「戦略眼」に不可欠な4つの思考法ITエンジニアのための経営戦略入門(3)

ユーザー企業がシステムの設計・開発を依頼するとき、そこには経営的な判断が存在する。顧客の「経営戦略」をとらえたうえでシステムを設計・開発できるITエンジニアになろう。

» 2010年10月12日 00時00分 公開

 第2回では、戦略的思考に必要な道具の1つである「フレームワーク」について解説した。

 フレームワークとは、すなわち「分け方」のことであった。事象を一塊で見るのではなく、分けることで分析ができる。しかし、分け方は増やせば増やすほどいいというものではなく、およそ5から7以下の部分に分けることが人間の脳の限界から考えても適している、という内容であった。

 今回は道具の2つ目、「思考法」について解説する。フレームワークは便利な道具だが、やみくもに使えばよいというものではない。分けたはいいが、分けられたものに対して適切な考察ができなければ、良い戦略を立てられないからだ。フレームワークを使う際の使い方に当たるのが思考法である。

 思考法の中で、身に付けてほしいものは次に挙げる4つである。以下、詳しく解説する。

  1. 仮説思考
  2. 逆算思考
  3. 構造化思考
  4. 具体化思考

1. 仮説思考:前提→因果関係→現象・結論

 仮説思考とは、取りあえずの仮説を立て、事実に基づいて検証することをいう。

 では仮説とは何か? 辞書には「ある現象を合理的に説明するため、仮に立てる説。実験・観察などによる検証を通じて、事実と合致すれば定説となる」(デジタル大辞泉)とある。

 一般的に、ある現象を説明するには、「前提」「因果関係」「現象・結論」という道筋をたどる(参照)。ここで注意したいのは、現実世界で起こる現象には、前提が不確かな場合も、因果関係が不確かな場合もある、ということである。従って、前提と因果関係を含めて仮説と称する。

図 仮説 図 仮説

 経営戦略は、現状を把握し、将来的な変化に対応することを目的としている。しかし、現状は刻々と変化するものである。また、経営戦略は普遍的な現象を説明しようとする自然科学と比較して、ある特定層(例えば日本の都市部の中高所得層を目標にしたマーケティング)に標本数が限定される。現状を完全に把握することは困難であるし、将来的な変化など確定しようがない。従って、経営戦略では取りあえずの仮説を立て、事実に基づいて仮説を検証し、後に仮説が間違っていたら修正するという方法が有効になる。

 仮説思考は、現象を分析する時間を飛躍的に短縮してくれる。世の中で起こっているすべてのことを調べてから積み上げ式で考えるのではなく、場合によっては必要な前提部分をも仮定して分析を開始することで、時間が節約できるのである。

 イギリスの医師であったエドワード・ジェンナー(1749-1823)は、当時致死率が高く、人々から恐れられていた天然痘を調べるうちに、「よく似た病気で、人間には症状の軽い『牛痘』にかかった人は、天然痘にかからない」という農民の言い伝えを聞いた。彼は牛痘には天然痘に対する抵抗力があると考え(仮説)、実際に使用人の子どもに牛痘の膿(うみ)を注射し、さらに天然痘の膿を注射してみた。少年は牛痘の軽い症状が出たが、天然痘にはかからなかった。ジェンナーは天然痘の予防法を発見したのである。

 この場合、「牛痘には天然痘に対する抵抗力がある(前提)」「牛痘の膿を人体に注射すると抵抗力が生まれる(因果関係)」は、すべて彼の考えた仮説だった。実際に使用人の子どもに牛痘の膿を注射し、さらに天然痘の膿を注射してみたことで、その仮説は検証されたわけである。

 ジェンナーによる仮説+検証によって見いだされた天然痘予防接種が人々の命を救ってきたように、経営戦略においても、仮説+検証を上手に使うことで、瀕死(ひんし)の業績にある企業がよみがえることもあり得る。

 なお、前提→因果関係→現象・結論という構造は1階層とは限らない。結論が下層の前提となっている多階層構造をとっていることも珍しくない。

2. 逆算思考:ゴールから逆戻り

 2番目は逆算思考である。逆算思考とは一言でいえば「ゴールから逆戻りして思考する」ということである。いい換えれば、「常にゴールを意識しながら考える」ことである。

 例えば、

  • 現状分析は、戦略を策定するため
  • 戦略を策定するのは、組織として一貫した活動を行うため
  • 組織として一貫した活動を行うのは、組織の持続的な競争優位性を築くため
  • ゆえに、組織の持続的な競争優位性を築くために、現状分析を行う

というように、先のゴールを意識しながら考えるのである。

 ソフトバンク代表取締役社長の孫正義氏は、19歳のときに「20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低で1000億円ため、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ」という人生50年計画を立て、それに向かって研鑽(けんさん)を重ねたという。これも逆算思考の1つであろう。

 経営戦略のための現状分析・戦略立案は、いくらでも精度を上げる余地があり、時間をかけられるものであるが、最終的なゴールを常に意識する思考スタイルを持てば、いたずらに時間を費やしてしまうことはない。日常生活においても、手段が目的化してしまうことはよくある。現状分析を行い、報告をして完了するのではなく、それがゴール(=持続的な競争優位性を築くこと)に対する手段であると意識し続けることが大切である。

3. 構造化思考:全体を見て、個々を見る

 経営戦略は、組織の活動の指針という大きな概念の下、事業単位あるいは機能単位の指針に落とし込まれている。また、ささいな事実が何を意味していることなのか、分析に使っているフレームワークが何につながっているのかなど、さまざまな要素が複雑に関係し合って成立している。従って、全体像と個々の要素の関係を理解し、自分の立ち位置を見失わない構造化思考が重要である。その際、まず全体を認識し、次に部分をそれぞれ見ていくことで、モレやダブリを防ぐことが可能になる。

 株式会社A商事の営業1部は法人を、営業2部は個人を担当しているとしよう。あなたが所属する営業2部の指針は売り上げの最大化である。あなたが担当している個人客の1人、B氏は、ある中小企業Cのオーナーで、その法人はA商事がまだ営業活動を行っていない。あなたはどういう行動に出ればいいだろうか?

 営業2部の利益を最大化させるためには、その法人も個人の延長線上として、あなたが担当すればよい。だがA商事全体にとっては、法人Cは法人のノウハウを持った営業1部が担当した方が望ましいかもしれない。

 より望ましいのは、営業1部と営業2部が協力して、オーナーB氏とその法人Cの利益を最大化させるような提案をすることではないだろうか。そうすれば、BとCからはより強い信頼を受けるかもしれないし、今度は営業1部から、営業2部がまだ担当していないオーナーの紹介を受けられるかもしれない。ある事象に対して、個人の利益、部署の利益、会社の利益と、大きな構造が描けるかどうかが構造化思考の鍵となる。

 見落としがちなのは、時間の構造化である。それぞれの要素が3年後、5年後にどうなっているのか、時間軸での事象の変化を考えながら思考することは重要である。これは先に述べた逆算思考にも近い。

4. 具体化思考:どのくらい大きいのか?

 最後は、具体化思考である。経営戦略を練るには、常に具体的な事実を前提に考えることが必要である。当たり前のことであるが、「大きい」「小さい」という表現では人によって取り方が違ってしまう。抽象的な事実を基に、思考を積み重ねていくと、思ってもみない誤解が起きる可能性がある。

 中国のGDPは世界2位になったが、1人当たりのGDPは世界100位前後である。前者だけを見れば経済大国だが、後者を見るとそうはいえないように思える。中国のGDPについて話す際に、どの視点からの話なのか、具体的に明示しなくてはならない。ほかに、アメリカの小規模農家と日本の大規模農家では、前者の方が平均耕作面積が広いかもしれない、という例も考えられる。

 比較をする際には、何を比較しているのか、具体的には「どれほどの違いか」を明示しなくてはならない。あるいは、「成長市場」というだけではなく、「○○製品については過去5年で年率10%の売上高の伸びを示している」というような、できるだけ具体的な事実をとらえる具体化思考が重要である。

 以上、今回は「4つの思考法」について解説した。次回は「経営戦略の究極のゴールは何か?」について解説する。お楽しみに。

筆者紹介

松浦剛志(まつうらたけし)

京都大学経済学部卒。東京銀行(現 三菱東京UFJ銀行)審査部にて事業再生を担当。その後、グロービス(ビジネス教育、ベンチャー・キャピタル)、外資系ベンチャー・キャピタルを経て2002年、戦略・人事・会計を中心とするコンサルティングファーム、ウィルミッツを創業。2006年、業務改善に特化したコンサルティングファーム、プロセス・ラボを創業。現在は2社の代表を務める傍ら、公開セミナー、企業研修の講師を務める。セミナーテーマは「経営戦略」「会計と財務」「問題解決」「業務改善」。

木山崇(きやまたかし)

2000年、東京大学工学系研究科修了。シティバンクを経て、外資系証券会社に勤務。日本証券アナリスト協会検定会員。ウィルミッツ、プロセス・ラボのアドバイザーとしても活躍。


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