編集部 さて、ここまでの話の要点をまとめると、
こうした肝心なことが、あまり認識されてこなかったわけですね。ただ、これまでの話と矛盾するようですが、「自分たちのやり方」を自分たちなりに作る以上、「何ができていればDevOpsと言えるのか」の指標は、やはり知りたいところだと思います。
牛尾氏 「定義がない」という話がありましたが、定義はそれぞれしたらいいですし、プラクティスも便利なものを導入すればいい。ただ、いまだに多くの人が「ツールを入れたらDevOps」といった誤解をしているので、やはり分かりやすく説明する必要はあると思います。私は、厳密な定義とは違うものの、何を目指したらいいのか分かりやすく言うなら「10deploys/Day」でいいと思うんです。
これは本当に「1日10回デプロイ」できなくてはいけないという意味ではなく、「あなたのプロジェクトで、やろうと思ったらできる能力がありますか?」ということです。これはテクノロジーだけでは絶対に達成できない指標だからです。テクノロジーで自動化されていても、本番のプロダクション環境にデプロイしようと思ったら、「承認が必要」なステップがあったり、「ある人がボトルネックになっていて、その人に作業がたまってしまう」といった問題もある。そうした状況が一つでもあればもう達成できない。つまり、ビジネス部門も含めて取り組まないと達成できない指標なんです。
だから、指標としてはとても分かりやすい。それをやるといろんなところを改善できると思います。マイクロソフトでは、その達成手段として「プラクティスにはこんなものがあるから、やってみたらいかがですか? 便利になりますよ」といった形で啓蒙しています。
渡辺氏 先に挙げた「開発と運用が仲よくすること」といった解釈が生まれたのも、この「1日10回デプロイをやるために」ということが完全に抜け落ちていたためだと思います。ただ、これは「目的」ではなく、目的は「ビジネスを成長させる」こと。つまり、今のような市場環境変化の速い時代にITでお金を稼ぐためには、そのくらいの頻度で新規サービスを作ったり、変更したりできる「仕組み」が必要で、その仕組み作りのためには、ツールも、プロセスも、組織をどう変えるかということも、すなわち「DevOps」としてこれまで個別に語られてきた要素全てが求められるわけです。
牛尾氏 さらに言えば、なぜデプロイの頻度が必要かというと、数年前から市場環境や企業の動きが変わってきているからです。今まで、大きな会社はスタートアップにやられていたと思います。彼らのスピードは圧倒的ですし、アプリケーションも少ない人数で作れるようになってきている。彼らは戦略面でも、中期計画などをいったん決めたら突っ走っていく。こうしたところは、大企業ではなかなか勝てないですよね。
そうした動きが盛り上がってきてリーンスタートアップが登場してくると、いったん作ってリリースしたものについて「これは仮説でしかなく、その仮説が合っているか、本番環境で確認して、方向を修正していこう」という方向性に変わってきた。これだけ市場環境変化が速い中では、そうしないと何が正解か分からない。そのビジネスが本当にもうかるのか、スケールできるのか、検証する必要が出てきたわけです。しかも検証のサイクルを速くしないと市場の動きからズレてしまう。
渡辺氏 そうした動きは一般企業でも高まりつつありますね。CA Technologiesのユーザー企業でも、モバイルを使った取引機能などを「どんどん変えていかなければいけない」という意識に変わってきています。例えば月6万デプロイを実践している銀行がある。
編集部 どこの銀行ですか?
渡辺氏 オランダのINGバンクです。彼らは(顧客に対するサービス提供のスピードの観点で)「競合はアマゾンだ」と言っている。日本の銀行もこうした事例を「それは海外の話でしょ」と受け流さず、少しずつ重視する方向に変わりつつあります。
参考リンク:Continuous Delivery - The ING Story: Improving time to market with DevOps and Continuous Delivery(CA Technologies)
牛尾氏 状況はさらに変わってきていますよ。それはマイクロサービスが重要ということです。これまではスタートアップにスピードでは勝てない状況が続いてきましたが、マイクロサービスなら大企業でもスモールチームで作ることができる。
参考リンク:DevOpsインタビュー: 第3回 楽天さんのDevOpsについて聞いてみた 〜後編:スモール チーム・マイクロ サービス・DevOps がエンタープライズに与えるインパクト〜(マイクロソフト「TechNet blog」)
スモールチームを作れると、10deploys/dayが大きな企業でもできるようになる。これによって、人的リソースのある大企業は勝てるチャンスが出てきたと思います。実際、米国の事例を見てもマイクロサービスとDevOpsにセットで取り組んでいる企業が目立ちます。
長沢氏 それはありますね。リーンスタートアップにおける「Build」「Measure」「Learn」を大きな会社の細分化された組織の中で展開している。そこでは必然的に、DevOpsのアプローチでなければ仮説・検証ができません。
編集部 スタートアップのスピード感が一般企業にも強く求められる状況になっており、欧米の企業はすでにその対応に乗り出しているということですね。日本企業も、自社にはDevOpsが必要なのか、なぜ必要なのかを考えてみると、適用領域がある企業は決して少なくないと思います。
ただ、「自社の目的・組織に応じて、やり方を決め、そのための手段も自分たちで選ぶ」といった「自分たちのやり方」を作るためには、もう少し具体的に言うと、まず何から始めればよいのでしょうか?――
IoTやFinTechのトレンドも高まりつつある中での「DevOpsの今」「DevOpsで本当に大切なこと」、そして「何ができればDevOpsなのか」――前編では、さまざまな解釈が生まれ曖昧な部分も多かったDevOpsの本質を振り返ってみた。五人の言葉から、本当の“取り組みの出発点”をあらためて確認することができたのではないだろうか。
後編では、DevOpsの第一歩としてやるべきこと、取り組みのポイントを、より具体的に掘り下げていく。
2013年から盛り上がりを見せた国内DevOpsトレンド。だがこれを見る立場、観点によって「文化」「自動化」など解釈が拡大し、取り組む企業も限定的だった。だが欧米ではそうしたフェーズはすでに終わり、収益・ブランド・業務効率向上に不可欠な要件となっている。そして今、国内でも再び「DevOps」が注目されている。その理由は何か? 結局DevOpsとは何を指し、何をすることなのか? 今あらためて、国内DevOpsを再定義する。
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