OpenStackの原型となったプロジェクトのチーフアーキテクトが中心となって作り上げたユニークなOpenStackディストリビューション、「Piston OpenStack」。この製品が何を目指しているのかを追った。
2014年1月下旬に、東京エレクトロンデバイスを販売代理店として日本市場における事業展開を開始したPiston Cloud Computing。OpenStackの原型となったプロジェクトのチーフアーキテクトがつくった会社だ。同社は分散コンピューティング的な考えを取り込んだ、ユニークなOpenStackディストリビューションを開発、これを「プライベートクラウドのための」製品として販売している。同社が目指してきたものを追った。
「OpenStackを始めたのは私だ。だからこのソフトウェアをよく理解していて、今後もずっとOpenStackに関わっていくという点で、信頼を勝ち得ていると思う」。米Pistonの共同創業者で、現在は同社のCTOを務めるジョシュア・マッケンティ(Joshua McKenty)氏は、2013年11月のOpenStack Summit Hong Kongで筆者にこう話した。
マッケンティ氏はNASAで、クラウド基盤ソフトウェア開発プロジェクトのチーフアーキテクトを務めた。このプロジェクトが現在のOpenStackに進化した。同氏はOpenStack Foundationの理事会メンバーを務めている。
「NASAを辞める時、NASAの要件に基づいて、OpenStackに組み込みたいことをすべて考え抜いた。いまだに、その時につくった5年間のロードマップに沿って開発を続けている」。
マッケンティ氏は、PistonがOpenStackコミュニティの1、2年先を走り続けていると主張する。
「(ストレージ技術/製品の)Cephを採用した最初のディストリビューションは、当社のPiston OpenStackだ。いまではだれもがCephを使っている。Cloud Foundryと最初に協業し、インタフェースレイヤを書いたのもわれわれだ。いまではIBMやHPもCloud Foundryにコミットしている。2年前にPistonの製品に組み込んだPXEブートによるOpenStack導入の仕組みは、現在のTripleOプロジェクトが真似ている。当時、OpenStackをデプロイするやり方がだれも分からなかったので、このメカニズムをつくった。もう製品の差別化にはつながらないので、コントリビューションすることになるだろう」。
他にもOpenStackのコアプロジェクトで、「他の人たちがいい考えだと思う前に、率先して取り組んだ例がいくつもある」とマッケンティ氏は強調する。
「Cinderプロジェクトもキックオフを主催するなど当初はリードしたが、APIが定義された時点で手を引いた。相互運用性テストツールのRefstackは最初のバージョンを全て書いたが、今では他に4社が協力しているので、リードする程度の作業に落ち着いている。同様な例としては、Keystoneによる認証連携もある」。
Piston OpenStackは、Pistonが開発・販売するOpenStackディストリビューション。日本国内では、東京エレクトロンデバイスが販売代理店となっている。ビットアイルグループのアクセルビットが採用を発表したことでも分かるように、クラウドサービス事業者をはじめとするサービスプロバイダは重要な顧客だ。だが一方で、一般的な大規模企業をビジネスの対象としている。
2014年1月に、マッケンティ氏とともにPistonを創業したクリス・マクガワン(Chris MacGown)氏と同社CEOのジム・モリスロー(Jim Morrisroe)氏に、製品の特徴とビジネス戦略について具体的に聞いた。
Pistonは、Piston OpenStackを「プライベートクラウドのためのターンキーソリューション」と表現している。「ターンキー」である理由は、クラウド構築に必要なコンポーネントがそろっており、導入およびアップデートの作業が迅速に行え、バグやセキュリティ上の問題なく安定的に使え、運用担当者が瑣末な問題に頭を悩ませることがないという意味だ。「プライベートクラウドのための」といっているのは、クラウドサービス事業者だけでなく、一般の大規模企業でも活用できるもの、ということを意味している。
「ターンキーソリューション」としてのPiston OpenStackは、オープンソースのOpenStackに対し、新しい発想を持ち込んでいる。
まず、インストールが難しいといわれるOpenStackだが、Piston OpenStackではベアメタルから仮想インフラ環境を10分で構築できるという。
また、Piston Cloudが「ヌルティア(Null-tier)アーキテクチャ」と呼ぶ仕組みでは、コンピュータのみによってコンピュート、ストレージ、ネットワークの機能を提供する。しかもこれらの機能は、すべてのコンピュータノードが同じように分散実行する。従って、いずれかのノードに障害が発生したとしても、これをシャットダウンし、新しいノードをインストールして起動すればいいという。
また、安定稼働やセキュリティ向上のために、さまざまな改善が加えられている。
まず、Piston OpenStackでは、OpenStack Foundationの最新リリースを使わない。OpenStack Foundationは2014年4月末にIcehouseをリリースしたが、これに先立つ2月にPiston Cloudが提供開始したPiston OpenStack 3.0はGrizzlyベースだ。
マクガワン氏は、まず成熟度の低いプロジェクトのコードを含めることは避け、コアコンポーネントに徹していると話す。また、コアコンポーネントについても、時間を掛けてセキュリティやパフォーマンス上のバグフィックスに努めているという。当然ながら、OSに関してはハードニングを行っている。
OpenStackの各種サービスの動作のさせかたも、一般的なOpenStackディストリビューションとは異なる。一般的には各コンポーネントについてHAペア構成を組むが、Pistonでは稼働するノードが互いに話し合い、各サービスをどのノードで動かすかをその都度決定する。あるサービスのノードがダウンすると、即座に新たなマスターノードを選出して復旧する。
また、PistonではKVMに独自拡張を加えていて、高度なライブマイグレーションを実現している。マクガワン氏は、「VMwareより優れたライブマイグレーションが可能だ。専用共用ストレージ装置を必要としないからだ」と話す。
では、Piston OpenStackはどんなプライベートクラウドのための製品なのか。
モリスロー氏は、「OpenStackが密結合でないという点をわれわれは変えようとしている。高い障害耐性を備え、さらにこれを汎用x86ハードウェアで実現することにより、運用規模の拡張にコストが追随する安定的なコストモデルを実現している」と言う。
「ただし、VMwareとそのまま入れ替わるものだとは思わない。アプリケーションを、仮想的なサーバで動かすという考え方をやめて、機動的に演算リソースやストレージリソースをクラウドで動かすという発想に転換する必要がある」(マクガワン氏)。
「企業のIT部門は、『OpenStackなら導入できる』といいながら、結局シスコやEMC、ネットアップなどを持ち込みがちだ。結果として1000万ドルを掛けたクラウドが出来上がったりする。これは社内のアプリケーション開発者が望むクラウドではない。われわれは当初、IT部門によるOpenStack導入を支援しようとしたが、すぐに、この人たちはまだクラウドへの準備ができていないと気付いた。IT部門の人たちが悪いとは思わない。しかし彼らは、ハードウェアが一瞬たりとも止まらないことを前提としてアプリケーションを運用している。このために大幅に水増しされたインフラを構築している。ヴイエムウェアはアプリケーションと、これを支えるインフラとの間の関係を変えることはできなかった」(モリスロー氏)。
従って、Pistonでは、ソフトウェア開発がビジネス上重要な、事業部門レベルの人々と話すことが多いという。「DevOps」という言葉に象徴されるように、開発チームがリーダーシップをとってITを活用している現場だ。
「この点で通信事業者は興味深い。Swisscomは当初からの顧客だが、この会社はコンシューマ向けアプリケーションのための開発・テストで大規模な組織を持っている。この開発チームがクラウド事業のチームと連携することで、(OpenStackへの投資から)最大のメリットを得ようとしている」(モリスロー氏)。
マクガワン氏は「今日の開発・テスト環境は明日の本番環境だ」とも話している。
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