ユーザー企業がシステムの設計・開発を依頼するとき、そこには経営的な判断が存在する。顧客の「経営戦略」をとらえたうえでシステムを設計・開発できるITエンジニアになろう。
前回は、売れない仏像の例えを使いながら「もうけ(=利益)」について解説した。今回も引き続きもうけの話である。今回は「もうけのコツ」について。
「もうけのコツ」となれば話は限りなく広がるが、ここでは「数字を合理的に理解していれば平気なはずなのに、なぜか皆がはまる落とし穴」について取り上げたい。
もうけを最大化するためには、数字と合理的に付き合う術が必要である。この言葉に反論する人はおそらくいないだろうが、「合理的に付き合う」とはどういうことかと問われると、言葉に詰まってしまわないだろうか?
筆者は、ビジネスにおいて数字と合理的に付き合う注意点として、以下の5つのポイントを挙げている。
今回は、「埋没費用の損切り」について解説しよう。「埋没費用の損切り」というと専門的に聞こえてしまうかもしれないが、なんということはない。一言で表現するなら「済んだことをくよくよするな!」である。
ただ、直感や一般通念と正解は異なる場合があるので注意が必要だ(他の4つのポイントでも同じことが言える)。
さて、恒例の例題に移ろう。下記の問題を考えてほしい。
あなたの名前は花坂G(じぃ)である。ある日、愛犬ポチがあなたに話し掛けた。
「ここ掘れワンワン! 100万円が出るワン!」
100万円だと! 早速、あなたは時給1000円でアルバイトを雇って穴を掘り始めた。しかし、なかなか100万円が出てこない。2時間経過したところで、あなたはこらえきれなくなってポチに聞いた。
「おい、ポチ。本当にここに100万円が埋まっているのかい?」
ポチは答える。
(1)「100万円を掘り当てるために残りを全部掘るには、あと4時間が必要ワン」
(2)「でも、5000円のドッグフードをくれたら、穴を掘る必要がない100万円の在りかを教えてあげるワン」
「しまった、しつけを間違えた」と嘆いても、もはや後の祭りだ。
さぁ、あなたならどうする? このまま穴を掘り続けるか、それともポチに高級ドッグフードを与えて「穴を掘る必要がない100万円」に切り替えるか? 花坂Gさんになったつもりで、どちらか1つの案を選んでほしい。
割り切ったあなたは、「あと4時間だと合計6000円の出費。一方、ドッグフードなら5000円。それなら、ドッグフードで手を打とう!」と、考えるだろうか。
そのように考えた人は、残念ながら合理的に数字と付き合っているとは言えない。下の図を見てほしい。
穴掘りアルバイトの2時間(2000円)は、今あなたが判断すべき判断ポイントよりも過去の時点で「確定してしまった費用」なのだ。
だから、あなたがドッグフードで手を打とうと考えても、払わなくてはいけないことには変わりがない。このように、すでに意思決定の前に確定してしまった費用を「埋没費用=サンクコスト」という。
ある物事を比較する場合、このサンクコストを両方から差し引いて考えるか、あるいは両方に合算して考えないと、数字の落とし穴にはまる。
ドッグフードで手を打とうと考えた人の中でも、図を見た瞬間に気付いた人は多いだろう。なぜか。
それは、追加の穴掘り4000円と、ドッグフードの5000円が、ともに2000円の後に紐づいていたからだろう。
もし問題が、「ここならあと4時間かかるけど、他の場所なら5時間かかるよ」とポチが言った設定だったら、間違える人はいないだろう。ここではあえて紐づいていることを見えにくくしたわけだが、現実の世界にはもっと見えにくい問題などたくさんある。
もう少し、身近な例で考えてみよう。レストランで「もったいないから残さず食べなさい!」と子どもを叱った経験はないだろうか(あるいは親に叱られた経験。ちなみに筆者はよく叱られた)。
料理人が食事を調理してテーブルに出した瞬間に、食事の値段はもはや動かしようがないコストになっている。レストランでの効能が「おなかいっぱい食べること」だとすれば、食事が皿に残っていようといまいと、満腹になった時点で効能はそれ以上は上がらない。「費用対効果」で考えれば効果は打ち止め、費用はすでに確定済みなので、全部食べようが半分残そうが経済的には何も変わらないことになる。
「もったいない」は日本的で美しい発想だが、時としてサンクコストを引きずってしまう考え方になるので、注意が必要だ。
他にも例はたくさんある。
これらはすべて、サンクコストを正しく理解していない。
ただし! 最後に付け加えておく。
合理的に数字と付き合うことだけが、必ずしも正解とは限らない。もったいないという「感情」を、「勘定」だけで置き換えてはならない時も多い。彼女が作ってくれた料理に対して「材料費はすでに確定しているから」などと言って残そうものなら、その瞬間に2人の関係は大炎上だ。注意してほしい。
それでは、前回と同様に問題を出しておこう。
ちなみに、前回の問題への解答者は20人ほどだった(もう少し多いと踏んでいたのだが、残念!)。正答率は60%程度。「銀行への返済元本を費用と捉えてしまった」間違いが最も多かった。お金の貸し借りは、損益に影響を与えないので、注意が必要だ。
結果がどうであれ、この問題についてきちんと考え、自分なりの答えを出せるなら、「ビジネス感覚があるエンジニア」としての素養は十分だ。ぜひ奮ってチャレンジしてほしい。
●問題
A社は自動車メーカーの下請け部品会社である(あなたは栄えある社長!)。
(1)3年間限定の新型モデル用の部品を、メーカーから依頼された。当初の依頼によると日産100個だったが、急きょ日産50個に下方修正された。
(2)日産100個に対応できる機械(A号)をすでに1億2000万円で導入済みのA社としては泣くに泣けない状況である。まだ一度も使ってないが、下取り価格は600万円(買い値の5%) 。
(3)日産30個の機械(B号)は8000万円で購入できる。
(4)機械のメンテナンス代はA号:50万円/日、B号:20万円/日。
(5)A、B号ともに不良品が10%発生する。
(6)不良品を修理して納品可能な完成品にするには、2万円/個かかる。
(7)B号は増産改造をした状態で購入できるが、1個/日の増産改造につき、機械メーカーに1万円/日(稼働日分)の支払いが必要(増産改造による増産分に不良品は発生しないとする)。
(8)メーカーへの売上単価は10万円/個で、原材料の仕入単価は7万円/個。
(9)A社の稼働日は300日/年なので、実際には900日(3年間)のプロジェクトになり、プロジェクト終了後に機械は廃棄処分になる。
さて、利益の最大値はいくらか?(A・B号をどんな形で利用するとその利益は得られるのか?)
解答内容をエクセルシートに入力し、2011年6月末日までに info@willmitz.jp に送付した人には特別に解答例を返信しよう。
もっと、もうけについて知りたかったり、期日以降に解答例が欲しい場合には、ウィルミッツ社が主催する公開セミナー もうけの心得 『ビジネスで役立つもうけの経済学』 の受講をお勧めしたい。
次回は、いよいよ事業戦略についてだ。お楽しみに。
本連載の筆者が講師を務める「経営戦略 実戦型演習セミナー」の情報がWebサイトで閲覧できます。1日の集中トレーニングで戦略「眼」を身に付けたい人に最適なセミナーです。
松浦剛志(まつうらたけし)
京都大学経済学部卒。東京銀行(現 三菱東京UFJ銀行)審査部にて事業再生を担当。その後、グロービス(ビジネス教育、ベンチャー・キャピタル)、外資系ベンチャー・キャピタルを経て2002年、戦略・人事・会計を中心とするコンサルティングファーム、ウィルミッツを創業。2006年、業務改善に特化したコンサルティングファーム、プロセス・ラボを創業。現在は2社の代表を務める傍ら、公開セミナー、企業研修の講師を務める。セミナーテーマは「経営戦略」「会計と財務」「問題解決」「業務改善」。
木山崇(きやまたかし)
2000年、東京大学工学系研究科修了。シティバンクを経て、外資系証券会社に勤務。日本証券アナリスト協会検定会員。ウィルミッツ、プロセス・ラボのアドバイザーとしても活躍。
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