人に寄り添うコミュニケーションのためのサービスデザインクラウド時代のサービス開発――「個人と対話する機械」を作るヒント(2)(3/3 ページ)

» 2015年07月30日 05時00分 公開
[宮田健@IT]
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人間らしい応答を作り出すUXデザイン

 「ボットではない感」を出し、ユーザーに寄り添うための工夫はまだまだある。

 システム的には、「投げ掛けられた文字を基に返答を作り出し、APIを経由して返答する」という処理はほぼ即時で行える。しかし、「パン田一郎」はあえてそこに「文字数×30ミリ秒」の遅延を入れている。

 「この応答遅延は“キュー詰まり”ではなく、意図的に設計したものです。リリース前の検証で、応答をシステムの速度に任せて“即答”した場合、受け手側が予想以上に圧迫感を持つことが分かったためです。人がスマホなどで返答を行う場合はこうした感覚はありません。“ひと呼吸”のタイムラグを持たせることで、心地よいメッセージ交換を実現できました」(福田氏)

 “中の人”が手入力しているわけではない以上、それなりの長文であってもシステムからは即答できてしまうが、インターフェースデザインとしてあえて遅延を加えることで、ほどよく気持ちのいいリズムで返答し、「実在感」「人間感」を出しているという。

 「こうしたコミュニケーションのタイミング設計などは、UX(ユーザーエクスペリエンス、ユーザー体験)の象徴的な仕事例といえるでしょう。『パン田一郎』との会話が続く要因の一つだと考えています」(板澤氏)

 ここまでは、どちらかというと個人との対話を継続させるためのUXの作り込みを中心に紹介してきたが、公式アカウント「パン田一郎」の“本業”はアルバイト求人情報サービスである。「パン田一郎」に「バイトない?」とメッセージを送ると、希望の場所や条件に合ったバイト情報を定期的に送ってくれる機能や、バイト開始、終了を伝えると給与を計算してくれる機能も、実はしっかり存在する。だが、これらの機能については「たまにガイドする」程度に抑制している。サービスのPR色が強くなり、ユーザーとの距離が離れることを懸念してのことだという。

応答ノウハウの蓄積と次の挑戦

 ここまで見てきたように、不特定多数を対象とした「個人」対「ボット」の対話は、UXの視点を強く意識した「人力辞書」による品質維持が支えていることが分かった。

 個人と対話するボット「パン田一郎」は、今後も機能を拡充していく予定だという。

 「現在は“会話の連なり”に対応するロジックを入れておらず、あくまでも一つのメッセージに対して反応するだけのシンプルな実装。今後は、会話の連なりも含めた文脈を解釈して応答する仕組みを検討していきたい」と板澤氏は述べる。「例えば、あるタイミング――よくある『付き合って』『OK』といったやりとりの後に『お腹が痛い』というメッセージを受け取ったときにボーイフレンドっぽく返答ができれば、より親密度が上がるはず。“文脈”を前提にした機能拡充なので、今後は本格的に機械学習的なアプローチを入れる必要があるだろう」(板澤氏)

 辞書や対話パターンが一定のレベルで蓄積された状況であることを考えると、機械に学習させるべきデータは一定量確保しつつあることだろう。

 このロジック自体はLINEチャット上での会話以外にも活用が可能だと板澤氏は述べる。

 「今後はさまざまな分野で対話型インターフェースに注目が集まるようになると考えている。エンジニアは、機械学習や自然言語処理のスキルを磨きつつ、UI/UX部分のチューニングができる人も望まれるようになってくるだろう」(板澤氏)

 本稿では、個人とボットの対話の在り方を、LINE公式アカウント「パン田一郎」の開発プロジェクトから見てきた。個人との対話ならではの難しさが理解できた一方で、個人に寄り添う仕組みを追求することで、対話のパターンや送られてくるメッセージの傾向、対話のログなど、画一的なボットサービスでは獲得し難い情報の獲得に成功している事例として興味深い。本稿で紹介した「パン田一郎」アカウントのストーリーは、今後、人間との自然な対話を実現する仕組みを考えていく際に、基礎データやノウハウ蓄積のヒントとなるのではないだろうか。

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