AMDの半導体製造部門が分離独立したGLOBALFOUNDRIESが、IBMの半導体部門を買収した。すでにシンガポールのファウンドリ会社「Chartered Semiconductor」を買収しており、ファウンドリ業界で世界1位が射程に入りつつある。
GLOBALFOUNDRIES(グローバルファウンドリーズ)と聞いてすぐにピンとくる人は、半導体業界の人だけかもしれない。半導体ファウンドリ業界で世界2位という大きな会社なのだが、大体、ファウンドリという業態自体が一般になじみが薄い。IntelとかAMDとか自社のブランドで認知度が高いプロセッサー製品を売っている会社であれば知名度はまだしもであるが、自社ブランドで半導体を売っていても大抵の半導体会社はあまり知られていないものだ。ましてや、ブランドを掲げて売っている半導体会社から半導体製造を請け負って、ウェハーを製造することをなりわいにしているファウンドリ会社ともなると、業界人以外は関心がないだろう。
その上、GLOBALFOUNDRIESという名の会社は歴史が浅い。たかだか10年に満たない歴史しかない。その源はAMDの半導体製造部門だったのだが、「流行の」製造部門の分離と売却で、結果、アラブ資本の会社となった。AMDは、製造部門の資金負担を軽くできたわけだ。ここまでだと、日本半導体にもよく見られる分離話でしかなかったかもしれない。
AMDのファブ(半導体工場)そのものは、先端を走るプロセッサーを製造してきただけに、経験も能力もある立派なものだ。だが、受託ビジネス業界では顧客基盤を持たない新参者である。AMD以外の仕事をどこまで取り込めるのかと思っていたら、資金力のある会社は強い。大きく手を打ってきた。シンガポールが基盤のファウンドリ会社であるChartered Semiconductor Manufacturing(CSM:チャータード・セミコンダクター)を買収したのである。
CSM自体は、ファウンドリ専業として多くの顧客を持ち、製造のキャパシティも持っていたが、長年ファウンダリ業界では4番目くらいをうろちょろしていたように記憶している。GLOBALFOUNDRIESはCSMの買収により、シンガポールにある多数の工場群と、AMDがやっていなかった各種のこまごましたIC製造プロセスからASIC設計までの能力を取り込んだ上に、多くの顧客も引き継ぐことになった。そして買収後も工場の能力増強は続く。結果、先行する数社を抜き去り、今や業界2位である。製造部門を分離売却したけれど、後に解体消滅の憂き目を見ることが多い日本半導体とは大きな差にみえる。
その会社が今度は「歴史ある」IBMのマイクロエレクトロニクス部門(ぶっちゃけ半導体部門である)を買収することになった。栄枯盛衰は世の習いとはいえ、IBMの売却を惜しむような声も聞こえてくる。しかしまあ、そういう時に我ら年寄りが思い浮かべているIBMというのは、かつてのコンピューター業界の巨人IBMの残影でしかない。
すでにハードウェア部門の大半はLenovoに売り払い、IBMは「サービス」の会社に脱皮してしまっているのだ。「SOI(「頭脳放談:第10回 SOIは夢のテクノロジーか?」参照のこと)」とか「High-K(「頭脳放談:第9回 銅配線にまつわるエトセトラ」参照のこと)」とか「歪シリコン(トランジスタのチャネル形成部分に引っ張りもしくは圧縮の歪みを加えることで、トランジスタの動作速度を向上させる技術)」など、数々の先端の半導体技術を開発した栄光のIBMの半導体部門も例外ではない。とうに半導体の量産工場としての役割は捨ててしまっている。実体は高度で先端の半導体技術を開発し、それを必要とする企業(半導体会社に決まっている)に売るという「サービス」部門(そういう言い方が悪ければ研究開発部門)に変化していたのである。先端の半導体研究には膨大な資金がかかるから、なかなか1社では賄いきれないので、IBMの半導体部門と組んでいた会社も多かったはずだ。
どんどんハードウェアから遠ざかっているIBM本体になりかわって眺めると、優秀だが、ハードというよりもその下の部品屋の世界である半導体部門というのは「部門間のコラボレーション」の効果は低そうである。その上、世界の先端を走る半導体の開発には巨額の資金の流れが不可欠である。負担は重い。正直なんとかしたかったのではないか。
対するにGLOBALFOUNDRIES側としては、IBMの量産向けでない半導体工場のキャパシティを買うわけではないだろう。工場の「容量」的な問題に対しては、AMDやCSMの工場を拡張してきたのだから。引き受けのモチベーションとしては、世界の最先端を走るIBMの半導体部門の「開発力、技術力」と「知財」に違いない。多分それは、業界首位のIntelに匹敵するか凌駕するようなレベルである。ファウンドリ業界の中でいったら1つ抜け出せる財産となろう。この財産を自身の製造能力とうまく連結して使い切れたら、台湾のTSMCが首位に君臨し続けるファウンドリ業界、それどころか半導体業界全体を牛耳れる可能性まで出てくるかもしれない。
大昔の話になる。スーパースカラー化の戦争が勃発していたころである。AMDの主力プロセッサーがIntelのプロセッサーに性能で大きく引き離されかけたことがあった。自社設計でこの差を埋めるのには時間がかかる。互換機に全てを賭けていたAMDは絶体絶命のところに追い込まれ、急遽、やはりIntel互換のx86スーパースカラーをやっていたベンチャー企業を買収したのである。
そのベンチャー企業のx86互換チップの製造を請け負っていたのがIBMの半導体部門であった。その移植のときのAMDのファブの示した能力はすさまじかった。通常、工場が変わればプロセスが異なる。買収したベンチャーのIBMプロセス向け設計を自社AMDのプロセス向けに再設計させるのかと思いきや(多分そうしたら製造まで数年を要しただろう)、自社AMDのプロセスをIBMのプロセスに合わせてしまったのである。量産にたどりつくまでわずかに1年。IBMのプロセスが先端的でユニークなものであったことを考えると、当時の日本の常識では不可能とも思える短期間での製造立ち上げであった。
そのときのAMDのファブが今やGLOBALFOUNDRIESとなり、IBMの半導体部門を引き受ける。因縁話めいている。が、あのときのような反応が起きたら一気にブレークすることもある気がしてくる。どこまでやるのか、やれるのか、ウォッチを続けよう。
日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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