先を見通しにくい中で、安定的に収益・ブランドを向上させ続けるためにIT部門ができることは何か? デジタルビジネス時代のアプリケーション開発、インフラ活用の要件を探る。
“ITのパフォーマンスがビジネスのパフォーマンスを決定する”デジタルビジネス時代、アプリケーションアーキテクチャやアプリケーションを支えるインフラにも“新しい在り方”が求められている。とりわけモバイル、ソーシャルが社会一般に広く浸透している今、SoE(System of Engagement)と呼ばれる顧客接点となるシステムを中心に、スピーディな開発、改善、拡大あるいは廃棄といった市場環境変化に応じた柔軟・スピーディな展開が一層重要となっている。
では今後、アプリケーションアーキテクチャとシステムインフラにはどのような要件が求められるのだろうか? 本稿では2015年3月9、10日に、ガートナージャパンが開催した「エンタプライズ・アプリケーション&アーキテクチャ サミット 2015」の二つの講演内容を振り返り、デジタルビジネス時代のシステム開発・運用にあるべきポイントやスタンスを抽出してみたい。開発・運用の現場はどうしても多忙な日々に流されがちなものだが、多くの企業が年度初めを迎えたこの時期に、“あるべき姿”を考えてみるのはいかがだろうか。
モバイル、ソーシャル、クラウドが一般に普及し、それらを使った新しい顧客接点や顧客体験の提供が重要になってきた。こうした取り組みを進める上では、単にフロントエンドに新しいアプリケーションを導入するだけではなく、バックエンドの基幹システムを含めたアーキテクチャの整備が必要になってくる。
ガートナーリサーチ バイスプレジデント 兼 ガートナーフェローのイェフィム・ナティス氏は、「デジタル・ビジネスのためのアプリケーション・アーキテクチャ」と題する基調講演で、これからのデジタルビジネスを支える情報システムの在り方を提唱した。
ナティス氏によると、これまでのアーキテクチャの最大の弱点は、「顧客や市場のニーズに応えられなくなっていること」にあるという。近年のビジネスは、リアルタイム性、拡張性、継続性、オープン性などがますます求められるようになっており、それを支えるためのテクノロジも登場している。だが、システムは密結合したモノリシックなアーテクチャのままで、並列コンピューティングやインメモリコンピューティング、API連携などに対応できていないためだ。
そこで、新しいアプローチとして同氏が提案するのが、アプリケーションサービスのための、ソフトウエアで定義されたアーキテクチャ、「Software Defined Architecture(以下、SDA)」だという。
「SDAは、SDN(Software Defined Networking)やSDS(Software Defined Storage)と同じような概念で、物理プレーン、仮想化レイヤー、アプリケーションプレーンという3つの階層構造で全体を管理する。アプリケーションは、ソフトウエア定義のアプリケーションサービス『Software Defined Application Services(以下、SDAS)』として、アジリティとコントロールを両立させることができる」(同氏)
このSDASとは、SOA(Service Oriented Architecture)の概念を発展させたものでもあるという。SOAは小さなアプリケーションを「サービス」という単位で柔軟に組み合わせることで、システム構築にアジリティを担保することができる。だが、自由に組み合わせられることで管理が困難になり、オーナーも誰か分からなくなるという課題が生まれた。ナティス氏によると、コントールが難しくなっている領域としては、セキュリティ、個人情報管理、サービス品質、バージョン管理、イベント検出、オーケストレーション、リソース管理などがあるという。
「サービスが使われ過ぎるとコントロールが効きにくくなる。コントロールとアジリティを両立させるために階層を設け、ゲートウェイを通して管理するアーキテクチャがSDAだ」
具体的な構造としては、各サービスを直接組み合わせて利用するのではなく、物理プレーン、アプリケーションプレーンの中間に位置する仮想化レイヤーをゲートウェイとして機能させるという。物理プレーンで利用される内部APIと、アプリケーションプレーンで利用される仮想的な外部APIを、ゲートウェイで変換する。APIのバージョン管理やセキュリティ、リソース管理、オーケストレーション、ルーティング、最適化、課金などもゲートウェイで行うという考え方だ。いわゆる「APIゲートウェイ」や「APIマネージャー」のような機能を提供するものとなる。
その上で、ナティス氏は「SDAを採用して、デジタルビジネスに対応するアプリケーションサービスを構築する上では、いくつかのポイントがある」と指摘。サービス開発やポリシー適用、データ保護、ユーザーインタフェース設計、モバイル対応、イベント処理、コンテキスト管理、インメモリデータグリッドの利用など「12の原則」を挙げる。
例えばサービス開発においては、フロントに位置するサービス、ユーザー体験、デバイス(モノ)を外部APIで受け持ち、バックエンド機能やビジネスロジック、データはカプセル化したサービスとして内部APIで受け持つ構造にする。外部APIは、要求駆動型、イベント駆動型の特徴を持ち、REST、SOAP、Message Oriented Middlewareなどを利用するという。
ナティス氏は「デジタルビジネスは新しいアーキテクチャを求めている。時代に適したシステムに進化させ、ビジネスを飛躍させるチャンスだと思って取り組んでほしい」とアドバイスした。
ビジネスは、アプリケーション開発にスピード/柔軟性と品質の両立を求めている。その実現の一つの参考としてはいかがだろうか。続いて、ミサワホームの事例講演を紹介したい。こちらは市場ニーズの予測が立てにくい中で、安定的に収益・ブランドを向上させていくためのさまざまな示唆が含まれている。
「クラウド・ファーストによるアプリケーション環境の変革」と題して講演したのは、ミサワホームで情報システム部長を務める宮本眞一氏。同社が進めるクラウド移行プロジェクトとデジタルビジネスに向けたITの取り組みを披露した。
ミサワホームは連結41社でグループを構成し、社員数は約1万人。2008年、2011年、2014年からの中期経営計画を、それぞれ「ホップ(社内ではHomeと呼ぶという)」「ステップ」「ジャンプ」に見立て、ビジネス改革に取り組んできた。2014年からの中期経営計画のテーマは「MISAWA do all」。一戸建て注文住宅にとらわれず、住生活全般に向けて事業ポートフォリオの多様化を進めている。システム改革もビジネス戦略に呼応するように実施してきたという。
「情報システム部門のミッションは、“先の見えない状況に対応できるIT”です。これまでにバックオフィスの効率化を進めてきて、現在は新事業へのIT支援、市場動向への対応に取り組んでいます」
バックオフィスの効率化については、連結41社が各社単位でIT投資し、業務フローも各社バラバラだったことから、シェアードサービス化を進めた。2014年がシェアード導入の最終年度で、2015年からはIT支援による付加価値創出に入る段階だ。具体的には、経理面での決算早期化、人事給与面での人事制度の標準化や人事DBの整備、総務面での車両管理の統一化、システム面での電子承認や顧客管理システムの統一、インフラ共通化によるセキュリティと業務効率の強化などを図っていくという。
システム統一やインフラ共通化で大きな役割を果たしたのがクラウドだ。Amazon Web Services(以下、AWS)の「Amazon Direct Connect」と「Amazon VPC」のサービスを使って、2011年から2013年までにほとんどの社内システムをクラウドに移行した。まずグループウエアとして「Google Apps」を利用。その上で、顧客管理/営業支援、人事情報管理/ID管理、文書管理(図面・写真)、ワークフロー(電子承認)、データ分析/電子帳票、会計、部品DB管理の各システムをAWSに移行した。
「Home(ホップ)の段階ではクラウドを活用してバックオフィス系のシステム再構築を行いました。現在は、ステップとして、フロント施策の支援と売上への貢献を進めています。具体的には、Webサイト環境整備、HA/HEMS(Home Energy Management System)の支援、CSR強化などです」
※HA:日本電機工業会規格で定められた機器のオン/オフや監視を行うための端子
Webサイトでの取り組みとしては、従来、コンテンツ管理、インフラ管理とも営業推進部門が担当していたものを、インフラ面でのセキュリティ管理をIT部門が行うようになった。さらに2014年からは、コンテンツ制作の一部にも関与するようになった。具体的には、A/Bテストやクラウドソーシング、ソーシャルリスニングの活用などに参加している。
例えばA/Bテストでは、外部のクリエーターから既存サイトの改良案を募集し、A/Bテストを繰り返してWebサイトを最適化した。HEMSについては、省エネへの取り組みをスマートデバイスで確認したり、メンバーとシェアできるサービス「enecoco」の提供を開始。また、分譲地内でポータルサイト「まちの気象台」を提供し、住民が自分のエリアの気象を知り、熱中症対策や洗濯物や庭の手入れなどに生かせるようにした。
「これまでにクラウド上に整備してきたITインフラを使うことで、新しいサービスが提供できるようになりました。社内システムだけでは実現することが難しかったサービスを開発したり、蓄積されたデータを分析して社内システムに生かしたりといった取り組みを進めています」
例えば顧客向け新サービスとしてポイントサービスがある。これはミサワホームのオーナーに対して独自の電子マネーを付与し、各有償サービスの拡充を図るもの。顧客データや会計データなどをクラウド上で統合することで実現したサービスといえる。
社内向けサービスで興味深いのは、図面を分析する取り組みだ。ミサワホームは年間1万戸を販売するが、作成する図面(CADデータ)はサンプルや採用されなかったケースも含めると、その10倍は存在している。それらを分析することで、なぜその図面の住宅が販売に至らなかったのかを探り、今後のビジネスに生かすという。また、図面データをクラウド上に統合し、DWHサービスなどを活用して、日照や通風、電気使用料のシミュレーションシステムを構築することも進めている。
「クラウドファーストの本当の効果は、ビジネス部門のスピード感に付いていけるようになること。クラウドは、器の調達プロセスが不要で、スケールアップ/ダウンが容易。そのため、やってみなければ分からない、そんなに待てないというビジネス部門の本音を聞き、その試行錯誤に対応することができるのです」
ビジネス部門との関わりが強くなったことで、“受け身”“御用聞き”といったかつてのポジションから、“対等なパートナー”となる意識も生まれてきたという。また、「情報システム部門の人と時間を、フロント(ビジネス)寄りにシフト」することで、現場の試行錯誤を全面的にバックアップすることも可能になってきたという。
「クラウドに対してリスクを唱える人もいますが、事業計画の未達成リスクより大きなリスクはありません」と宮本氏。今後の“ジャンプ”の段階では、ビジネスイノベーションを生み出せるよう、ITの支援を強化していくことを強く訴えた。
本格的なデジタルビジネス時代に向けて、ITインフラに関わる人材もビジネス部門との協働がますます不可欠となっていく。クラウドのスピード、柔軟性というメリットを、ビジネスのスピード、柔軟性にいかにロスなく変換していくか、そのポイントがつかめる好事例といえるのではないだろうか。
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