次に選ばれたキーワードは「テクノロジ」だ。特に医療分野において「テクノロジを活用した事例」について、各パネリストがコメントした。
「医療とテクノロジ」という観点で、豊田氏はまず自社が運営する「MEDLEY」を挙げた。このサービスを作った動機は「内容が正しく、かつ最新の知見が反映された医療情報を集約したサイトが、それまで存在していなかった」ことだとする。「情報の正確性」「内容の公平性」「最新の知見が反映されている」といった点については、システムの改善を含めて努力を続けており「これらが実現できないのであれば、サービスとして医療情報は扱うべきではないと考えている」とする。
豊田氏はもう一つ、米国での事例として「Isabel Helthcare」を紹介した。Isabelは、患者の抱える疾患の特長をキーワードにした検索によって、診断のサポートを可能にする医療情報システムだ。実際の医師がIsabelを利用することで誤診率が低下するという論文も発表されているなど、その有用性に注目が集まっている。
「Isabelのようなシステムの登場は、正しいデータとアルゴリズムが用意されていれば、テクノロジが医師の業務を十分にサポートできる可能性を示しています。MEDLEYでも、こうしたシステムを提供できるよう取り組みを進めています」(豊田氏)
医療現場におけるITの導入が「実際、他業界より進んでいない現実はあると思います」と話すのは大石氏だ。大石氏は、その理由として「開業医全体の平均年齢が60歳を超えており、技術の進歩についていくのが難しくなっている」「一つ一つの医療機関の規模が小さく、利益率も低いため、金銭的投資、人的投資が必要なIT化が進めづらい」「医療情報に対する過度なセキュリティ信仰がある」の3つを挙げた。
「ただ、カルテの電子化や患者情報の共有などについては、特に東日本大震災以降、その必要性が認識されて導入が加速したという状況があります。また、IT導入のコストについても、15年前にはシステム構築に1億円近く掛かっていたようなものが、現在であればクラウドとスマートフォンの組み合わせで、比較にならないほどの安さで実現できるようになりました。今後、質の良い製品やサービスが出てくれば、より面白い状況になっていくだろうと思っています」(大石氏)
実際メディヴァでは、ネットを利用した患者カルテの完全開示や、医療現場でのiPhoneの活用、クラウドによる患者情報の共有システム「EIR(エイル)」のプロデュースなど、ITを取り入れた病院経営の効率化や、地域医療の構造改革に多く取り組んでいる。
「医療業界というのは、自ら進んで新しいことに取り組むということをあまりやらないのです。そういうところに、単にコンサルとして入っていってもなかなか状況を変えられない。そこで、自分たちが現場を持って実践しながら、実際にうまくいったものを横展開していくという方法を採っています」(大石氏)
次のキーワードは「未来」だ。サイバー・バズの高村氏は「医師によるオンライン診療」が、実現可能性のある未来の医療の一つの姿だとした。同社では複数のポータルサイトやメディアに対して、口コミによる医療情報の配信を行っている。そこで、情報を求める利用者がサイトに訪問をした際、チャットを使って、直接医師に相談ができるようなシステムの構築を進めているという。
「そうした仕組みがあれば、今、実際に情報がほしいと思っている患者の声を医師が直接聞けるようになります。ただ、現在の医師法では、その場での診断はできません。もっとも、法律改正があればその状況は変わるわけで、現在の医療現場が抱える課題から考えても、オンライン診療の実現については楽観的に見ています。
ここからは想像になりますが、オンラインで診断を受けたらその場でレセプト(診療報酬明細書、処方箋)がQRコードのようなもので発行され、課金が完了するような未来はあり得るのではないでしょうか。また、われわれとしても、そうした形を目指していきたいと思っています」(高村氏)
大石氏は、日本における医療の未来の姿について「自分たちで新たなモデルを作っていく」ことの重要性を強調した。
「日本の医療業界全体を見ると、古くは欧米がモデルになっており、厚生労働省も、それに準じたモデルを持っていました。ただ、現在、日本が高齢化に関して“先進国”となったことで、モデルを見失っているという現実があると思います。モデル作りを国に頼っていても間に合わない状況なので、自分たちでどんどん、良いと思うものを作っていくことが重要です。それが業界の中でまねされたり、国に採用されたりという変化の仕方はあるのではないでしょうか」(大石氏)
最後はセミナー参加者から質問を募り、パネリストが回答した。そのいくつかを紹介しておこう。
参加者からは「医療に関するITサービスを企画運営する中で、85歳以上の超高齢者に対するサービスの親和性について感じていることがあるか」という質問があった。前回紹介した「医療政策の動向から読み解く、これからの医療・介護業界」を受けての質問と思われる。
これに対して大石氏は、「日本全体を通じて一つの“高齢者”という層がいるという考え方を止めた方がいいでしょう。高齢者といっても、住んでいる地域の違いや、健康体か病気かといった違いがあります。サービスを提供する場合には、それぞれのセグメントに合わせた方法を考えるべきです。高齢化にまつわる課題を解決するに当たって、日本全国で均一のモデルを適用することが難しくなっている。さまざまな属性で分解して見ていくと“解”はあると思います」と回答。
高村氏からは「医療情報の入手先として、70代以上の高齢者は相談する先生が決まっていることが多い。医療についてちょっと知りたいときにネットを使うのは、主に30〜40代です。また、子どもの相談も増えています。ただ、高齢者も最近は、スマートフォンやタブレット使っている人が増えており、メインのターゲットがどの層になるのかは現在模索中です。10年スパンで、今使っている層が使い続けてくれるようなサービスを考えています」という回答が聞かれた。
次回は、ヘルスケア/医療関連のテクノロジサービスを提供する3社の企業が、自社のサービス内容を、それぞれ10分で参加者にアピールするピッチセッションの内容を紹介しよう。
IoTやウェアラブル機器の普及で広まりつつあるヘルスケアIT。しかし、そこで集まる生態データは電子カルテや医療で生かされていないのが、現状だ。本特集ではヘルスケア/医療ITベンダーへのインタビューやイベントリポートなどから、個人のヘルスケアだけにとどまらない、医療に貢献できるヘルスケアITの形を探る。
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