元三井物産情シスの「挑戦男」、黒田晴彦氏が語るAWS、情シスの役割、転職の理由独占ロングインタビュー(1/3 ページ)

三井物産で、IT推進部の副部長およびチーフITアーキテクトを務めてきた黒田晴彦氏が転職した。@ITではこれまで数々の最新IT技術にチャレンジしてきた同氏に、情報システム部のあり方や、今後やろうとしていることについて聞いた。

» 2016年08月16日 05時00分 公開
[三木泉@IT]

 黒田晴彦氏は、これまで36年間にわたり、三井物産のIT担当部署で活躍してきた。それはチャレンジの歴史といって過言ではない。Windows NTを活用したダウンサイジングに始まり、世界規模でのActive Directory構築およびExchange Serverの運用などを次々に実施。また、Amazon Web Services(AWS)にいち早く着目、AWS上にSAP環境を構築するプロジェクトも推進した。アジアで初めてAWSの顧客諮問委員会委員となり、日本のAWS企業ユーザー会「E-JAWS」の初代会長も務めた。

 その黒田氏が三井物産を退職し、2016年5月、デル日本法人の最高技術責任者に就任した。@ITではこれを機に、「行動する情シス」のロールモデルともいえる同氏に、三井物産をなぜ辞めたのか、情シスの役割をどう考えてきたのか、AWSをどう捉えているか、デルに転職したのはなぜか、これから何をやろうとしているのかといった点について、詳しく聞いた。

――三井物産を退職するというお知らせをいただき、大変驚きました。理由は何だったのでしょうか?

黒田氏 三井物産での仕事は実に面白かったです。若い時期からダウンサイジングをはじめとしたプロジェクトを任され、「全てを自分で決められる代わりに全責任を負う」という立ち位置で仕事をさせていただいたので、90年代以降、とてもスリリングでエキサイティングな経験を積むことになりました。最後は副部長およびチーフITアーキテクトとして技術面での全責任を負う立場でしたし、長期間、三井物産の情報戦略委員会のメンバーを務めました。上司や仲間にも恵まれ、こうした楽しい経験をしているうちに、かなりの時間が経過していました。

 「全てを自分で決められる代わりに全責任を負う」という経験を積むほど、自分の考えることの柱が太くなってきます。例えば、あまり保守的な考え方では、新しい技術を生かせません。一方で新しい技術が出たからといってすぐ使い、うまくいかなければ、その責任を負わなければなりません。

 一方、組織の今後を考えると、このように後ろに誰もいない状況で、自分がやっていることについて何がプラスなのかを考え、実行できる人がたくさん出てこなければなりません。幸い後進が十分に育ってきたので、安心して道を譲れると思うようになりました。

黒田氏にとって、AWSとは何だったのか

――最近、一般的にいって企業におけるIT部門の役割、在り方が揺らいできていると思います。どういう方針でやっていけばいいのか、見えにくくなってきたと感じる方が増えています。「行動する情シス」の手本ともいえる黒田さんに、これに関連していくつか質問させてください。

 黒田さんはAmazon Web Services(AWS)についてもいち早く活用し、AWSの企業ユーザー会であるE-JAWSの初代会長として活動しましたが、そのころ何を考えていましたか?

 私がAWSを面白いと思ったのは2009年で、2010年には会社として使い始めましたが、何といっても魅力はスピードです。「ちょっとやってみよう」と思ったことがすぐにできる。当初、仲間と一緒に個人のクレジットカードで、「SAPをインストールできるのだろうか」とやってみると、できてしまう。とてもびっくりしました。

 SAPに聞いてみると、当時すでにAWSを使った自社製品のデモをイントラネットメニューに組み込んで活用していました。「これは使わないと損をしてしまうぞ」と改めて思いました。米国企業が皆使っているときに、日本企業が使わなかったら、競争力として負けてしまう。そこで、自社ではAWSを活用していましたが、社外の皆さんにも知らせたいと考えるようになりました。そうしているうちに、ユーザー会の話が持ち上がった。それで初代会長をやることになりました。

 当時は、大企業では「AWSなど使って大丈夫か」と言われがちでしたので、それなら企業ユーザーだけで、お互いに「こう使っているよ」「こんな風に会社の承認が取れた」など、情報交換をする場として始めました。

 AWSには非常に大きなインパクトがありました。世の中のITに対する考え方を変えるきっかけの一つになったことは間違いありません。

――ただ、AWSは「可用性や拡張性はアプリケーション側で担保してくれ」という考え方に基づいています。これまでのITインフラについての考え方に基づいて、一生懸命やってきたITエキスパートの方ほど、抵抗を感じがちなのではないかと思います。黒田さんはどう考えてきたのですか?

黒田氏 企業のシステム部署は、企業のビジネス目的を果たすためにあるわけですから、「そのためのITは何を選んだらいいか」を決める責任があります。私は、AWSがそれにうまくはまるのなら使えばいいですし、はまらないなら使わなければいいと思っています。

 AWSには三木さんがおっしゃったような哲学があり、それを公言しています。各企業のニーズに合わない部分も当然出てきます。でも、彼らは個別のカスタマイズはやりません。そこでインフラ担当者は、自分の物差しを持ち、条件に合うなら使うし、合わなければ使わない、あるいは3つでも4つでも、製品やサービスを組み合わせればいいと思います。

 AWSが有力な選択肢であることは間違いありません。有力ではありますが、1つの選択肢だと考えれば、それほど迷わなくて済みます。

「新しいことだけクラウドを使う」は単純すぎる

――今のお話を、「従来の業務システムは今までのやり方でいい、新しいアプリケーションだけAWSのようなサービスを使えばいい」というメッセージと受け取る方がいると思います。そういうことではないですよね?

黒田氏 本質的に必要なものを抽象化して考えていくべきです。「自社に今必要なITでは、可用性、パフォーマンス、コスト低減のどれがどれくらい重要なのか」ということです。優先順位をつけて、現時点で使える選択肢を当てはめるとどれになるのか。

 これを決めるのは、ユーザー企業のシステム担当部署だと思います。その選択肢として、システムインテグレーターやデータセンター、パブリッククラウドなどがあります。選択肢が多いほうが健全です。

 全部丸投げで、「こちらは業務要件だけ言うから、あとは全部やってよ」ということだと、それがリーズナブルなコストかどうかを判断する基準がなくなってしまいます。

 例えばほとんどの企業は、自社のロジスティクスコストについては、全て把握していると思います。業務を社外に委託するとしても、どういう条件でどういうコストなのかは必ず見ているはずです。それはITでも同じです。

 オンプレミスだとしたら、データセンターの契約、スペース効率、電気料金、総所有コスト(TCO)はどうなっているか。一方、それぞれのシステムについては、業務ニーズに基づくシステム要件があります。これらを踏まえ、「何にどういう手段を適用するのか」を考えることは、システム担当部署の使命です。このことをしっかり認識することが原点だと思います。そこを外さなければ、ちゃんとした答えが出てくるのではないかと思います。

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