EMCという企業が不思議であり、不思議でない理由総合ベンダを目指しているのか

EMCは不思議な会社だ。だが、5月第2週に同社が米国ネバダ州ラスベガスで開催した「EMC World 2013」における基調講演やブリーフィングを聞いていると、それほど不思議でなく見えてくることが、さらに不思議だ。

» 2013年05月09日 19時09分 公開
[三木 泉,@IT]

 EMCは不思議な会社だ。だが、5月第2週に同社が米国ネバダ州ラスベガスで開催した「EMC World 2013」における基調講演やブリーフィングを聞いていると、それほど不思議でなく見えてくることが、さらに不思議だ。

 まず、何が不思議なのか。ヴイエムウェア、RSAセキュリティ、そして新会社Pivotalの親会社であるEMCという企業は、もはや「ストレージ屋」ではない。しかも、米国IT業界における過去数年の傾向である「隣接分野への進出」というフレーズでは形容しきれないほどに、「非ストレージ屋化」は進んでいる。

米EMC会長兼CEO、ジョー・トゥッチ氏

 サーバ機は直接持たないものの、「VSPEX」というゆるい垂直統合製品提供プログラムという形で展開している。一方で、子会社のヴイエムウェアはその仮想化管理製品で、企業ITインフラにおいて最も付加価値を発揮する企業の1社になった。すなわち、サーバ機を売るよりも、仮想化ソフトウェアを売ったほうがマージンを稼ぎやすい。

 ネットワークハードウェアも持っていないが、ヴイエムウェアによるNiciraの買収で、仮想ネットワーク製品を手にすることになった。サーバハードウェアの価値がサーバ仮想化に移行したように、ネットワークハードウェアの価値が、一部でもNiciraの技術を基にした「VMware NSX」のような仮想ネットワーク製品に移行する可能性はある。

 新会社Pivotalは、製品群の奥深さや網羅性、規模ではまったく比較にならないものの、ざっくりといえばHPやIBMのミドルウェア事業に相当するともいえる。同様にRSAはHPやIBMのセキュリティ事業に相当するとも表現できる。IT管理製品が欠けている? 実は、あまり目立たないが、EMCはSMARTSなどの製品群を持っている。また、ヴイエムウェアは「vCenter Operations Management Suite」という、仮想化関連の運用管理製品群を提供している。

 HPやIBMは長年、システム開発/アプリケーション開発で強みを発揮してきた。運用面でも、「ITアウトソーシング」などという言葉が使われていたころから、大規模顧客のためにアプリケーションやインフラの運用を代行してきており、最近では両社ともに、いわゆるクラウドサービスを提供開始している。これに対してEMCの新子会社Pivotalは、250人という規模ながら、Pivotal Labというアジャイル開発企業の買収で獲得した、開発者集団を持っている。またヴイエムウェアは、サービス運用から製品開発のノウハウを得るのが目的といいながら、5月21日に「VMware Hybrid Cloud Services」というクラウドサービス(IaaS)を提供開始する予定だ。

 すなわち、気が付いてみると、EMCグループは、HPやIBMの事業分野のほとんどに進出している。繰り返すが、誰でも分かるように、規模や網羅性は2社に及ぶべくもない。さらに改めて眺めてみると、既存の製品分野に普通に進出するのではなく、必ず「ひねり」が入っている。

 例えば、PivotalがPaaS基盤ソフトウェア「Cloud Foundry」を使って、次世代アプリケーション開発環境をAmazon Web ServicesやOpenStackベースのクラウドサービス、Windows Azure、そして企業の社内クラウドにまたがって水平に展開するのは、その象徴ともいえる。一般的な総合ITベンダにとって、ミドルウェアおよびソフトウェア開発サービスは自社の武器であり、他社のクラウドサービス上で展開しようというインセンティブはあまり働かない。

 米EMC会長兼CEOのジョー・トゥッチ(Joe Tucci)氏は今回のEMC Worldで、この「水平性」を強調した。「一部のベンダは垂直統合を指向するが、われわれは水平展開を指向する、それが顧客にとっての選択肢を増やすことになるからだ」「EMCは4つのブランドの緩い連合体だ。各社は自由にそれぞれのエコシステムを構成し、それぞれに顧客の利益を追求できる」(トゥッチ氏)。すなわち、EMCは総合ITベンダと同じ領域で活動しているように見えなくもないが、総合ITベンダとは発想が大きく異なる。良くいえば柔軟で顧客に選択肢を提供するオープン指向であり、悪く言えば全体としての一貫性や整合性を、あまり深く追求していない。

 これは、EMCとヴイエムウェアがそれぞれ、「Software Defined Data Center」や「Software Defined Storage」という言葉に込めるニュアンスの違いにも表われている。2社は同時に、この言葉を使い始めている。だが、EMCは今回発表したViPRで、(他社ストレージや汎用ハードディスクを自社ストレージ製品と並列に並べて、統合的に扱えるようにしたものの、)自社製品のパフォーマンスや信頼性などの優位性を、利用者視点で活用しやすい仕組みを提供することにより、改めて生かそうとしている。一方でヴイエムウェアは、Software Defined Data Centerの名のもとに、(専用ストレージ装置は要らないといっているわけではないが、)各社の専用ストレージ製品の付加価値となってきた機能をVMware vSphere側に引き寄せようとしている。ヴイエムウェアが開発中のDistributed Storageがいい例だ。この機能は、サーバ機に内蔵のハードディスクをサーバ機同士で共有できるようにするもの。パフォーマンスがどうなるかはまだ分からないが、共有ストレージ装置なしで、ある程度の規模の仮想化環境を運用できるようにしようとしている。これなどは、Software Defined Storageの範疇を超えて、Software-Centric Storageの域に達しているとも表現できる。

 EMCとヴイエムウェアのメッセージの違いは、筆者には気になる。ユーザーにとって、Distributed Storageのような機能が大きなメリットを与える選択肢になることは間違いない。しかし、なぜあえて親会社の売り上げ減少につながりかねないことをやるのか、意図を理解しきれないところがある。これをEMCジャパン 代表取締役社長の山野修氏は、「EMCが気にしているのは、EMCグループトータルとしての市場価値だからだ」と説明する。つまり、ヴイエムウェアがEMCのようなストレージハードウェアの付加価値の一部を奪ったとしても、それでヴイエムウェアの製品の魅力が高まり、ヴイエムウェアの売り上げやマージンが向上するなら、グループ全体としての価値は同じか、逆に上がるという考えのようだ。

「第3のプラットフォームにおける主流ITベンダ」が狙い?

 EMC World 2013の講演で、トゥッチ氏はCIOのIT投資意向調査において、トップ3位に挙がった投資項目はビッグデータ、クラウド、セキュリティだとし、EMCがCIOの今後のIT投資の「ど真ん中」をカバーする企業だと強調した。EMCは、昨年のEMC Worldでも「クラウド」「ビッグデータ」「トラスト(セキュリティ)」を3つの柱としていたが、ビッグデータに関してはHadoopディストリビューションや一部ストレージ製品のHDFS対応にとどまっていた。今年はPivotalの設立により、ビッグデータというテーマでユーザー組織を支援する体制も整ったといいたいはずだ。

 これは、トゥッチ氏が基調講演で話した、「第3のプラットフォーム」の話につながってくる。このコンセプトを最初に言い出したのは調査会社のIDCだが、同氏は現在、ITの世界全体にわたる変革が進行中だと語った。「ITは上から下まで、すべてが変わろうとしている」(トゥッチ氏)。

IDCは「第3のプラットフォーム」がIT全体を変えるとする

 第1のプラットフォームはメインフレームやミニコンの世界。ユーザーが使うのはダム端末で、ユーザー数もアプリケーションの数も少なかった。過去20年ほどは第2のプラットフォームが主流で、ユーザーは主にPCを使用する。アプリケーションはクライアント/サーバを経てWebベースへの移行が進んだが、ユーザー数は数億人、アプリケーション数は数万のレベルだという。これが第3のプラットフォームに移行しようとしているという。

 第3のプラットフォームは、「モバイル」「クラウド」「ビッグデータ」「ソーシャル」によって特徴付けられる。ユーザー端末の主流はモバイルデバイスだ。ユーザー数は数十億人に達し、アプリケーション数は数百万に上る。

 第3のプラットフォームの時代には、膨大な端末数とリアルタイム性に対応するため、ITインフラの規模は大きく拡大するとともに、高度な柔軟性と拡張性を確保しなければならなくなる。これに対応するために、ITインフラでは「Software Defined Data Center」への変革が進むという。一方で、企業が開発するアプリケーションの目的、中身、開発方法は、現在とは大きく変わってくる。それを支援するのがPivotalだという。

新しいタイプのアプリケーション/ワークロードは急速に伸びているという

 EMCのシニアバイスプレジデント兼コーポレートCTOに最近就任したジョン・ローズ(John Roese)氏は、さらに別の変化を指摘した。これまで企業、サービス・プロバイダ、消費者のITはそれぞれ別個に発展してきた。しかしいま、これらが相互に重なり合いの度を高めつつあるという。

 上記のような、20年に一度の大きなIT変革後の世界における、主流のITテクノロジ提供企業になる、そして同社の顧客を、変革の向こう側に連れていくことができる。これがEMCの今回のメッセージだ。雲をつかむ話のように感じる部分もあるが、こうした変革が本当に起こるのなら、本記事の冒頭で述べたEMCの総合ITベンダ的な動きが理解しやすくなってくる。

 つまり、こういうことだろう。EMCが、HPやIBMの事業領域に次々と参入して総合ITベンダになろうとしているようにとらえ、これほど不完全な形では勝ち目がないのではないかと決めつけるなら、それは第2プラットフォーム世代の考え方だ。だいたい、「総合ベンダ」になるつもりもない。EMCは第3プラットフォームの時代における主流ベンダになるために必要十分な領域をカバーし、必要十分な技術を推進する。

 上記を踏まえて、EMCグループの活動領域や投資対象を見直すと、ほとんどすべてについて、かなりつじつまが合ってくるのが非常に不思議だ。筆者は、EMCによるRSAセキュリティ買収の意図について、現在に至るまで納得しきれていなかったところがあるが、それすら非常に自然な行為であったかのようにも感じられる。IDCが「第3のプラットフォーム」と言い出したのは2012年だし、EMCがこれまでずっと、こうした考え方のもとで活動してきたとは考えられない。明らかに、後付けの説明になっている部分が大きいだろう。だが、本当に第3のプラットフォームへの大変革が起こるのなら、その後の世界にITテクノロジプロバイダとして一番乗りしたのはEMCグループだった、と後で気付くことになるのかもしれない。

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