人はいますか」と司会が登壇していた学生10人に尋ねたところ、手を挙げた学生は1人もいなかった。
そこにあったのは、明確な「意識のズレ」だ。「IT企業」という言葉ひとつとってみても、学生たちが考える「IT企業」――例えばグーグル――と、「IT企業」の社長として登壇したパネリストたちとの間には「ズレ」があった。その「ズレ」を伝えようとしたのだが、結果として読者の方々から多くのご批判をいただいた。「面白おかしい部分を殊更に強調している」「IT業界のネガティブキャンペーンではないか」。記者にそのような意図はなかったが、誤解を招いたのは事実。ご批判を真摯に受け止めつつ、責任を取らねばならぬと考えた記者は、派生した3つのイベントに足を運び、詳細なレポートを公開した。以下にまとめる。
「IT業界をひとくくりにはできない」「泥のように働かされるような業界ではない」というメッセージを打ち出したのが、東京大学 浅見研究室が開催した「IT企業はほんとに泥のように働かされるのか〜ナナロク世代がお答えします」というカンファレンス。「ナナロク世代が学生に答える」という趣旨だ。現場を知る5人の登壇者は、極めてポジティブな視点からIT業界を捉えた。「泥なんかじゃない」というストレートなメッセージは、学生たちに響いたと記者は信じる。
ひがやすを氏の「『泥』ばかりでもないし、かといっていい面ばかりというわけでもない。その両方の側面を見せるイベントを開催したい」という思いから実現した「エンジニアの未来サミット」は、残念ながらメインターゲットの学生を多く動員することはできなかったものの、意義のあるイベントだったと感じる。とりわけ、はてなの伊藤直也氏が提示した「学生が『ブラック企業』を選ばなくて済むような情報を届けられれば、悪い企業は淘汰され、IT業界が盛り上がる」という観点は重要だ。学生はその情報を得ることができない。情報の非対称性こそが問題だ。だから「意識のズレ」が生まれたのだ。
IPA Forum 2008で、西垣氏は「ちょっと過激にいい過ぎた」と語った。各所で指摘されたとおり、IT業界をひとくくりにはできないことを説明し、「ある分野では業務ノウハウが必要だから、下流工程で業務について勉強しつつ、コーディングをたくさんしてほしい」というメッセージを打ち出した。そしてこのイベントでも、「学生はIT業界の情報を得られない。どこがいい企業で、どこが悪い企業か分からない」という問題が提示された。西垣氏の回答は「情報を得る努力が必要」。ある側面で、その意見は正しい。だが、学生に対してIT業界がきちんと広報活動をできていたかというと、それもまた疑わしい。
「学生にIT業界の姿を正しく伝えるにはどうすればよいか」という課題が見えたことを、非常に価値のあることだと記者は感じる。学生にIT業界の姿を伝えるということ、それもまたメディアの責務だ。
このままでは、記者はIT業界のネガティブキャンペーンの急先鋒である。学生にIT業界の姿を正しく伝える→多くの学生がIT業界に興味を持って就職する→IT業界が盛り上がる――そのようなサイクルを生むための支援ができないだろうか。そんなことを考えている。
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