ご存知かもしれませんが、ギガビットクラスの無線LANを実現する802.11規格は、11acだけではありません。
もともとIEEEの中には、11nの後継規格を検討するVHT(Very High Throughput)のStudy Groupというものがありました。そしてそこから、TGacとTGacという2つのTask Group(TG)が発足しました。
11acはTGacが、802.11ad(以下11ad)はTGadが規格化を進め、11adは2013年1月に11acより一足早く承認されました。この11adは60GHz帯を使い、波長は非常に小さいミリ波になることから、以下の特性があります。
この60GHz帯を使ったギガビットクラスの無線にも、2.4/5GHz帯におけるWi-Fiアライアンスと同様、異なるベンダ間の相互接続性を推進するための「WiGig(Wireless Gigabit)」アライアンスというものがあります。そして、このWiGigアライアンスで規格化されたWiGig仕様がIEEEの標準規格である11adに取り入れられています。
さらに注目すべきことに、2010年5月、WiGigアライアンスはWi-Fiアライアンスと協定を結びました。そして2013年1月には、Wi-FiアライアンスがWiGigアライアンスを統合することを発表しています。
11nでの無線LANは2.4GHz帯と5GHz帯のデュアルバンドの環境でした。11acは5GHz帯だけですが、11ac対応の無線LAN製品は下位互換性のため、2.4GHz(11n)、5GHz(11ac)のデュアルバンドに対応することになるでしょう。ここに60GHz帯が加わり、2014年以降には3つの周波数帯に対応する「トライバンド」対応機器が登場すると予想されています。
すでに11ad規格では、Fast Session Transfer(FST)という機能が追加されています。この機能は、トライバンド対応機器が60GHz帯での高速通信中に、60GHz帯での通信が利用できなくなった時に、シームレスに2.4/5GHz帯に切り替えできるようになっています。FSTを使うことで、近距離(10メートル未満)でしか利用できない11adのデメリットを補うことができるのです。
つまり、Wi-Fi、WiGigアライアンスが統合されることからも分かるように、11acと11adの規格には密接な関係があり、今後は11acと11adの連携が進められていくことになるでしょう。
60GHz帯も無免許で使用可能な周波数帯のため、さまざまなシーンでの活用が期待されています。特に「近距離かつ高速」といった特性から、高解像度のWireless Displayや、デジタル製品同士のPeer to Peerでのデータのやり取りなど、主に家庭内での利用が想定されています(図5 WiGigアライアンスのホワイトペーパーより)。
スマートフォンユーザーの中で、Wi-Fiを常に「オン」にしているユーザーはどれくらいいるでしょうか? 残念ながらほとんどいないのが現状でしょう。
その理由としては、スマートフォンのバッテリ節約もあるでしょうが、それに加え、素性のよく分からないSSID(Wi-Fiネットワーク)に勝手に接続されてしまい、接続のたびにユーザー名とパスワードを求められてしまう煩雑さが挙げられるでしょう。
自身が契約しているホットスポットであれば、手間はかかりますが、ユーザー名とパスワードを入力すればWi-Fiアクセスが可能になります。しかしそうでなければ、ただ認証を求めるためのポップアップが表示されるだけでWi-Fiを使うことはできず、煩わされたくなければWi-Fiを「オフ」にする必要があります。
すべてのホットスポットが完全フリーで、ユーザー名とパスワードも不要になればよいかもしれませんが、そうするとセキュリティの問題も生じるでしょう(現実問題、ビジネスモデル上も難しいと思います)。
こういった問題を解決してくれるのが「Passpoint」です。このPasspointは、簡単にいうと「携帯電話のネットワークと同じようにWi-Fiネットワークを使えるようにする技術」です。
スマートフォンでは、当たり前ですが3G/4Gの機能は常に「オン」にしていると思います。また、最近では海外ローミング機能を「オン」にしておけば、海外旅行先でも特に気にせず電話やデータ通信が可能です(もちろん利用料金は気にする必要はありますが)。
Passpoint対応のWi-Fiネットワークは図6のように、まさに3G/4Gへの接続と同じような環境を提供してくれます。Passpointが実装されていれば、昨今話題になることの多いスマートフォンの3G/4Gでのデータ通信の急増についても、簡単にWi-Fiへオフロードさせることが可能になります。
このPasspointを実現するためには、Wi-Fiインフラだけではなく、クライアント側でもPasspoint対応の実装が必要になります。
Passpointの仕組みについて、図7を使って簡単に説明しましょう。
まず、Passpoint対応のクライアントがPasspoint対応のホットスポット(アクセスポイント)を検知します。これはアクセスポイントが定期的に出しているビーコンフレームを使っています。
次に、クライアントがANQP(Access Network Query Protocol)のクエリ(Query)をANQPサーバに投げ、ANQPサーバが、キャリアネットワークの情報、認証タイプなどのNAI(Network Access Identifier)と、キャリアやローミングパートナーの情報をクライアントに通知します。クライアントは、通知された情報の中から最適なアクセス情報を選択し、自動的にWi-Fiネットワークへ接続します。
接続時の認証には、EAP-SIM/EAP-AKAなどの802.1xを使っているので、企業内で使われているものと同等レベルのセキュリティを保っています(ANQPとは、ホットスポットで利用可能なキャリア、ローミングパートナー、認証タイプなどをクライアントに通知する時に使われるプロトコルで、ANQPサーバがそれらの情報を持っています)。
今まで11acについてお話してきました。11b、11a、11n、11acと、常に通信の高速化を目指してきた802.11規格ですが、最近になって「IEEE 802.15.4g」という規格が注目を浴びています。
この802.15.4gは「Zigbee」という名称でも知られている規格です。簡単にいうと「低速(250kbps)だけれども低消費電力」が特徴で、電池交換なしで数年間稼働し続けたり、太陽光発電などでの稼働も可能なため、今までは設置が困難だった場所での無線導入が可能になると期待されています。また、デバイス同士が直接通信することも可能で、6万以上のネットワークノード数をサポートしています。
この802.15.4gはもともと、ワイヤレスセンサネットワークを構築するために策定された規格で、スマートメーターなどのSUN(Smart Utility Networks)での利用が進められています。例えば、家庭の電力メーターの情報や、スマート家電の制御データ、工場内での制御信号など、「トラフィック量は非常に少ないが、無線で飛ばすことができたらうれしい分野」はたくさんあります。そういった環境では、省電力や、無線機器のサイズが小さい方が好まれることはいうまでもありません。802.15.4gは、まさにそういったニーズに合致した規格なのです。
ここ数年、「まだWi-Fi? それより、モバイル機器はすべて4G接続でいいのでは?」という議論を耳にすることがしばしばありました。極論をいえば、「LANは撤廃、アクセスは全て4Gで、サーバ、アプリは全てクラウド上」が理想なのかもしれませんが、4Gキャリア、クラウドの制約や、LANの利便性から、すべてがそうなることはないでしょう。
そもそも、無線技術はWi-Fiと4Gだけはありません。いくつかの無線技術のデータレート(通信速度)と無線が利用できる距離をマップしたものが図8になります。これを見ると、さまざまなニーズに応じた無線技術が存在し、それぞれ足りないところをうまく補っていることがよく分かります。
また、図からも分かるように、必要な無線技術のピースは出そろってきているようにも思います。しかし現時点では、利用者が必要に応じてそれぞれの技術(デバイス)を使い分ける必要があります。
もちろんそれぞれの技術革新に終わりはないでしょうが、これからは新しい1つの技術(規格)への取り組み以上に、11adのFSTやPasspointのような技術連携によって、利用者ではなく、ネットワーク側が自動的に最適なものを選択するような、より使い勝手のよいモバイルネットワークへと進化していくことになるでしょう。
オープンな規格で、対応機器の累計出荷数もすでに50億台を超えているWi-Fiが、その中核を担う可能性は非常に高く、これからのWi-Fiと11acの発展にも期待したいと思います。
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