第143回 「情報系」を制するものが車載マイコンを制す?頭脳放談

日産は、次世代車載情報システムにIntelのAtomプロセッサを採用。車載半導体の主役は「情報系」に移りつつある。Intelはそこも狙うのか?

» 2012年04月27日 05時00分 公開
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 IntelのAtomプロセッサが、日産自動車の次世代車載情報システムに採用されたのだそうだ(インテルのニュースリリース「インテル コーポレーション、インテルの技術が日産自動車の次世代車載情報通信システムに採用と発表)。このところIntelは、自動車関係に力を入れてPCやスマートフォンとは異なる新たな世界を作り出そうとしているようだから、当然ともいえる流れではある。しかし投資や研究といったレベルではなく、具体的な製品に搭載される道筋がついたという点で、Intelとしても1ステップ進展した、という安堵を感じているのではないだろうか。

 しかし年寄りが回想するに、Intelがようやく自動車に「戻ってきた」のか、とつぶやけないこともない。あまり知られていないようだが、その昔、Intelは自動車向けにマイクロコントローラ(マイコン)を売っていたことがあるからだ。

 日本製半導体初のマイコンというのは東芝製で、自動車のエンジン制御のための12bitのマイコンだったという話はテレビでも紹介されたこともあるので、ご存じの方も多いと思う。Intelの4bitにはわずかに遅れたけれども、日本における初のマイコンは4bitどころか12bitだった。何で12bitかといえば、自動車のエンジン制御には4bitや8bitじゃ全然足りなかったからだ、という話である。そんなマイコン草分けの時代、実はIntelも車載用のマイコンに手を出していたことがある。東芝同様、エンジン制御用のマイコンや、時代はやや下るがABS(ロック防止機能付きのブレーキ装置)などの足回り系のコントローラなどである。採用は欧米系の自動車メーカーに限られたように想像されるが、Intelのチップで制御されたエンジンやブレーキを持つスポーツ・カーなどが走っていたはずだ。

 自動車は、いまでこそ大量の半導体を使うシステムになっているが、その電子化というのはささやかな規模、しかしエンジンや足回りといったミッション・クリティカルな部分から始まった。そこにIntelもいたというわけである。

 いまでもエンジン・ルーム内や走行装置には多くのマイコンが使われているが、それ以上に人間まわりの「快適設備」に使われている半導体が多い。いまや自動車も半導体を大量使用する「デバイス」となっているのである。しかし、エンジン・ルームや走行装置向けのマイコンが、車載のIC製品としては最も品質要求の高い半導体であることは昔も今も変わりがない。何せ、高度なリアルタイム性が要求される一方、故障した場合の影響も大きく、大量な熱を発生するエンジンやブレーキの側で使われることになるので、使用環境も過酷だからだ。

 昔は、そんな自動車のミッション・クリティカルな部分をやっていたはずのIntelだが、いつのころからかどうも、そのあたりから手を引いてしまったようだ。想像するに「ガッポリ儲かる」パソコン市場を制覇してしまったので、品質要求は非常に厳しい割に「ボロ儲けはできない」自動車市場は二の次になってしまった結果ではないかと思う(もし違っていたならゴメン)。このあたり、自動車会社とも関係の深い日立製作所(その半導体部門は現在のルネサス・エレクトロニクスの一部になっている)やMotorola(その半導体部門は独立してフリースケール・セミコンダクタになった)などが、ずっと自動車向け半導体をやり続けていたのとは大分スタンスが異なる。蛇足だが、Motorolaなどは、自動車向けにカー・ラジオを作っていたというのがオリジンの1つの会社だから、当然といえば当然かもしれないが。

自動車の情報系が車載マイコンのセンターをとる?

 しかし、まぁ、PC市場が頭打ちとなり、新たな成長の糧を求めるなかで、IT化という別な切り口から、Intelは自動車市場に舞い戻ってきたわけだ。戻ったといっても自動車における「本流」のエンジンや走行制御などではなく、人間とのインターフェイスとなる「情報系」へ、である。

 しばらく前までは、自動車向けの半導体製品といっても「情報系」は、それがなくても自動車は走るデコレーション的な機能に見られていた。GPSによるカーナビの普及につれて必然性は高まったものの、カー・ラジオの延長のような扱いである。実際、品質の要求レベルが高い車載向け半導体といっても、クリティカルな走行装置などに要求される品質レベルに比べれば、情報系は屋外の暑さ、寒さに耐えられればよい程度であるので、自動車会社としての重要度も低かったのではないかと思う。

 ところが、ハイブリッド車が出現し、電気自動車(EV)も台頭してきている現在にいたっては、主客が逆転してしまったようである。まだまだ内燃機関は生き残るだろうが、内燃機関がない車というのが現実のビジネスとなってしまったからだ。先を見れば、かつての車載半導体の主役であるエンジン制御用マイコンなどは消えてしまうだろう。それに対して、車のコックピットにあって、人間とのインターフェイスを務め、外界のネットワークとの情報のやり取りを行い、車内の装置の制御を統合する情報系こそが、「センター」を奪取するであろう構図が見えてきているように思われる。

 また、このところのスマート・グリッド、電力インフラの議論などを見ていると、いつの間にか、EVなどのバッテリが、配電網や太陽光発電システムに対する動くキャパシタ的な存在としてあてにされ始めているように思える。走ってナンボのはずの自動車に止まっているときの仕事もできてしまったわけだ。そうなると、もはやモーターもブレーキも関係ない。情報系の独壇場かもしれない。

 そこをしっかり握ろう、ということであろう。そして、そこを握れば、パソコンがそうであったように、「周辺の」デバイスもみんな「センター」のIntelのプロセッサに接続していかなければならないから、結果的に主導権を握れるということにもなる。また、外の世界と車との情報流通の結節点を握るということでもある。Intelとは違い、長年にわたって自動車と一蓮托生で生きてきた車載専門の人々がどうこれに対処するのか? コックピットのところだけの話だと思って油断しているとまずそうですぜ。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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