第173回 IoTで気になること、それは電源と通信の関係頭脳放談

電子デバイス業界で希望の星「IoT」。しかし気になるのは電源と通信の関係だ。頻繁に通信すれば電池が持たなくなる。通信を制限すればあまり用途がなくなってしまう。実は、IoTが普及するには、この辺りがポイントになるのではないか。

» 2014年10月29日 05時00分 公開
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 このごろ電子デバイス業界での「希望の星」的な言葉として登場するのが「IoT(Internet of Things)」というものである。夢か希望を語りつつもオヤジ的には(プロフェッショナルと言い換えれば聞こえがよいが)、ぶっちゃけ「希望=数量×単価」みたいな身もふたもない計算がバッチリと働いている。あまねく広く使われ(るはず)、膨大な数が出ると、かねがね喧伝されているIoTに希望が持たれるのは、結局その数量あったればこそである。IoTの場合は、扱うのが「物が発する情報」であるから、人が使うスマートフォン(スマホ)やウエアラブルと違い、人口による制約はない。「金になるサービスさえ考え付けば、上限数量制限無し」という感じだ。本当か?

 人間相手のインターネットサービスの場合は、加入者数が何千万人になった、いや何カ月で何億人だなどといって、収益を上げるモデルはその後からついてくる感じである。IoTの場合も、先にまず数ありきということで走ってしまえれば、もうけは後からついてくるのだろうか。

 このコラムを読んでいただいている方々の中にも、ブレークしそうなIoTサービスを考えたり、準備したりしている人がいるのではないかと思う。とはいえ、スマホにアプリをダウンロードしてもらえれば「OK」な人間相手のサービスとは違い、「Things」といった瞬間に別の状況が出現する。なにせ「ブツ」である。物理のブツ、現物のブツ、ITというスマートな響きに「o」一文字が入るだけで、泥臭い側面をを避けて通れなくなるのがIoTじゃないかと思う。それを自分で解決するのか、誰かが解決してくれるまで待ってそれに乗るのか。今回は泥臭いか、ドロドロなのか、その現物の側面を中心に考えてみたい。

 何といっても最も気になるのが、電源と通信の関係である。関係といったのは、この2つが別々のファクターではなく、表と裏のような不可分の関係にあるからだ(PoEとかUSBとか電源と通信が一体化しているものもあるが、そのことではない)。まずは最初に電源のことをあまり気にしなくてよい部類、有線で電源がもらえるものも考えておこう。例えば、家電製品とか、車載向けデバイスである。これらはコンセントあるいはワイヤーハーネスから電源がもらえる。電源がありさえすれば、有線か無線かは問わず何らかの形で通信インフラへの接続もしやすい。

 だいたい情報家電といわれる分野は、すでにネットワークに接続しているわけで技術的な障壁はほとんどない。物理的に必要なことは、今まで外界と接続されていなかった装置をネットワークにつなげるようにするという部分だけである。多くの家電などにはあまねくマイコンは搭載されている。8bitマイコンで、プログラムメモリも8Kbytesといったスペックでは無理があるだろう。だが、16bit以上のC言語でプログラム可能なマイコンで、そこそこのメモリを搭載できるものならTCP/IPのプロトコルスタックくらい搭載可能なマイコンは多い。後は物理層を担うインターフェースを追加すれば、ネットワーク接続くらいはできるのだ。ましてや32bit以上のSoC系ならLinuxが実行できる構成も簡単だ。

 どちらかといえば小さいマイコンにTCP/IPのプロトコルスタックを載せて、システム構成するよりも難易度は低いくらいだ。問題はコストだけである。原価でいって、今まで数十円で済んでいたマイコンを(よくそういう値段で売れるものだと自問すべきだろうか)、数百円はかかるであろう構成にするか、さらにLinuxを実行させることができる1000円以上はかかりそうな構成に変えたときに、それでも「売れる」IoTサービスというものを考え付くか否か、という点につきる。

 しかし、家庭でも、オフィスでも、工場や店舗などでもそうなのだが、有線の電源線や通信線というものから「遠い」部分はかなりある。例えば、窓とか、ドアとかがよい例だ。セキュリティシステムを導入しているところでは、ドアや窓に通信線や電源が来ているところもあるだろうが、工事してもらうとなると相当な金額がかかる。素人仕事で壁にワイヤーを這わせるのでなければ、配線工事ともなればすぐに数十万円くらいになってしまう。たかだか数千円のIoTデバイスを設置するのにその費用はないだろう。そして有線で電源が貰えないものを考え始めた瞬間に、電源と通信のトレードオフに直面しなければならないわけだ。

 まず考えるのは王道、1次電池である。そしてインターネットにつなぐ最も手っ取り早い方法は無線LANを使うことだ。無線LANのアクセスポイントは家庭から店舗、オフィス、工場にあまねく広がっている。しかし電池といって単一電池2個では重くて大きくて設置に困る。せいぜい単3を2個か、できれば単4を2個くらいでないと「ちりばめる」ような使い方のIoTには向かないだろう。もっと欲をいえばCR系のボタン電池1個くらいが希望だ。そして、1回電池を交換したら1年くらいは忘れていたい。できれば火災報知器のように10年持たせたいものである。そのくらい電池が持ってくれれば、次回の設備更新時に設備ごと交換すれば済む。幸い、無線LANチップの低消費電力化は進んでいる。しかしながら常時接続し続けるような使い方では、希望ほどには電池は持たない。無線LANではなく携帯電話の回線を使っても状況は同じだ。

 結局、普段は電源を落としておいて必要なときだけネットワーク接続するというような使い方にせざるを得ない。常時接続で4日間持つ電池ならば、1日8万6400秒(24時間×60分×60秒)の百分の1(864秒)以内のネットワーク接続時間にとどめられれば、1年間以上も持つ計算だ。どんどんオンになっている時間の比率を落とせば、電池の持ちはよくなるが、当然、レスポンスが悪くなる。その上、ネットワークに再接続するときの通信のオーバーヘッドもあるからむやみに短くはできない。それにデバイス側は好きなときに起きて通信できるが、非常事態に報告するだけのサービスでは、狙い目の「ビッグデータ」にはぜんぜんつながらない。ネットワーク側で常に待っている状態となるIT側は商売あがったりだろう。

 もちろん、ネットワーク側からデバイス側にアクセスしようとしても、デバイスが寝ていたら呼び掛けは届かない。結局のところ、あまり寝かせる比率を多くしすぎると、単なるアラームのような仕様になってしまって「おいしい」サービスにならないのが最大の難点に思える。また、電池は非常によい仕様のものでも10年というのが保証の限界のようだ。この辺りは化学的な制限のようだ。それ以上は動かなくても文句は言えない。

 もちろん、もっと消費電力の小さい無線を使うという手もある。無線LANに比べたら、例えばBluetoothの方がはるかに電池は持つ。しかし、消費電力の小さい無線は通信可能距離もまた短い。AC電源を必要とする「アクセスポイント」的な装置が多数必要になるはずである。それはそれで大変だ。

 では、ということで1次電池を交換するのを止めて、2次電池を充電するという手も考え付く。一番ありがちなのは、太陽電池で発電し、2次電池に蓄電して使うことだ。これで済むようならば問題はないが、太陽電池が面積当たりに発電可能な電力はかなり小さいことをお忘れなく。電卓や時計くらいは問題ないが、無線LANや携帯電話の回線を動かそうとなるとかなりの面積が必要になるだろう。それでは非接触の電力伝送を使うか? 非接触で電力を送って蓄電させることはできるが、多くは数センチから、遠いものでも数メートルがせいぜいである。充電の度に充電器を持って各デバイスに当てて回るか(一兆個もあったらすぐに諦めるだろうが)? フル充電に何分かかるか計算してからやってみる方がよいと思う(普通諦める)。それに2次電池系は、充電を繰り返すとヘタる(劣化する)ことも考慮に入れておかなければならない。

 エナジーハーベスティングという手もある。その場で発電するのだ。例えば、手っ取り早いのは現代社会にあふれている電磁波からエネルギーを集めて使うといったことだ。しかし、放送や通信のための無線から電力を取り出すのは違法なはずだ。集めるときは注意しよう(注意して済むかどうかは知らない)。それに放送局の電波塔の直近でもない限り電力は非常に微弱である。やはり用途は限られる。

 ドアや窓を開け閉めするときのメカニカルな動作や振動で発電できる装置というものもある。悪いアイデアではないが、目立たぬ小さな装置から取り出せる電力はやはり微弱だ。無線スイッチとしてトリガーを上げる程度なら問題ないが、直接の常時ネットワーク接続は難しいだろう。結局のところ、いつ来るか分からないトリガーを集めてネットワークにつなぐ常時通電のアクセスポイントは必要になるだろう。

 屋内や、人の身体の周りで使う場合には、あまり問題にならないが、屋外でIoTしようとなるとさらに問題は多くなる。まずは装置自体の封止である。当然、何らかの防水は必須である。完全密閉の容器に入れられればよいが、中身の回路の発熱を忘れてはならない。たかだか数ワットの消費電力でも小さなプラスチック容器の中に入れると熱がこもって温度は上昇する。夏場の直射日光下に置かれたとき内部は何度になるのか熱抵抗を計算しておこう。

 通気性を持たせれば熱の問題はかなり解決できるが、今度は湿気が襲ってくる。防湿対策のない基板に結露するところを想像できたあなたは経験者だろう。それに海の近くでは塩分もやってくる。基板自体は防水の塗料でコーティングして保護することもできるが、コネクタ部などは物理的に防ぎにくい。防げるコネクタは高価でデカイ。通気性のあるものでは、水分、塩分にやられることは計算しておかなければならない。もちろん、寒いところでは冬の結氷、低温も考えに入れておこう。部品の中では、やはり電池がネックになる。多くの場合、部品表の使用可能温度条件の中で一番弱いところは電池だ。

 別に電池に恨みがあるわけではないが、メカニカルな衝撃が加わるようなところでも電池に問題が起こることがある。多くの電池ホルダーは機械的なバネで電池を固定しているので、大きな加速度が加わると電池が外れないまでも、瞬断することがあり得るからだ。誤動作は大丈夫か? この際、電池はスポット溶接してしまうか(すると交換できなくなるけど……)。

 また、インフラ系の構造物などに設置する場合には、雷サージといったものも考えておかないとならない。雷の直撃に耐えられるような電子デバイスはまずないので万歳する(あきらめる)しかない。しかし、直撃を受けなくても、遠く離れた場所から地面や構造体を伝わってサージはやってくる。特にワイヤーで引っ張ったセンサーなどあるとワイヤーがサージを拾うだろう。誤動作くらいで済めばよいが、端子を破損する可能性もある。高所作業車を繰り出して、高所にある壊れたIoTデバイスを交換するシーンを想像しよう。

 ぶつぶつと思いつくままに書いてきたが、だから止めろという気はない。どれもちゃんと設計すれば対処可能な問題ばかりである。ある意味、エンジニアリングの仕事のしがいがある、ということだ。ただ、その努力と「単価×数量」の目論見が折り合えるどうかは提供できるサービス次第なのであるが。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。


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