フレームワーク――物事を分けて考えようITエンジニアのための経営戦略入門(2)

ユーザー企業がシステムの設計・開発を依頼するとき、そこには経営的な判断が存在する。顧客の「経営戦略」をとらえたうえでシステムを設計・開発できるITエンジニアになろう。

» 2010年09月08日 15時14分 公開

 前回は、経営戦略が全社戦略と事業戦略の2階層になっていることを学んだ。

  • 全社戦略:会社の事業として何を選択し、どう組み立てるかを決めていくこと
  • 事業戦略:選択された各事業の方向性をより具体的に決めていくこと

 全社戦略と事業戦略のいずれについても、戦略を立てるに当たって便利な道具が2つある。「思考ツール」と「思考方法」だ。「切り口」と「考え方」とも呼べる。今回は前者の「思考ツール=切り口」について学ぼう。

家を買うためには、どう考え、どう決断すればよいか?

 例えば、借家住まいのあなたが一戸建ての家を買うことを考えよう。家を建てることを自分自身という会社の事業の1つだと考えれば、これも立派な事業戦略である。さて、何を考えればいいだろうか?

 予算は? 場所は? 建売か注文住宅か? 隣近所、最寄り駅からの距離、階数、日当たり、部屋数、家具、建ぺい率、登記、販売業者、ハウスメーカー、工務店……などなど、「家を買うこと」に付随する要素は数限りなく存在する。さらに、それらの要素は通常、予算という制約条件によって「あっちを立てればこっちが立たない」という二律背反状態になっている。通勤に便利な場所を選べば土地床面積は小さくならざるを得ない。でも将来のことを考えれば、最低3部屋は欲しい。いっそのことマンションにしようかと、戸建住宅に限定したつもりが、いつの間にかマンションも候補に入れていたりする。

 こういった問題を解決するのが切り口と考え方である。大量に存在する要素から構成されるテーマを、どう切り分けてまとめればよいのか? 切り分けてまとめた後は、どんな思考回路で考えればよいのか? 何を基準に優劣をつけるのか?

 道具がなくても戦略は立てられるかもしれない。家を買うのは「いろいろ考えたけど、最終的には直感でピンときたものに決めました」で済む。しかし、経営戦略には会社の命運がかかっている。その戦略には根拠があるだろうか? 説得力があるだろうか? 人を納得させられるだろうか? 過去の賢人たちが生涯を費やして開発した切り口と考え方という道具を使わない手はない。それは戦略を考える時間を短縮してくれるばかりか、戦略の精度をも高めてくれる。

フレームワーク――物事を分けて考えるための分け方

 戦略を立てるうえでの切り口、つまり思考ツールは「フレームワーク」と呼ばれる。日本語では枠組み、骨格、構成などと訳される。ITの世界ではソフトウェア・フレームワーク、あるいはアプリケーション・フレームワークと呼ばれるものが有名だが、共通の土台を使って新しいシステムなり、戦略なりを作り上げていくという意味では、とてもよく似ている。

 フレームワークを一言で表すと、「物事を分けて考えるための分け方」だ。分けることは、理解をするうえでいつでも不可欠である。ドンブリ勘定という言葉があるが、これは理解できていないことの比喩(ひゆ)でもある。一方、分析という言葉は、「分」も「析」も分けるという意味だ。わたしたちは物事を理解するとき、分けて考えているのだ。

 分け方には、使い勝手の良い「型(パターン)」が存在する。あるビジネス上の事象が存在するとして、その事象は唯一無二である。まったく同じ状況は二度と起こらない。だからといって、その事象を理解するに当たって、分け方を一から考えないといけないわけではない。事象を使い勝手の良い「定番パターン」の切り口で切り分けると、理解するために上手に分類ができる。この定番パターンを「フレームワーク」と呼ぶ。

いくつに分ければいい?

 分ける際には、分類を増やせば増やすほど整理しやすくなるのだろうか? 実はそうではない。家の例で直感的に分かるように、それでは逆に整理ができなくなる。人間の脳には瞬時に理解できる数の限界があるからだ。

 例えば、目の前に碁石を投げられて、瞬時に隠されたとしよう。いくつまでなら、投げられた数を正確に当てられるだろうか。その数は平均的には7だといわれている。これを「マジカルナンバー7」と呼ぶ。

 経営管理論においても、「統制範囲の原則(Span of Control)」という、1人の上司が管理できる部下の最適数についての学説がある。それによれば、部下の数は5〜6人が限界だという。残念ながら、人間の脳はそれほどたくさんの事象を同時に把握できるように作られていないのである。フレームワークも同様で、7つ以下に分けるものが中心となる。

コラム:マジカルナンバー7±2

 プリンストン大学の心理学教授ジョージ・ミラー氏によって提唱された、短期記憶に関する学説。平均的な人間が脳の短期記憶領域に保持できる数字は7±2であるというもの。ミラーの法則とも呼ばれる。論文のタイトルが“The Magical Number Seven, Plus or Minus Two: Some Limits on Our Capacity for Processing Information”(マジカルナンバー7±2:情報処理に関する人間の限界)であることに由来する。


コラム:統制範囲の原則

 1人の上司が適切に管理できる部下の数についての理論。もともとは軍隊の組織論に使われていたが、現在では経営管理(人的組織論)に用いられるものの方が有名である。1930年代から研究が進められているが、明確な結論は得られていない。中間管理職を減らし、よりフラットでコストの低い組織を目指す動きに対して、実際には部下が多過ぎると全員を管理できずに組織が非効率になってしまうというジレンマがある。最適数については、(1)本支店間など上司と部下の地理的な距離、(2)部下の能力、(3)仕事の性質、の3点に依存するとされている。例えば複雑で変化に富む仕事であれば5〜6人、工場やテレホンセンターなどルーティンワークであれば10〜20人だという。


フレームワークの例

 いくつかフレームワークの例を挙げよう。前回触れたSWOTは有名なフレームワークだ。これはテーマを2×2=4(Strengths/Weaknesses/Opportunities/Threats)のマトリックスに切る。PPM(プロダクト・ポートフォリオマネジメント)分析も同じように、市場成長率とマーケットシェアの2つの軸で考える。バリューチェーン分析では、まず企業活動を主活動と支援活動の2つに分け、前者を5つ、後者を4つの要素に分類している。

 実は、フレームワークが使われているのは経営戦略だけではない。身の回りにもフレームワークがたくさんある。例えば、何を食べようか考えるとき、「和/洋/中」と分類すると思う。これもフレームワーク、つまり分けて考えるためのツールだ。ほかにも「理系/文系」「肉食系/草食系」「走/攻/守」「冠/婚/葬/祭」など、切り口には枚挙にいとまがない。

 これらの便利なフレームワークを実践的に活用しながら、経営戦略を理解していこう。

 次回は、もう1つの道具である「考え方」を解説する。お楽しみに。

筆者紹介

松浦剛志(まつうらたけし)

京都大学経済学部卒。東京銀行(現 三菱東京UFJ銀行)審査部にて事業再生を担当。その後、グロービス(ビジネス教育、ベンチャー・キャピタル)、外資系ベンチャー・キャピタルを経て2002年、戦略・人事・会計を中心とするコンサルティングファーム、ウィルミッツを創業。2006年、業務改善に特化したコンサルティングファーム、プロセス・ラボを創業。現在は2社の代表を務める傍ら、公開セミナー、企業研修の講師を務める。セミナーテーマは「経営戦略」「会計と財務」「問題解決」「業務改善」。

木山崇(きやまたかし)

2000年、東京大学工学系研究科修了。シティバンクを経て、外資系証券会社に勤務。日本証券アナリスト協会検定会員。ウィルミッツ、プロセス・ラボのアドバイザーとしても活躍。


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※本連載は、筆者が講師を務める「戦略『眼』を身につける経営戦略1日集中講座」をもとに書き下ろした内容です。セミナーのスライドを編集したものはWebサイトから無料でダウンロードできます。



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