しかし、OSSコミュニティへの貢献はハードルが高いと思われがちだ。そこで、オープン・イノベーション実践の入門編として、勉強会への参加という手もある。
企業組織をオープン・イノベーションに適応させる取り組みの一歩として、自社の会議室を会場として勉強会・コミュニティに提供するなど、社外の人材との交流の場を設けるところから始めてみるのがハードルが低くてお勧めだ。
自社の社員が社外の専門家と交流することに慣れたら、発表する側、運営側に回っていく――といったように施策を進めていけばよい。フラットな関係を組織の壁を跨いで築いていく良い訓練となるし、会場などの資源を提供する側の企業が勉強会の選別を行うことで、勉強会の質が向上する流れが生まれれば、良いサイクルを築ける。
所属企業がOSSコミュニティや勉強会を支援し、オープン・イノベーション実現に取り組み、組織とシステムのモジュラ・アーキテクチャ化を図ることでコミュニティ・レリジエンスを高めているなら、素晴らしい。ぜひ、自己研さんに努めてほしい。
もし社内のどこを見渡してもこのような動きがなく、組織が停滞した空気に包まれているなら、まずは勉強会やOSSコミュニティに参加してみるとよいだろう。
ここまで繰り返し「高い自己統治能力」の必要性を説いてきた。一方で、エンジニアの多くはいまだ「受動的」な姿勢を持つ人が多数派であるように思える。
IPA『IT人材白書 2012』(PDF) によるとITエンジニアが自覚している課題のトップ3は、「最新技術に関するスキル」(44.2%)、「プロジェクトマネジメント力」(41.1%)、「語学力」(30.4%)だった。
IT人材自身の評価で日頃の勉強努力に対する評価は「十分」「概ね十分」を合わせて27.3%に留まる。日頃の学習の取り組みは「雑誌や書籍を通じた独学・情報収集」が57.8%、「Webサイト利用」が52.8%、「社内研修」が24.5%、「社外研修・セミナー」が26.1%で、コミュニティ参加や学会参加などの積極的な活動は、軒並み10%を切っている。
ここから見えてくるのは、受け身の学習を中心に取り組んでいるが、不安がぬぐえないエンジニア像だ。
しかし、「何となく不安だが、何をしたらいいか分からない」という受動的なエンジニア、自分が何を提供できるかを理解していないエンジニアでは、クラウドが普及した市場で中核を担うことは難しいだろう。
クラウドは、徹底した自動化による省力化を競争力の源泉の1つとしているので、中核を担えない人材に安定した職は提供されない。都度発生する開発案件などは、海外アウトソース先とコスト競争しなければならない。『IT人材白書』でも指摘(p.73) されているが、新しい価値を生み出す力、プロジェクトマネジメント力、顧客業務に対する分析力・改善提案力が業務領域を問わず要求されるようになっている。
実はコミュニティ・レリジエンス・モデルは、個人にも適用できる。自身の価値を把握するために、見るべきポイントは6つある。
上記の図を参考に、自分が注力すべき分野はどこかを考えてほしい。
先ほど、「自分の価値を把握する」と書いた。自分の価値を把握するには、転職エージェントなどと接触して自身の市場価値を把握するのもよい。
特に転職経験がないエンジニアにとって、外部評価は重要だ。私も採用する側として書類選考や面談を相当数経験してきたが、自身の業務遂行能力水準を客観的に説明することすらできない人を、ずいぶん見掛けたものだ。もし、あなたが自分に何ができるかを把握していないなら、コミュニティ・レリジエンス・モデル活用とともに、転職エージェントに相談してみるのも、1つの手かもしれない。
企業は、どうやって頭が良く、物事を成し遂げるエンジニアを探そうとするのか。最も手っ取り早い方法はOhlohや公開リポジトリで良い仕事をしているコントリビュータを探すことだ。彼らの仕事はリポジトリをつぶさに検分することで、生産しているコードの質、量だけでなく、そのプロジェクトのマネジメント能力、コミュニケーション能力まで定量的に把握できる。
Joelテストで有名なジョエル・スポルスキ氏は開発者を採用する際、必要なことはたった2つだと指摘している。
私も強く同意する。なかなか一般企業には真似ができそうにないが、Googleが実践した有名な事例は参考になるかもしれない。ずいぶん前のことになるがサンフランシスコ・ベイエリアの国道101号線沿いに、以下のように書かれた看板が立った。
{first 10-digit prime found in consecutive digits of e}.com
答えは7427466391.comだ。このアドレスにアクセスすると、次の問題が現れる。この採用スキームはGoogle的な意味で、「頭が良く」「物事を成し遂げる」力を見ていると言える。ちなみに、この採用方法は一度しか使われていないという。再利用すると本当の意味では優秀でない人材が押し寄せてしまうためだろう。
Googleとはいかないまでも、一般的な企業が採用する方法も、変わりつつある。一般的な企業の場合、Linkedinが提供するエクスペリエンスモデルが1つのひな型になるのではないかと考えている。
今後は、Linkedinが提供する履歴・職務経歴をベースにしたSNSにResumatorのような支援プラットフォームを組み合わせ、Kloutやkredが提供するソーシャルな影響力指標(これもメトリクスの一種だ)を参照しつつ、必要に応じてSmartererなどを利用して実力をテストしてマッチングするようになるだろう。
IDC JapanによればOSSを利用したプロジェクト数は「非常に増えている」「増えている」を合わせて37.3%に達し、OSSの使用実績が高いとした事業者の37.2%は過去三年間に売上高が増加、逆にOSSの使用実績が低いとした事業者では売上高減少が40.5%に達しOSS活用がITビジネス成長に繋がっていることが鮮明になっている。
2004年に経済産業省が行った調査で指摘されていたOSS開発者・技術者の不足が現実のものとなりつつある。
勉強会への参加を入り口に、オープン・イノベーションに参加し、OSSコミュニティでコントリビュータとして活躍することで技術企業の注目を得てチャンスを掴める可能性が広がりつつあると言えるだろう。
もちろん、その人の勉強会への参加実績やOSSコミュニティでの活動実績、ソーシャルネットワークの広がりや親密度などはすべてログとして蓄積され公開される。オープン・イノベーションは正直な者の味方だ。言行に裏表があったり一貫性に欠けたりする人物や組織はそれらのログを参照されて困った事態に陥るだろう。
川田大輔
事業開発、技術開発および技術投資業務を経験した後、2009年より電気通信事業者(旧区分一種)に勤務し、NIST定義準拠したOSSクラウドアーキテクチャ開発に取り組む。個人としてガバナンス観点からクラウドアーキテクチャを整理しメトリクス整備を目指す「atoll project」を主宰。
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