II.どのくらいの報酬を支払うか?(報酬の水準を決定する)
報酬の水準は、会社の支払い能力に依存します。会社の支払い能力には限界があるので、この限界を念頭に置いたうえで報酬水準が決定されますが、このほかにはどのような点に配慮すべきでしょうか。IT企業の現状に基づいて、2つの視点から解説を進めていきます。
・外部競争力と内部公平性を両立させる
外部競争力とは、労働市場における人材の獲得競争力を意味します。IT業界のように労働市場性が比較的形成されていて、今後さらに優秀人材の希少性が高まると想定される業界では、外部競争力を意識した報酬水準の設定が求められます。
ただし、外部競争力を意識しながらも、内部人材(既存社員)の報酬水準との公平性を忘れてはいけません。もし外部人材を高額の報酬で確保した場合、報酬が既存社員の水準と大きく離れていると、内部人材の流出を引き起こしてしまう恐れがあります。
では、会社にとって貴重な戦力と判断された外部人材の労働市場性(報酬水準)が非常に高かった場合は、どう対応すべきでしょうか?
この場合は、報酬水準と変動ルールを併せて考える必要があります。要するに、報酬総額における変動給の比率を高く、固定給の比率を低く設定する方法です。年俸制を導入して、毎年の評価に応じた洗い替え方式で報酬水準を決定することで、報酬に柔軟性を持たせておく方法も考えられます。これらの方法は、実際の仕事内容や結果を総合的に判断して報酬水準を決めることを意図しています。外部競争力と内部公平性を両立させることが、報酬水準の決定においてポイントになります。
・仕事の実態を反映させる
IT企業は、若年層でも比較的報酬水準が高いといわれていますが、それは過酷な職場環境の中で、日々の残業代が積もりに積もった結果、報酬水準が高めに見えているだけです。
ここで問題となるのが、非管理職層の月例給与(基本給+残業代)が、管理職層の月例給与を超えてしまうという逆転現象です。この現象は、管理職層に昇格すると残業代の支給対象外になるために起こります。逆転現象が放置されてしまうと、「報酬水準が下がるので、管理職になりたくない」という意見が出てきます。このような状態では、報酬制度が社員を会社の目指す姿へと方向付けることができません。
そこで管理職層と非管理職層の報酬水準を考える場合、特にIT企業では残業代の支給実態を踏まえる必要性があります。制度として、例えば管理職と非管理職の間に残業代の支給実態を踏まえた報酬格差を設ける、管理職に支払われる手当(管理職手当や役職手当など)の水準を高めに設定するといった方法で対応します。また、残業時間の削減活動に取り組み、高い効果性が認められた場合には、その取り組みにインセンティブを支払うことも考えられます。
III.どうやって支払うか?(報酬の変動ルールを決定する)
報酬の変動ルールは、≪(1)生活給としての“安定性”
(2)インセンティブとしての“刺激性”のバランス
(3)経営としての“コントロール可能性”≫
(2)インセンティブとしての“刺激性”のバランス
(3)経営としての“コントロール可能性”
が設計のポイントになります。
報酬は社員にとって生活に不可欠な所得であり、安定性が求められると同時に、貢献に応じた刺激的な変動ルールが必要です。また労働法によって、報酬を下げることが制限されているために、中長期的な視点を持って変動ルールを設計しなければなりません。これらのポイントがうまく仕組み化されていないと、「社員の方向付け」機能や「人件費のコントロール」機能が効果的に働きません。
報酬制度がうまく機能するためにも、(1)安定性、(2)刺激性、(3)コントロール可能性の視点から、基本給と賞与における変動ルールを解説していきます。
・基本給
Iで解説したとおり、何に対して報酬を支払うかによって報酬の変動ルールは変わります。ここでは、Iで推奨した「能力給」を基本給として、その変動ルールを解説します。
日々の業務で能力が向上していると考えれば、向上した分だけ能力給も上がります。一方で、能力の低下は一般的に考えにくいため、能力給を下げるということは難しくなります。
こうした能力給の変動を、(1)安定性、(2)刺激性、(3)コントロール可能性の視点からとらえると、変動ルールは以下のように考えられます。
(1)安定性
社員の安定的な生活を支えるために、評価が標準の場合に昇給する
(2)刺激性
a.高評価の場合、その高い貢献度に合わせて大幅に昇給する
b.昇格した場合、いま以上に高度な能力の発揮を期待して大幅に昇給する
(3)コントロール可能性
a.低評価であれば、報酬の下方硬直性を考慮して昇給しないか、もしくは降給する
b.等級別の上限と下限の範囲給を設定し、昇給を絶対額で管理する
ルール(3)aは、上記の説明に矛盾していますが、重要なルールです。能力が変わらない、もしくは下がることが、IT業界では起こり得るためです。IT業界のスキルは進化を遂げるスピードが速いために、「従来のスキルの陳腐化」が起こります。スキルの陳腐化に対応できる降給のルールを持っておくことが、人件費のコントロールに大きな影響を及ぼします。
日々技術レベルが進化している以上、スキルの陳腐化の問題は避けて通れません。会社は、陳腐化したスキルに報酬を支払い続けるわけにはいかないため、スキルの陳腐化を前提にして、制度設計を進める必要があります。
「会社として何に報酬を支払うか?」と考えたときに、スキルを「表層的な部分」と「根源的な部分」に分類することが重要です。
少し抽象的な話ですが、要は表層的な部分とは「最新の技術」であり、根源的な部分とはいかなる技術にも共通する「ものの考え方」です。システムの必要性や効果について、アナロジカルに考えることができる力ともいえます。
・賞与
賞与は、基本給に比べて弾力性の高い報酬細目です。
個人やチームの成果、業績貢献に基づく評価結果、会社の業績に応じて、その支給額を大きく変動させることができます。賞与の変動ルールを(1)安定性、(2)刺激性、(3)コントロール可能性の視点でとらえると、以下のルールが考えられます。
(1)安定性
a.評価が反映されない固定給的な賞与がある(もちろん業績は反映される)
b.報酬水準が低く、最終成果への直接的な貢献機会が少ない下位等級者(主に若年層)の賞与の変動幅を小さくする
(2)刺激性
a.(チーム単位で賞与を分配する場合)個人単位で、チームへの高い貢献が認められる場合には、賞与とは別に「報奨金」を支給する
b.報酬水準が高く、最終成果への直接的な貢献機会が多い上位等級者(主にプロジェクトマネージャやリーダークラス)の賞与の変動幅を大きくする
(3)コントロール可能性
会社業績との連動性を高める
ルール(1)(2)のように、賞与に「安定性」と「刺激性」を持たせるためには、たとえ支給額が大きくダウンしたとしても、最低限の安定的な報酬水準が確保されるような制度を設計することが大切です。
またルール(3)では、社員が前向きに受け入れられるためにも、会社業績との連動性に透明性を持たせることが重要です。社員にとって分かりやすい算定式を組むことで、コントロール可能性を保ちながら社員のコミットメントを高めることも可能になります。
今回は、報酬制度の基本的性格と役割を踏まえたうえで報酬制度を設計する際のポイントについて解説しました。
次回は報酬制度改定のポイントについて解説します。
クライアントの企業価値向上・経営革新・持続的な成長を支援する組織・人事を専門領域とするコンサルティングファーム。アーサー・アンダーセンからスピンオフした組織・人事チームの主力メンバーにより設立。米国型合理主義を熟知したうえで、「日本企業の固有な体質」に合わせた独自のコンサルティングを推進している。
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