元ヴイエムウェアCEOのダイアン・グリーン氏は、グーグルのクラウドをどう変えるか「シリコンバレーの伝説」

米ヴイエムウェアの共同創立者兼元CEO、ダイアン・グリーン氏が、米グーグルのクラウドビジネス担当シニアバイスプレジデントになる。2015年11月19日(米国時間)にブログポストで明らかにされたこのニュースで、グーグルのクラウド事業は新たな側面から注目されることになった。

» 2015年11月23日 08時00分 公開
[三木 泉@IT]

 米ヴイエムウェアの共同創立者兼CEOだったダイアン・グリーン(Diane Greene)氏が、米グーグルのクラウドビジネス統括責任者になる――。このニュースは多くの米国IT業界関係者を驚かせ、今後のグーグルのクラウド事業の行方に、新たな側面から注目が集まることになった。

 グーグルは、2015年11月19日(米国時間)、同社CEOのスンダー・ピチャイ(Sundar Pichai)氏が、「Investing in our business for the future(当社の事業の将来に向けた投資)」と題し、グリーン氏の新たな職務について短く説明するブログポストを掲載した。

VMworld 2007でのダイアン・グリーン氏

 グリーン氏は、同氏の設立した企業Bebop(これまで完全にステルスモードだった)のグーグルによる買収完了とともに、グーグルのクラウドビジネス担当シニアバイスプレジデントになるという。同氏は2012年1月よりグーグルの社外取締役を務めており、新たな職務に就いた後も、グーグルの持株会社Alphabetの取締役会メンバーに留まる。

 ピチャイ氏のブログポストによると、グリーン氏はGoogle for Work、Google Cloud Platform、Google Appsなどの製品担当、エンジニアリング、マーケティング、営業を統合して新設される、新たなクラウド事業部門を率いることになる。ピチャイ氏は、「クラウドコンピューティングは人々の生き方や働き方に革命的な変化をもたらす。この重要な分野でリーダーとなるのに彼女ほど適した人材はいない」と述べている。

 複数の米国Webニュースメディアは、前日の11月18日に、テクニカルインフラストラクチャ担当シニアバイスプレジデントのウルス・ホルツレイ(Urs Hölzle)氏が、2020年までに同社のクラウド事業の売り上げが、広告事業を上回るだろうと述べたことと結び付け、グーグルにとってこれほどの重要性を持つ事業の責任者に、グリーン氏を指名した決断の重みを示唆している。ちなみに広告事業は、2014年のグーグルの売り上げの89%を占めていたという。

ヴイエムウェア後はかなり「ステルス」だったグリーン氏

 グリーン氏は、2000年代前半の米国エンタープライズIT業界を知る人の多くが、「最近は何をしているのだろうか」と興味を持ち続けていたに違いない有名人だ。1998年に夫のメンデル・ローゼンブルム(Mendel Rosenblum)氏らとともに米ヴイエムウェアを設立。グリーン氏は社長兼CEOを務めた。2001年に同社はサーバー仮想化ソフトウエアを発表し、当時のIT業界で最も注目を集める企業の一社となった。

 多くの人々は、グリーン氏の技術的先見力を高く評価していた。筆者は、当時取材した米ヴイエムウェア幹部から、「技術を深く理解している彼女と一緒に働くことは、とても刺激になり、楽しい」と聞いたことがある。

 ヴイエムウェアは2004年、EMCに買収された。EMCは2007年に、保有株式の15%を市場に放出してヴイエムウェアの株式公開を大成功させた。その後グリーン氏は2008年、社長兼CEOの職を突然解かれ、ポール・マリッツ(Paul Maritz)氏に交代された。

 グリーン氏はヴイエムウェアを去って後、個人としてさまざまなスタートアップ企業に投資してきた。投資先としては、Amazon Web Servicesを立ち上げたクリス・ピンカム(Chris Pinkham)氏がその後創業したクラウドプラットフォームソフトウエアの米Nimbula(2013年に米オラクルが買収)、ネットワーク仮想化の米Nicira(2012年にヴイエムウェアが買収)、Hadoopディストリビューションの米Cloudera、「ネットワークのためのLinux」である米Cumulus Networksなどが知られている。だが、同氏の名前が出るのは決まって投資家としてであり、フルタイムで社長やCEOを務める企業の話はこれまで全く表面化してこなかった。

Bebopが、Kintoneのようなサービスを開発しているとしたら?

 ピチャイ氏のブログポストは、グリーン氏がこれからやろうとしていることについてのヒントを、ほとんど提供していない。だが、次の一節が非常に興味を引く。

 「私は、ダイアンが設立した企業(Bebopのこと)を買収する合意に至ったことを、同様にうれしく思う。bebopは、エンタープライズアプリケーションの構築と運用を容易にする新たな開発プラットフォームだ。これまでよりはるかに多くの企業が素晴らしいアプリケーションを見出し、クラウドコンピューティングのメリットを享受することを支援できる。bebopとその卓越したチームは、私たちが統合的なクラウド製品を提供することを、あらゆるレベルで助けてくれる。AndroidやChromebookなどのエンドユーザープラットフォームから、Google Cloud Platformのインフラおよびサービス、モバイルおよびエンタープライズユーザーのための開発フレームワーク、Gmail、(Google )Docsのようなエンドユーザーアプリケーションまでを含めてだ」

 Bebopについて、これ以上の情報はネット上に全く見られない。そもそも、正式な社名すら定かではない。一部のWebメディアは、「Bebop Technologies」と表記しているが、これが正しいのかどうかも確認できない。従って上記のブログポストの一節を基にした完全な憶測ではあるが、BebopはサイボウズのKintone、あるいはLotus Notesの軽量版のような機能を提供するクラウドサービスを開発しているのではないだろうか。

 つまり、誰もがノンプログラミングで業務アプリケーションを迅速につくれるプラットフォームだ。GmailやGoogle Docs 、Google Cloud Platformの各種サービスと融合した業務アプリケーションが構築でき、さらにこれらのアプリケーションは自動的にモバイル対応する。また、アプリケーションの構築者は、これをグーグルの運用するマーケットプレイスで販売することもできる、といったサービスが想像できる。

 こうしたサービスをもし、今後グーグルが前面に押し出してくるとすれば、Google Cloud Platformの「開発者のみを対象としたクラウドサービス」というイメージは様変わりすることになるはずだ。つまり、データ分析などを含めたGoogle Cloud Platformの各種サービスを、一般ユーザーが容易に活用できるようなユーザーインターフェースを迅速に構築できるのであれば、Google Cloud Platformの実質的ユーザー層を大幅に拡大できる。また、こうしたサービスならGoogle Apps、Google for Workのユーザーベースを生かすことができるし、業務アプリケーションのモバイル対応に苦慮している企業の注目を集めやすい。

 もちろん、こうしたサービスだけで、「2020年までにクラウド事業の売り上げが、広告事業を上回る」ことになるかどうかは、分からない。

 そもそも、こうしたサービスの難しさとして、「ノンプログラミングでやれることには限界がある」ということが挙げられる。Lotus NotesおよびKintoneも、複雑な機能の作り込みについては、独自のスクリプト言語あるいはAPIで補っている。セールスフォース・ドットコムは、アプリケーションコンポーネントを必要に応じてユーザーが購入し、画面上で組み合わせて利用できるようにしている。結局のところ、これらの製品やサービスが実現したいのは、カスタム業務アプリケーションの迅速な開発と提供であり、「ノンプログラミング」が最終的な目的ではない。だが、複雑なアプリケーションを構築するために独自の(プロプライエタリな)スクリプト言語やAPIを必要とするなら、これを積極的に使ってもらうだけの魅力がなければならない。

 いずれにしても、「ノンプログラミング」では満たしきれない部分を補うエコシステムを、どう整備できるかがポイントになってくる。逆に、エコシステムをうまく整備できれば、これは単なるニッチなサービスではなくなり、グーグルのクラウドサービス全体について、新たな消費モデルを生み出すプラットフォームに育つ可能性がある。そうなれば、「広告事業越え」のための柱の一つといえるようになるだろう。

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