OpenStackを導入する国内企業のIT現場は、今何を目指しているか導入用途や目的を改めて考える(2/2 ページ)

» 2016年07月05日 05時00分 公開
[三木泉@IT]
前のページへ 1|2       

 OpenStackの採用理由は、アプリケーションの構築およびテストにおける自動化を進め、コストを削減することにあった。OpenStackの利用自体が目的ではないので、大きなリスクを背負いたいとは考えなかった。OpenStack on VMwareを採用したのは、そのためだという。

 さらにセルフサービスポータルで、必要なミドルウェアを備えた仮想マシンを作成し、自動的に払い出せるツールとして、「IBM Cloud Orchestrator」を導入した。テストツールとしては「Serverspec」を選択し、完全な自動化を実現した。

 この仕組みは2015年に稼働を開始。当面の移行対象である1000台のうち、約半数が移行を終えている。

 今回のプロジェクトは、パブリッククラウドではなく、オンプレミスに環境を構築することを選んだ。理由は、200サーバを対象に試算したところ、パブリッククラウドのコストがオンプレミス環境を大幅に上回ったことにあるという。

 「キリンはパブリッククラウドを使わないわけではない」(門田氏)。実際、ディザスタリカバリ(DR)や開発では一部利用している。IBM Cloud Orchestratorはパブリッククラウドとの連携機能を備えているため、OpenStack環境上の仮想マシンは、いつでもパブリッククラウドに移行できる。こうした形で臨機応変にオンプレミスとパブリッククラウドを使い分けられる自由を獲得したことが、今回のプロジェクトの成果の1つでもあるという。

 なお、キリンはIT運用でNTTデータと包括的な契約を結んでおり、ノウハウを持ったエンジニアに支援してもらっているため、OpenStackに関するスキル不足について、心配することはなかったという。

アイシン軽金属のOpenStackクラウド利用はDRから、クラウド側がメインに

 富山県射水市にあるアイシン軽金属は、同県のケーブルテレビ会社4社が推進するOpenStackベースのクラウドサービスのファーストユーザーとして、生産管理システムや部品表マスターシステムの災害対策(DR)を行うべく、検証を進めてきた。DRがきっかけだが、より広範な活用を考えているようだ。

 アイシン軽金属 経理部 情報システムグループ システム開発主任専門員の鍛冶一志氏は、このクラウドサービスのデータセンターが富山県内にあり、高速な接続ができることから、「社内データセンターの延長として使える」と話した。

 同社は海に近い立地であるため、津波などの可能性に備える必要がある。また、工場の長期連休時には停電となり、その都度サーバのシャットダウンと立ち上げの作業が発生する。このような、トラブルの原因となりやすい作業を減らすことが動機の1つという。

 そこで、同社では、OpenStackクラウド側をバックアップでなく、メインとして動かそうとしている。データについては、社内とクラウド側に同時書き込みを行う。これにより最新のデータを双方で保持し、代替システムへの切り替えを即時に行う仕組みの整備を進めている。同社では、他にファイルサーバや仮想デスクトップをクラウド側で動かすことも検討。全般的に保守や維持のための負荷を軽減しようとしている。

今後の焦点、事業部門のITをどうするか

 上記は、既存の業務システムを出発点としたOpenStack利用の例だ。一方、情報システム部門が、場合によってはこれまで深く関与してこなかった、事業部門におけるビジネス活動のための環境を整備する例も見られるようになってきた。

 NEC クラウドプラットフォーム事業部 OSS推進センター エキスパートの鳥居隆史氏は、「AWSなどを企業の業務部門が活用する例が増え、『シャドーIT』と呼ばれるなどしている。そういう世界が生まれているにもかかわらず、企業の情報システム部門は、『業務部門のためのIT環境を整えるのに、半年から1年かかる』などと言い続け、二者の間でのスピード感のギャップが広がってきた」と説明する。これを何とかしなければならないと考える情報システム部門の間で、OpenStackへの関心が高まっているという。

 例えば、好むと好まざるとにかかわらず、FinTechの波にさらされつつある金融機関を想定すると、この話は分かりやすくなってくる。事業部門は試行錯誤を繰り返しながら、新しいサービスを高速に開発していかざるを得なくなっている。ビジネスアナリティクスでも同様だ。あるデータを、時には別のデータと組み合わせて、多様な角度からの分析を繰り返すことが求められる場面が出てきている。こちらも、試行錯誤的な側面が強くなってくる。こうした活動を支援することを考えたとき、情報システム部門の発想は変わらざるを得ない。

 中島氏は、「開発者に対するおもてなし」という言葉を使って、これを表現している。「顧客の中には『技術を使ってシステムをもてなすのではなく、システムを作ってくれる開発者のおもてなしをしていこう』という発想に切り替える顧客が出始めている」という。

 同氏は、@ITが掲載したBMWの事例が重要な示唆を含んでいると話す。「情報システム部門が開発者のサポートに視点を移し、開発者と連携しながら社内のITを改善するべく、自らの役割を再定義しようとしている」と説明する。

 「現在AWSの活用を進めている企業で、使い方が洗練されていくと、逆にオンプレミスに戻す動きも出てくるだろう」と、中島氏は予測する。重要なデータはやはり外に出したくないということから、AWS上にデータを移行する場合も、厳格な審査を求めるようになることが考えられるからだ。また、AWSのストレージサービスの料金は、必ずしも安いとは言えない。「大量のデータが関わるアプリケーション/用途では、社内で運用したほうがコスト効率は高い」という判断もあり得る。

 ちょっとした開発作業をしたいときに、審査を経ることなくすぐに使える環境を、情報システム部門から提供されれば、開発者の満足度は高まる。これが「開発者のおもてなし」につながるという。

 つまり、こういうことだろう。例えば仮想化されたITリソースの維持と提供だけを考えると、企業の社内ITインフラ担当者が、パブリッククラウドを上回る価値を提供するのは難しいかもしれない。だが、「開発者やユーザーが本当に喜ぶことは何なのかを考え、これらの人々のニーズを満たすサービスを提供する」というように発想を転換すると、別の可能性が開けてくる。

パブリッククラウドだけが企業ITの未来ではない

 上記をまとめると、次のようになるのではないか。アプリケーションのアーキテクチャが従来型であっても、クラウドネイティブ型であっても、一般企業が機動的なITを目指す際に、OpenStackは生きてくる。特にクラウドネイティブな取り組みでは、物理的インフラ製品の調達から構成、アプリケーションの開発や展開と、全プロセスを通じてITをユーザーに近づけやすくなる。

 「そんなことは、AWSをはじめとした非OpenStackのパブリッククラウドで、できるではないか」という意見は当然ある。確かにそうだ。

 だが、同様なことができるという前提の下で、ユーザーにとっての使いやすさ、コスト、セキュリティ/ガバナンス、コントロール性といった観点から、どんな用途でどのクラウドサービスを利用するのか、あるいはオンプレミスでどのようなプラットフォームを使うのかは、意見の分かれるところであり、誰も単一の解を世の中の全ての人に押し付けることはできない。

 用途によって、あるいは社内IT全般を、オンプレミスでコントロールしたい、あるいは「今後パブリッククラウドを主とする」という判断を下した場合でも、将来いつでもオンプレミスに巻き取れるように準備をしておきたい。パブリッククラウド至上主義者は認めようとしないだろうが、こうした考え方をする人は確実に存在する。あるいはもっと単純に、処理対象となる社内データの量があまりにも多すぎ、パブリッククラウドにそのまま持っていくことが不可能に近いこともあり得る。

 こうしたケースで標準APIを通じたエコシステムという要素を含め、オンプレミスのプラットフォームとして最有力候補となれる存在が、OpenStackだといえるのではないか。

 パブリッククラウドが原因で自社サービスがダウンしても、許される企業と、それでは済まされない企業がある。企業の事情は様々で、必ずしも技術的な側面だけで決まるものではない。それぞれの事情に応じて、最適な技術や製品を使い分ければよく、OpenStackは、採用する技術の選択によって多様な事情に対応しやすくなってきたという言い方もできる。

2016年7月6、7日に東京・虎ノ門ヒルズで「OpenStack Days Tokyo 2016」が開催されます。詳細はこちら

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。