AMDは、アナリスト向け説明会で「他社のIP」を組み合わせていく方針を発表。この方針の意味するところは? AMDが目的とするところは?
アナリスト向けの資料というのは、大抵の場合、分かりやすくて楽に読めるものである。つまるところ、アナリストに会社の株が「買い」であると認識してもらうための資料(間違っても「売り」だ、などといいたくなるような資料は誰も作らないだろう)なので、パッと見てそう思ってもらえるように「意図を明確に」書くからである。読む方もそのつもりで読む。これが技術資料的な体裁のものになると、よく分からない言葉で小難しいことが書いてある上に、頭から鵜呑みにできないこともチラホラと書いてある。実際、手前味噌な前提で都合のいいことだけを書いてある場合もあるから、ときどき「検算」などをしてみる必要もある。納得するのに骨が折れるのは、本来、「中立」であるような体裁の技術情報に、ときどき、そうした「隠れた意図的な誘導」が紛れ込んでいるからだろう。
今回、AMDのアナリスト向け資料に目を通してみたのだが、そういう点で非常に分かりやすいメッセージを発信しているように思えた(「2012 Financial Analyst Day」)。米国内のニュース・ソースにAMDが「他社のIP(Intellectual Property:半導体の設計データやシミュレーション・モデルなど。ここではシステムLSIを構築するための半導体部品)ウエルカム」といっている、といった情報が流れていたので、少々気になっていたのだが、この資料を読むとその背景がよく理解できる。
昨今のご時世を見れば、「変わらずにいても儲かります」などという資料をアナリストは受け入れないだろう。「変わります」といわないと会社の将来性に疑問符が付けられてしまう。「変わる」というのはたやすいが、どう変えるから、どう儲かりそうなのかをいわないことには相手にしてもらえない。現時点であれば、スマートフォンやタブレットが依然強いし、クラウドは外せない。そいつらは必ず「押さえないと」ならないポイントである。しっかりとそのへんで儲けるのだ、と理由をいい切れなければならない。
じゃあ、どうしてそこで儲けられるのか、という説明が難しい。タブレットやクラウドで儲けるといっている会社は多数あり(ありすぎる)、その中でなぜ自分が頭ひとつ抜けることができるのか、という答えを持っている会社とそうでない会社があるからだ。時流に乗っている(乗っていた)SNS系の会社は答えを持っていたのであり、単にハードウェアを売っているような会社は答えを失いつつあるわけだ。AMDとしては、後者になりたくないから、何か手を打たないとならない状況にある。
満を持して出したプロセッサ・アーキテクチャの「Bulldozer(ブルドーザー)」が、イマイチ、パッとしないこともあるかもしれない。しかしそれ以上に、いままでx86で押してきたプロセッサ会社であるAMDをして、プロセッサを前面に出しても、もはや「買い」だとは思ってもらえないと認識したのだろう。資料には、プロセッサ(CPU)の文字も、x86の文字もあることはあるが、一要素の扱いであってそれが強みだとは全然書いてないのである。それどころか、x86だけでなくARMコアだっていいじゃないか、と暗に認めているようにも見える。
「売り」(こちらは株を売りでなく、製品のセールスポイントだが)の差別化ポイントはGPU(グラフィックス・チップ)である。強いGPUを最大(唯一)の売りとして、クラウドやタブレットの世界を乗り切ろうという意図のようだ。ただし、単にいままでどおりのPCグラフィックス用途ではいま以上の市場の広がりが期待できないから駄目である。そこでフォーカスしているのが、以前から取り上げているGPUの「汎用プロセシング」への転換である。グラフィックスでなく、普通のデータ処理にGPUを使っていこうという方向性だ。どうもその先にはデータを処理するエンジンとしてだけでなく、現在、プロセッサが担っているいろいろな仕事までGPU側に移動させていこうという意図もあるように見える。
その昔はGPUというと、限られた関係者のみがプログラミングできる閉じた世界だったが、数年前から普通のコンピュータ言語的な世界に近付いて、大分ハードルが低くなってきている。これをもっと推し進めて、普通のプロセッサのようにみんなに使ってもらおうということだ。それこそAMDはデータセンター用途で価格破壊を狙っているようにも読める。
だが、GPUとCPUを組み合わせたもの(AMDはAPUという名で売ってきている)は、すでにAMDの商品ラインアップにある。何が変わったのか? ここでようやく、ニュース・サイトに流れていた「他社のIPウエルカム」の真相が明らかになる。AMDの持っているCPUとGPU、それを支えてきたメモリ・コントローラを基盤に、他社のIPを組み合わせて、強力なSoC路線を採ろうというのだ。当然、その中心にはGPUの強力なデータ処理能力を置く。そのアーキテクチャをHSA(Heterogeneous System Architecture)とAMDは呼んでいるようだが、これを広げるため社内で閉じずに「オープン化」し、「コンソーシアム」を形成する、というのだ。
確かに、これならば「変わった」といえるだろう。AMD自体のセールスポイントは依然としてGPUだとしても、支持者が増えればトレンドとなる可能性はある。そして支持者を増やすための布石も打っているようだ。まずはGPUのプログラミング環境を一般化するためにOpenCL(並列コンピューティングのためのフレームワーク)にも、マイクロソフトのC++ AMP(Accelerated Massive Parallelism:ヘテロジニアス・コンピューティング向けのC++の拡張)にも貢献する。しかし、問題の一端はハードウェア設計にもあり、AMD自身が変わらねばならない点も分かってはいる。
大体において、CPUやGPUの専業では高性能を追い求めるために、普通のSoCのような設計方法を採用しない。CPUがオートクチュールなら、普通のSoCは量販の既製品というほどに設計の仕方が違う。AMDがいままで採ってきた設計手法では性能は出ても設計に時間がかかる。また、普通の設計手法に乗っているサードパーティのIPとは整合性が採り難い面もあったはずだ。そこを越えてサードパーティIPと結合するために、AMDは設計手法から見直しているようだ。これで素早く多様な製品をお手軽に作れるようにしたいということだろう。そうしないといくらよい基盤だといってもサードパーティの支持者は増えない。
今回の発表では、HSAの詳細とコンソーシアムそのものについての具体的開示はなかった。また、この構想に賛同するサードパーティについても具体名はない。2012年6月にあるらしいAPUに関するサミットを待てということらしい。そこでx86でなく、ARMコアでやるくらいの決断が示されれば(それで「儲かる」ということがどこまで示せるかは疑問だが……)、「変わった」ということだけはハッキリするだろう。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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