第103回 シリコン・フォトニクスが攻殻機動隊の世界を実現する頭脳放談

Intelが新しいシリコンベースの光センサーを開発。この技術は新しい産業を生み、SFの世界で語られる光学迷彩を実現するかもしれない。

» 2008年12月25日 05時00分 公開
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 今回は、Intelの「将来のコンピュータと通信を高速化するシリコン・フォトニクスの進展を達成」というニュースリリースについてコメントさせていただく。前回に続き、話題はIntelであるが、「シリコン・フォトニクス」というのは何もIntelだけが開発している技術ではなく、多くの会社や組織が取り組んでいる。ある意味「世の中を変える」ようなポテンシャルを持った技術トレンドだと思うのでこの機会に取り上げさせていただく。

 「シリコン」と付いているように、この技術もシリコンの微細加工をベースにしている。つまりはシリコンを主な素材としてきた半導体産業の中から生まれてきた技術といってよいのであるが、「半導体デバイス」に含めるのは妥当でない。断定的にいってしまえば、半導体産業から新たな産業の芽が出てきた、ととらえるのが正しそうだ。その基盤は量子力学にある。

 もちろん、半導体トランジスタだって基盤は量子力学にあったじゃないか、といわれれば確かにデバイスとしての動作を説明しようとすればそうである。しかしファインマン先生(Richard Feynman:量子電磁力学の基礎を築いたノーベル物理学賞を受賞した物理学者)のお教えによれば、「ガラス板の光の反射」すらも量子力学的説明を必要としているのだ。原理はともかく、現実の半導体のトランジスタ回路の設計は、それがマイコンであろうと、無線であろうと、ぶっちゃけたところをいえば「真空管を使った電子回路と大きな違いはない」のである。「エレクトロニクス」という産業的に見れば、その基礎はJ. C. マクスウェル先生(James Clerk Maxwell:古典電磁気学を確立した理論物理学者)が集大成されたところにあるのであって、「19世紀の科学」が発展したもの、といえなくもない。

 これに対してシリコン・フォトニクスというのは、「ばりばり量子力学」なのである。「20世紀の科学」がようやく工学的にデバイス化されつつあると思った方がよいかもしれない。しかし、いかんせん筆者はしがないマイコン屋で門外漢である。それでもあえて少しコメントしたかったのは、一般の方々はもちろん、業界人ですら、この新産業の芽に対して「ノーマーク」状態にあるように思えてならなかったためだ。もしかすると、この不況からの脱出は「量子力学的効果」に頼ることになるかもしれないと思っているのだが……。

シリコン・フォトニクスで実現する世界

 さて今回、Intelのニュースリリースをそのまま読んでも、何がどうすごいのか、全体像のどこの部分なのかよく分からないのではないかと想像する。まずは微細加工技術が新たな可能性を生み出していることを指摘しなければならない。いまや数十nmといった精度でトランジスタが加工されていることはよく知られたことと思う。ここで、光の波長と比較してみると、すでにこれは可視光線の波長よりもはるかに小さい単位で加工ができているということでもある(半導体の製造上はこれが大きな問題になっているが)。このことが、量子力学的に「予想」されていたような「微細構造」を現実のものとしたのだ。光の波長より小さな構造を並べていくことで、従来の素材ではあり得なかったような光学特性が現実のものとなっている。端的にその効果を指摘するために尊敬する押井守監督の映画「攻殻機動隊」からヒロインをお借りすれば、「草薙素子の『光学迷彩』、これが実現できる!」ということだ。攻殻機動隊をご存じない方のために補足すると、「光学迷彩」というのは光学的に透明人間化する技術のことである。

 微細構造は従来の古典的光学ではあり得なかったような特性を実現できる。別に光学迷彩に限らず、超高速で大容量の「電脳世界」、まさに魔法かアニメーションでなければ実現できなかったことが実現できるようになる可能性がある。そういった微細構造と量子力学の組み合わせの中でもシリコンという素材が注目されるのは、これはすでに大規模産業として確立しきったエレクトロニクスとの融合が「すぐにできる」という点にある。ちなみにシリコンは赤外領域で透明だという性質があるため、波長的には数十nmどころか1μm以上の光を使うことが考えられている。

 しかし、シリコンを使った開発にも容易ではない点がままある。シリコンそのものは研究されつくし、加工技術も確立している素材であるが、「光らせる」には不向きなのである。それが証拠にLEDのような「光る」半導体というのは、すべからく化合物半導体であってシリコンではない。だが、シリコン基板の上にすべてを集積しようとすれば化合物でなく、シリコンで「発光」「伝達と経路の制御」「受光(検出)」ができないとならない。それ、つまりは「シリコン」フォトニクスができれば、エレクトロニクスと量子光学がチップの上で一体化するのだ。

 無線デバイスなど見れば明らかなのだが、周波数が高いほど、多くの情報が送れることはお分かりと思う。マイクロプロセッサなどの場合、現在は最高でもGHzオーダーの電気信号で動いている。ところがこれが赤外線になったらどうだろう。周波数でいうとT(テラ)どころかP(ペタ)のオーダーに変わるのである。その潜在的なインパクトの大きさが分かるだろう。

Intelのシリコン・フォトニクスは重要な第一歩

 今回のIntelのニュースリリースは、ひと言でいってしまえば、「APD(アバランシェ・フォト・ディテクタ)」と呼ばれる検出素子の性能の良い物をシリコンで実現できた、というものである。飛び込んできた光子が突き出した電子を電界の中で加速して「なだれ(アバランシェ)」を起こして増幅して検出するというものである。なにもシリコン・フォトニクスの範疇でない既存技術の素子であれば、すでに広く使われている。蛇足だがスーパーカミオカンデなどで使われている光電子増倍管も、電界で何段も増幅して光を検出する点では似たような動作をするようなので、個体素子でできた商用のAPD素子がトランジスタなら、本リリースの検出素子は真空管に当たるような素子でないかと思う。

 検出については、APD素子が一番ベーシックであるらしい。究極的には「単一の光子」を検出するための素子が多くの研究者のターゲットとなっている。とはいえ、発光/伝送/検出がそろわないとシステムにならない。現状は、「システム」つまりは「商品」になりそうなところまではマダマダという認識だ。その中でIntelなどは微細加工技術も優れ、資金力もあるはずなので、最右翼の1社であるように思われる。Intelがシリコン・フォトニクスを実用化したら、Intelが「草薙素子」を製造することになるのか? Intelに限らず、シリコン・フォトニクス関係者の1日も早い産業化への努力に期待したい。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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