第121回 赤外線を電気に変える太陽電池(?)の使い道頭脳放談

ベルギーの研究機関「IMEC」が赤外線を効率よく電気に変換できる一種の太陽電池を開発。これは人類にとっての救世主? それとも……

» 2010年06月22日 05時00分 公開
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 太陽電池関する話題は、「第90回 捨てるウエハあれば拾う太陽電池あり?」「第98回 石油が高ければ太陽があるさ」で取り上げたが、少々変わった太陽電池系のデバイスが開発されたというニュースがIMEC(Interuniversity Microelectronics Center:ベルギーのフランダース州ルーベン市に本部を置く次世代エレクトロニクス技術の研究・開発に取り組む独立研究機関)から流れてきたので、再び取り上げさせていただく(IMECのニュースリリース「Imec significantly reduces cost of germanium-based thermophotovoltaic cells」)。何せ日本人がほとんど全員、地球温暖化防止、CO2削減という錦の御旗のもとに集まった感があるので、この手のネタをスルーするのは「許されない」感じがするからだ。

IMECが開発した赤外線を電気に変える一種の太陽電池のセル(IMECのニュースリリースより) IMECが開発した赤外線を電気に変える一種の太陽電池のセル(IMECのニュースリリースより)

有効利用しにくい赤外線を電気に変える

 発表されたデバイスは、「一種の太陽電池」ということもできるのだが、「太陽」という言葉を冠するのに、少々抵抗がある。赤外線を受けて効率よく発電するデバイスだからだ。もちろん、太陽も赤外線を出しているので、太陽の赤外線を受けることも原理的にはできそうである。しかし、ご存じのとおり、太陽の光エネルギーの最も強い部分は、我々人間が感じ取れる可視光の領域にある。だからこそ、これまでの太陽電池は、この一番強い部分を効率よく使うことを考えて作られてきたのだ。赤外線では、太陽相手には不利なことこの上ない。

 しかし、地上には赤外線を出している物体が結構ある。特に工場や大規模な施設などではそうである。各種の「炉」、溶鉱炉やら焼却炉やらみなそうだ。エンジンやボイラーなども当然そうである。燃焼を伴うものは高温となるので、赤外領域にピークのあるエネルギー輻射を「ガツン」と出しているのが普通なのだ。学校で習った熱の流れ方、すなわち対流、伝導、輻射の「輻射」である(まぁ、インフルエンザで熱がでても赤外線は出ているが、この発熱分を過大評価するような人は読者にいないと考えよう)。

 これを効率的に電気に変えることのできるデバイスを作った、というのが今回の発表である。「大きく実用化に近付いた」といったコメントも書かれているが、発表したのが研究機関であり、実用化=商業化と考えると、まだまだ時間がかかりそうな技術である。

 デバイス的に何がすごいかといえば、なかなか有効利用しにくい波長の長い赤外線を安い材料で効率よく「受け止められる」ようにした、という点である。従来だって赤外線を電気に変えることができるデバイスが、なかったわけではないのだが(それができなければ家庭用の赤外線リモコンも作れない)、「電力デバイス」として使えるほど効率がよくて安価となる可能性のある材料を使ったデバイスはなかったのだ。

 そして使い道を考えるならば、当然ながら、いろいろな燃焼装置から、いまは空気中に捨てられている熱の有効活用、ということになるだろう。熱力学をやった人はよく分かっていると思うが、各種の燃焼装置の効率はそんなに高いものではない。熱力学的にいって効率100%などという装置はあり得ないのだ。車など、燃やした燃料から発生する熱エネルギーの大半が捨てられている。

 火力発電などでは最近、高効率のコンバインド・サイクル発電(ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた発電方式)が登場してきて50%以上を電力にできるようなものが実現されていてすごいと思うのだが、すごいといって54%といったレベルである。そんな最先端の効率のよい設備でも、半分近くは廃熱だ。つまりは人間の活動に伴って燃やされている石油やガスの大部分が、実は使われることもなく即座に「廃熱」になっているのだから、この部分を少しでも(熱力学の許す範囲で)有効活用してやれれば、と考えたくなるではないか。もちろん、焼却炉の熱を使って温水を作ってプールにしたり、地域暖房に利用したり、といろいろと活用はしている。しかし、電力にできればそれに越したことはない。何せ一番使い勝手のよいエネルギー形態なのだから。

プラントのモニタリング利用が最短か?

 こう持ち上げて書いてくると、この赤外線を受け止めるデバイスが「救世主」のように思えてくるかもしれない。でも、捨てている「半分」を救えればチームマイナス6%(CO2の6%削減)などちょろい、と考えてはイケナイのである。少し頭の中で計算を試みるとよい。廃熱の内のどのくらいが発電に使える波長の赤外線になって出てくるのだろうか。そのあちらこちらに向かってテンデンバラバラの方向に放出される赤外線のうち、どのくらいをこのデバイスで受け止めることができるだろうか。なにせ半導体デバイスだから、何千度にもなるような炉の近くには置けない。何か配置の仕掛けが必要になるだろう。そして受け止めた赤外線のうちどのくらいを電力に変換できるだろう。デバイスで発電しても、それをさらにインバータなどで「成形」しなければ使える電力にはならない。それぞれの効率のパーセンテージを掛けていかねばならない。すると廃熱から%のオーダーで「回収」するのは相当に難儀そうな仕事だ、と気付くのである。

 それにまだ大事なことが抜けている。このデバイスおよびこのデバイスを応用した発電設備の製造にかかるエネルギー(とそれで発生するCO2)をそこから引かないと、実際に得られるエネルギー(と削減できるCO2)収支が改善しているのかどうかは分からない、ということだ。半導体製品は電気の塊というくらい、製造に電力が必要だ。ほかの電子部品などもそう。

 一度作れば半永久的にエネルギーを回収できるのだからワンタイムの製造にかかるエネルギーは無視してよい、などといわないように。半導体製品にせよ、電気回路を作るのに必須なコンデンサなどの受動部品にせよ、耐用年数は10年から20年程度であるのが普通だ。がんばってもう少し伸ばすにせよ、その辺の装置の寿命を勘案し、その間に回収できるエネルギーから製造にかかるエネルギーを引かないと駄目なのだ。そう考えると、単なるエネルギーとして収支を合わせるのは、相当キツそうなことが想像される。駄目だとはいわないが、道のりはかなり遠そうだ。

 それよりも、廃熱を使って電池レスあるいは配線レスで何か装置を動かすという発想の方が現実的かもしれない。大局的なエネルギー収支でなく、局所的な発電だ、ということに重きを置いてみるのだ。大分前にも一度書いた記憶のあるエナジー・スカベンジング系(もう少し語感のよいエナジー・ハーベストという方が最近は主流だが)の電池がないのに動く装置、という行き方である(「第97回 電池なしで動く無線センサーの怪?」参照)。とりあえず工場やプラントをモニタリングする計測装置などに使ってみるのはすぐにもできそうである。

 でもそれだけではツマランなぁ〜。直接には温暖化防止の切り札などといって売れないものか。でも、そういう温暖化やCO2削減で、あわよくば一儲けという発想自体が大体間違っておるような気がする。もっとちゃんと考えてみないと……。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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