ドローンの自律飛行に見る、人工知能の可能性とエンジニアの役割特集:「人工知能」入門(4)(2/2 ページ)

» 2016年06月28日 05時00分 公開
[高橋睦美@IT]
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モデルベース制御の採用で、状況の変化に強い制御を可能に

 一方、ドローンを安定飛行させるAutopilotのプログラムは、2008年ごろからこつこつと岩倉氏が開発を進めてきたという。C++で書かれたソースコードは何十万行という量に上るそうだ。

 その特徴は幾つかあるが、他社がほとんど採用していないのが「モデルベース制御」だという。「どの程度モーターを回転させると、機体がどのように動くか」という事柄、要は「“機体制御に最も不可欠な要素”だけを抽出した物理モデル」を数式化、つまりモデリングし、そこから制御アルゴリズムを導き出して実行していく。さらに、実際に機体を飛ばしてみて「センサーで取得したデータ」と「数式モデルから導き出した予測値(例えば角速度など)」とを比較し、重なっていれば「使えるモデル、いいモデル」であると確認できる、その上でそれをAutopilotに実装していく。

ALT 予測できない外乱に強い「モデルベース制御」により、あらゆる状況で安定した飛行を実現する

 「最も古くから、かつ広く用いられている制御手法『PID制御』では、さまざまなパラメータを入力しては、試行錯誤を繰り返す中で最適なパラメータの組み合わせを求めていきます。モデルベース制御もPID制御と同じくフィードバック制御の1つですが、こちらはうまくいけば試行錯誤を繰り返す必要がありません。モデリングという作業を正確に行うことができれば、そのモデルを使って、“機体を良好に制御できるパラメータ”を一発で求めることができるのです」

 これは「現実のビジネス」に適用していく上で、とても重要なポイントになる。例えば、PID制御の場合、機体の構成を少し変更したり、より重たいものを搭載したりしているにもかかわらず、変更前のパラメータを用いて制御していると、正しく制御できず飛行時に機体が揺れたりするという。

 「そのようにおかしな飛び方をしている時には、飛行ログのデータを取ってパラメータを再設計する必要があります。人があれこれ数字を調整しては飛ばし、まだおかしければもっと調整して……ということを繰り返す必要があるわけです。しかし、このモデルベース制御を採用したシステムでは、それが自動的に行えるようになっています。例えば5kgなら5kg増えたときに適したパラメータを一発で出し、機体をすーっと飛ぶ状態に戻すことができます」

ALT 秋田県仙北市田沢湖スキー場での、雨が降りしきる中での飛行デモ。外乱に強いことが同社ドローンの特長の1つ

 もう1つポイントに挙げるのが「非線形制御」だ。ドローンの飛行状況には、例えば無風の中のホバリング状態など、安定していて制御しやすい“非線形性の弱い”状態と、突風など予測できない外乱に見舞われるような“非線形性が強い”状態がある。Autopilotはこの非線形性に対応し、外乱に強いことも特徴だという。

 「機械や現実世界に対してアクションを行い、その結果を基に、次のアクションを修正していくことの繰り返しです。人間が何かを持つときなどに、無意識のうちにやっているような制御を自動的に行っているのです」

「制御」は脳の一番深いところに当たる

 ただ岩倉氏は、現時点での“機械にできることの限界”も指摘する。

 「自分の考えでは、制御とは人間で言うと脊髄のような、脳の一番深いところにある機能に当たるものだと考えます。人間は熱いものに触ると反射的に手を引っ込めますが、それはそうした制御が遺伝子に組み込まれているからです。しかし制御システムの場合、学習で覚えさせてもそこまで素早い反応はできません。AIや機械学習ではそこまでの性能を出せないと思うんです」

 例えば、ドローンの“きりもみ飛行”など、非線形性が極めて強い機体の動きでも、人間は何回も繰り返し飛ばすことでコツを体に覚えさせ、いずれは意のままに操ることができるようになる。だが「これは非常にすごいことで、これをコンピュータのプログラムで表現しようとすると、とても難しい」という。

 一方で、「ディープラーニングや機械学習が活用できる領域もある」と期待している。例えば前述したモデリングの領域だ。制御する対象が複雑になればなるほど、モデリングは難しくなっていく。そうしたところに機械学習が役立つ可能性はあるという。また「きりもみ飛行などはプログラミングが難しい(数式化が難しい)ので、機械学習が優位性を出しやすい分野」だという。

 「ただ、これも数十年〜100年といったスパンで見ていけば変わるかもしれません。ベテランパイロットの動きを覚えさせてその通りに飛んだり、繰り返し飛んでいるうちに自然にその動きを自己修正し、より高性能な飛び方ができるようになる――そうしたコンピュータが自ら学び、人と同じことができるまでになる時代が、いずれ来るでしょうね」

人工知能に代替されない“価値”の創造が大事

 岩倉氏は、人工知能の進展に伴い、こうした傾向があらゆる業務に影響を与え得ることも示唆する。特に「プログラミング一般も同じトレンドに飲み込まれるだろう」と予測する。

ALT 「常に最新の技術をキャッチアップし、“人工知能に取って代わられにくい価値”を生み出す力を身に付けていくことが大切だと思います」

 「例えばプログラミングにも、ほとんど“製造作業”に近いものと“創造”に近いものがあると思いますが、前者は次第にいらなくなるかもしれません。仕様書をコードに変換するだけの作業は将来的に人工知能にとって代わられ、いずれは不要になると思うんです。実際、そう考えている人も少なくないのではないでしょうか」

 特集第1回で紹介したように、人口知能はあくまで人をサポートするものであり、凌駕するものではない。だが、それは「仕事を奪われない」ことと同義ではないということだろう。

 「時代はどんどん変わっていき、身に付けた技術もいずれは陳腐化していきます。それがいかに高度なものでも人工知能に代替される可能性はあります。だからこそ常に最新の技術をキャッチアップし、“人工知能に取って代わられにくい価値”を生み出す力を身に付けていくべきなのではないかと考えています」

 製造、流通・小売り、農業、建設、社会インフラなど、自律制御型マルチコプターの実用化は着実に進んでいる。岩倉氏らの考える“価値”は、さまざまなビジネスフィールドで大きく花開こうとしている。

特集:「人工知能」入門 〜今考えるべき、ビジネス差別化/社会改善のアーキテクチャ〜

競争が激しい現在、ビジネス展開の「スピード」が差別化の一大要件となっている。「膨大なデータから、顕在・潜在ニーズをスピーディに読み解く」「プラント設備の稼働データから、故障を予測・検知して自動的に対策を打つ」「コールセンターの顧客対応を自動化する」など、あらゆるフィールドで「アクションのスピードと品質」が競争力の源泉になりつつある。こうした中で注目を集めている「人工知能」――人には実現できないスピードで膨大なデータを読み解き、「ビジネスの差別化/社会インフラの改善」を支援するものとして、今さまざまな分野で活用の検討が進んでいる。こうした動きは、ビジネス、社会をどのように変え、エンジニアには何を求めてくるのだろうか? 人工知能のインパクトを、さまざまな角度からレポートする。



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