AMDとIntelから同時期に異なる方向性を持つ製品のニュースが。AMDはサーバ向けCPU、Intelは組み込み向けSoC。両社はどこに向かう?
今回は、AMDとIntelから対照的なニュースリリースが流れていたので、これらをとりあげさせていただく。それらは、たまたま同時期になったというだけで、まったく別の市場を狙ったものであり、何の競合関係もない製品である。ただ、ビジネスの展開を考える上で「ベクトル」がたまたま「逆向き」なものだったので、2つを並べてみたくなったのだ。
まずはAMDの新製品であるが、x86で「世界初」と銘打つ、12コアまたは8コアを搭載したプロセッサ「Opteron 6000」シリーズ製品である(AMDのニュースリリース「AMD、世界初の12コア/8コアx86プロセッサー 『AMD Opteron 6000 Series』を発表」)。もちろん、ターゲットはサーバである。「第114回 AMDが描くCPU+GPUの先にスパコンが見える?」で、AMDの新アーキテクチャ「Bulldozer(ブルドーザー)」を取り上げたが、そこで目標を掲げた道筋の「途上」である「今年」のモデルといったらよいのかもしれない。この製品のビジネスのベクトルは非常に分かりやすい。複数プロセッサ搭載のサーバのラインに、従来よりも1プロセッサ当たりのコア数が増えたラインアップを投入する。Intelが6コアならば、こちらは8コア、いや2倍の12コアだ、というシンプルさである。その上、コアを増やしてもメモリ性能がボトルネックにならないように、メモリのチャネル本数や数量とも従前よりも増やして、性能向上を確実にしている。
そして、肝心なのはコストダウンである。4プロセッサ搭載のサーバ向けプロセッサでは、絶対性能はともかく、相対的なコストパフォーマンスという観点が重要である。従来は2プロセッサ・ラインよりも、コストパフォーマンスで少々歩が悪かった点を改善し、より「お求めやすくいたしました」という売りである。目を引くためだろうか、「世界初」と新規性こそ打ち出しているが、それはコアの数の問題だけで、ターゲット市場にせよ、その売り方にせよ、従来市場の従来からある方向性で、さらに上に引っ張り上げよう、というベクトルである。一読して誰でも分かるし、この先も同様な方向で「上に向かって」さらに後継製品を出すつもりだな、と予想もつくのである。
これに対して、Intelの発表から取り上げるのは、「Tunnel Creek(トンネル・クリーク)という、Atomコアを使ったSoC(System On Chip)ラインだ(Intelのニュースリリース「システム・オン・チップ製品の新インテル Atom プロセッサーを計画」。まだ商品化前なので開発コードである。もちろん、Intelも上記のAMDと競合するサーバ向け製品ではコア数の増大やコストパフォーマンスの向上、消費電力対策などに多大な努力を傾けているのはご存じのとおりである。単純に「同じ土俵」で比較するのならば、上記のAMD製品はIntelならXeon製品と比べなければならない。しかし、あえてこの小さいSoC製品を比較対象に持ってきたのは、こういう製品ラインのビジネスのベクトルの「分かりにくさ」を考えるためである。
一応のターゲット市場は、頭では理解できる。非PC的な製品、しかし末端のエンド・ユーザーが使用するコンシューマな分野の製品市場である。このごろあまり目にしなくなったがIntel用語的にはMID(Mobile Internet Device:持ち運び可能なインターネット端末)的なものなのか、スマートフォン的なものを想定すべきなのか、電子ブック的なデバイスか、ともかく「エンド・ユーザーが使うパソコンではない小型の装置」である。
このような装置への市場の注目度は再び高まっているし、そこに布石を打つ、ということは理解できる。もともとAtom自体が、そのような市場のために作られたコアであったはずだから、当然といえば当然である。しかし、Atomも一時「ネットブック」という「ノートPCとは違った」カテゴリを切り開いたかに見えたのに、結局「安いノートPC」という、PCの範疇に落ち着いてしまっている。このごろこそネットブックも原点回帰のようなことがいわれているので、巻き返しを考えているのかもしれない。しかしAtomの現状を見れば、PCから非PCへ広げたかったのに、結局PC世界から脱しきれていない、といっても間違いではないだろう。
そこに今度は、「ある程度」の周辺機能をとりこんでSoC化した製品ラインを重ねてきた。それに発表によるとこれは「Atomをコアとする」SoCの第1世代の製品であるらしいのだ。今度こそ非PC分野へ、広げたいという意図を感じられなくもない。周辺も取り込んでいることで、単体のプロセッサ製品よりは用途も明確化できるだろうから、周辺機能を取り込むことは間違っていない。しかし、「Atomをコアとする」SoCの第1世代という言い方から分かるように、Intelは従前からx86の組み込み用SoCをやっており、これがSoCを狙った本当の意味の第1世代というわけではない。すでに試行錯誤を繰り返してきているのだ。
例えば数年前に発表したEP80579という製品は、Pentium Mベースのコアを使って、組み込み用としていろいろな周辺機能を盛り込んであり、「制御用途」などには向いていた。搭載している周辺機能は、通信関係のペリフェラルが多く、よくみれば自動車用のCANバス(エンジン/トランスミッション/ブレーキなどの中枢機械部分の制御に用いられるネットワーク機能)まで積んでいた。当然その応用は「プロフェッショナル」向けな雰囲気が漂っている。そのような味付けは、組み込みプロセッサの王道ではあるのだが、産業用の「制御用途」では数量が出ない。Intelはそれに満足できなかったのだろう。今回のTunnel Creekは、数量の出る消費者市場向けに色を付けた。集積した周辺機能は、3Dグラフィックスに画像・音声の復号/符号化、といったものである。逆に組み込む装置によって要求が多岐に渡りそうな入出力などは、PCI Expressの先に付けてくれ、と割り切ったSoCである。
何となく、やりたいことの意図は感じられる。しかし、「分かりにくさ」は残る。誰がどのような用途で使うのか、という根本的な問題もあるし、大体、上に行こうとするのか、下に行こうとするのか、というそもそもの展開の方向性の問題もある。もともとIntelは上位(機能が上位ということで、あえて価格が上位とはいわないが……)の市場がメインであり、SoC製品群ではそこから組み込み市場へ「下向き」に降りようとしている。
ところが、どの市場でもそうなのだが、市場の「発展のトレンド」は下から上に向かって時系列とともに機能は向上していく方向に風が吹いている。下に降りようとしても、ともするとこのトレンドに乗ってしまい「上に吹き戻される」傾向があるのだ。すると、元の木阿弥、自分が元いたところに戻ってしまいかねない。とはいえ、下に降りれば降りるほど、単価は下がり、利益率も急激に悪くなる。するとAppleのようにハードウェア自体ではなく、「流通」でもうけるなどのビジネス・モデルの変革が必要になってくるのだ。
今回のSoC製品からは、まだIntelがどの程度の「高度」まで降りて、何を売りにしていくのかは明らかでないように思える。これは最初にとりあげたAMDのサーバ・ラインと比べると対照が際立つ。AMDのサーバ・ラインは、既存市場で「お値段変わらず、性能向上」という古典的な分かりやすさがある。IntelのSoCの狙いはこれに比べると分かりにくいが、これは「市場そのものがまだ見えていない」ということで、そこに布石を打つための必然ともいえる。スルー・パスが出る前に動き始めるフォワードの動きのようなものだ。誰にでも「分かる」ときには遅いのだから、リスクは承知でタマは打ち込んでいく、ということだろう。前世代のSoCからすれば方向性も修正してきている。新たな市場を開くには、試行錯誤も不可欠なのだから。
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日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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