2013年9月18日〜20日に開催された「SDN Japan 2013」では、エンジニアとしての、そして事業者やユーザーとしての本音がかいま見えるパネルディスカッションが行われた。その模様の一部を紹介する。
SDNは、次世代のネットワーク技術として、クラウドやデータセンター、オフィスネットワークなど、幅広い領域での活用が期待されている。技術だけでなくビジネス面でも理解を深め、利点や課題を語り合い学ぶためのイベント「SDN Japan 2013」が2013年9月18日〜20日の日程で開催された。
2012年の初開催に続き、2回目となる今回は「SDNにまつわるトピックをできるだけ多く語りたい・知ってもらいたい」という実行委員会代表の朝羽登志也氏をはじめとした委員らの思いを反映し、会期を3日間に延長し、多くのプログラムが用意された。前回、話題の中心となったOpenFlowだけでなく、IaaS連携やSDN-IXの話題、実際のスイッチ製品やコントローラ製品、ユーザー事例など、具体的なテーマが増えたようだった。浅羽氏も「ほぼ全域をカバーできたのでは」と述べている。
多数のベンダやキャリア、サービサー、ユーザー企業らが、SDNの技術やビジネスについて、これまでの進化や現状、将来への展望を語り尽くした。来場者も延べ人数で1000名を超え、その注目度がうかがえる盛況ぶりであった。
SDN Japanレポート:SDNはネットワークの制約を打ち破れるか?
http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1212/21/news011.html
本稿では、最終日にプログラムされた基調講演と2つのパネルディスカッションの模様を紹介したい。
最初の基調講演で登壇した米ヴイエムウェアのマーチン・カサード(Martin Casado)氏は、OpenFlowの生みの親としても知られる。もともと大学で計算物理学を専攻していたカサード氏は、政府情報機関のネットワーク管理に関わり、「コンピュータとネットワークはまったく異なる特性を持ち、非常に難しいということを実感した。プログラミングができないことを実感した」という。
「大学で講義を受けたときは、ネットワークを“冗長性に富み”“拡張性が高く”“管理が容易”なものとして学んでいたが、実際は違った。頭の中の理想的なネットワークと現実のネットワークには大きなギャップがあった」(カサード氏)
冗長性には制限があり、トポロジの制約も非常に厳しい。機器の故障・変更があったら、何日もかけて修正しなければならない。また、ネットワークが大きくなればなるほど、管理はどんどん複雑になる。
カサード氏は、「こうした問題の原因はどこにあるのか、私たち技術者の管理能力の問題なのだろうか。ソフトウェアの問題なのだろうか。いや、これはネットワークアーキテクチャの問題だ」と主張する。
スイッチを例にとると、フォワーディング情報のみを扱うのであれば、ネットワークはシンプルなままにとどまり、自動化されるだろう。しかし実際には、QoSやVLANタギングといった、人間が管理しなければならない情報も扱って、“おもしろい”ネットワークが作られている。カサード氏は、「人間はネットワークの状態管理には向いていない。遅いし、間違えるし、忘れやすい。だから、そうしたアーキテクチャに問題がある」とする。
「当時は、プログラミング可能なスイッチはなかった。もしプログラミングできるスイッチがあったとしても、完全に分散化する手法は知られていなかった。しかし、ネットワーク管理には分散プログラミングが必要なことは分かっていた。私は政府機関を辞し、スタンフォード大学で初期のコンセプト作りにとりかかったのだ」(同氏)。
カサード氏の挙げた課題は2つ。1つは、ネットワークのステートを管理するインターフェイスが存在しないことだった。そこで、やりたいことをソフトウェアで定義してハードウェアに実装するため、OpenFlowが誕生した。
もう1つの課題は、プログラマブルなネットワークだけでは十分ではないということである。どんなプログラムでも書けるようにしなければならない。
「レガシーネットワークでは、まず分散化プログラムが求められていたが、これが非常に難しかった。集中化も、部分的な分散化も、全体的な分散化もできなければならない。これを実装するには、分散モデルをネットワークトポロジから切り離す必要があった。これまでとはまったく違ったアーキテクチャだ」(同氏)。
そして生まれたのがSDNのシステムスタックだ。制御アプリケーションと、汎用化されたハードウェアの抽象化レイヤとを分離したモデルである。カサード氏らが最初に実装したシステムは「Ethane」(エタン)と呼ばれた。これは、ネットワークのコンパイラという位置付けであり、すべてのフォワーディングステートを管理するためのものだった。
「このアイデアを汎用化して、課金やモビリティや、その他の多くのアプリケーションを書けるようにしたらどうかと考えた。そしてネットワークOSという新しい層が誕生した。アプリケーションをインフラから分離するためのレイヤだ。そして2009年、これがあるMIT Technology Reviewで“SDN”と名付けられた」
こうしてSDNが誕生したあとも「これは一体何なのか」という声がマスメディアを中心に広がり、さまざまな混乱があった。カサード氏はそうした経験を踏まえて、OpenFlowとSDNに関する疑問にFAQ形式で答えていった。
Q SDNの価値とは何か
カサード ネットワークの運用が簡単になるという声も聞かれるが、それは違う。プロダクトではなく、あくまでメカニズムだからだ。SDNは、ネットワークにイノベーションをもたらすものである。例えば、これまでは不可能だった非常に高度な制御が必要となる場合でも、SDNならば実現できる。マーケティング的にも意味がある。過去のコンピューティング市場は、ハードウェアとソフトウェアを切り離すたびに発展してきた。それがネットワークでも起きる。
Q どのような新機能を提供するのか
カサード よく聞かれるが、私の答えは“ない”だ。アプローチの1つであるからだ
Q ネットワークのプログラミングが簡単になるか
カサード 私の答えは“いいえ”だ。簡素化するものではない。複雑さは従来のプログラミングと同等だが、制御の確実性は増す。
Q ネットワーク仮想化との違いは?
カサード SDNはあくまでアプローチであり、直接的にユーザーの課題を解決するものではない。一方ネットワーク仮想化は、物理的なトポロジという具体的な課題を解決するためものだ。SDNにとってネットワークの仮想化は必須ではないが、有益な技術ではある。例えば仮想化レイヤをはさむことによって、管理のビューがシンプルになるためだ。
またカサード氏は、OpenFlowについても同様に、誤解を解いていった。OpenFlowは特に新しいアイデアではない。特別な技術デザインがなされているわけでもない。新しい機能への道となるかもしれないが、OpenFlowだけで何かエキサイティングなものが得られるというわけではない。
では、なぜカサード氏は、10年以上もOpenFlowとSDNに魅了されているのだろうか。なぜSDNには世界中の多くのプレイヤーが関わり、成功しているのだろうか。
「SDNが成功した要因、最もエキサイティングな理由の1つは、コミュニティ、すなわち聴講者の皆さん自身にある。技術も研究も、コミュニティがなければ成り立たない。人々が一緒になって技術を進化させることが必要だ。ネットワークの歴史の中で、これほどの人が関与してエネルギーを注ぎ込むことはなかった。皆さんに感謝しています。共に進んでいきましょう」(同氏)。
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