デジタル化するさまざまな業界で、先駆的な、あるいはユニークな取り組みを進める人たちに焦点を当て、ビジネスとテクノロジーの関係を語ってもらう新連載。第1回は、誰にでも活用できる資産運用サービスを起業した、ウェルスナビのCEO、柴山和久氏に聞いた。
ウェルスナビ代表取締役CEOの柴山和久氏は、同社が特定のFinTech機能を提供する会社だとは考えていない。自社サービスの紹介には最近、資産運用を自動で行う「ロボアドバイザー」という表現を使っているが、「ロボアドバイザーという言葉が流行しすぎてしまい、世の中の流れに合わせました」と笑う。
「(『ロボアドバイザー』といわれると)未来のiPhoneを目指して、まずはiPodを作ったつもりなのに、ウォークマンと比較されているような気もします」
2016年7月に一般提供を開始した「WealthNavi」は、これまで富裕層に限られて提供されてきた資産運用サービスを、誰でも安心して手軽に使えるようにするというのがコンセプト。ポートフォリオ理論に基づき、国際分散投資を行う。
利用者が自らのリスク許容度と目標とするリターンを伝えると、一人ひとりの利用者ごとに上場投資信託(ETF)のポートフォリオを組み、ニューヨーク証券取引所に発注する。この一連のプロセスは完全に自動化されている。長期投資のためのサービスであり、ウェルスナビの手数料は、一般的な証券会社のような売買ごとの約定代金ではなく、預かり資産の残高に応じた固定比率となっている。
このサービスはさらに、「ロボアドバイザー」という言葉ではカバーしきれない方向へ進もうとしている。2017年春に提供開始予定のサービスでは、クレジットカードや電子マネーによる買い物の際に、支払いを100円単位に「切り上げ」ることによって、「おつり」部分を自動的にウェルスナビで積み立てて、500円に達するとその都度投資を行う。
柴山氏はマッキンゼーで、ウォール街に本拠を置く機関投資家による、10兆円規模の資産運用をサポートする業務をしていたときに、ウェルスナビの事業を考え、起業した。決断した後の動きは早かった。日米欧の知り合いを回って掛け合い、3週間でエンジェル投資家を集めたという。
起業の発端は、「素朴な疑問」にあると、柴山氏は説明する。
「こうした大規模な資産運用は、最終的には数式の世界です。数式であれば、金額の多寡は関係のないはずなのに、アルゴリズムに基づく資産運用サービスはなぜ富裕層だけに限定されているのだろうかと思っていました。しかも、誰も独占しようとはしていないのです」
「米国などに比べると、日本における個人の資産運用は遅れているというのが定説となっています。平均的な日本人は、資産運用サービスを受けやすい環境にあるとはいえません。定年退職後に向けた蓄えをするにも、貯蓄をコツコツ続けるか、リスクを過剰に取る形で株式投資やFX投資をするかの両極端になってしまっています」
個人としての経験もあった。アメリカ人の義理の両親が、たまたま近隣に住んでいた独立系のフィナンシャルアドバイザーや勤務先の福利厚生で紹介されたプライベートバンクからアドバイスを受けられたことで、同じような経歴を持つ日本の実の両親とは資産に大きな差が生まれていたのだという。
「本来は、誰もが同じようなサービスを受けられるべきではないのか」。そう思っていたところに、柴山氏がウォール街で働いていると知った義理の母親から「プライベートバンクが正しく運用をしてくれているか確認してほしい」と相談を受け、これが直接のきっかけになったと柴山氏は振り返る。相談を受けて、プライベートバンクがどのような運用をしているのかを調べると、「真っ当で良質な運用をしているものの、上場投資信託(ETF)が中心で、ネット証券で個人でもできそうなものでした」と柴山氏はいう。
ウェルスナビの事業に最初に投資してくれたエンジェル投資家たちも、日本の資産運用が先進国で唯一といっていいほど遅れていることを知っているため、初めて起業しようとしている柴山氏の背中を強く押してくれたという。
事業アイデアははっきりしていたが、ソフトウェア開発やオンラインサービスの構築に関しては経験ゼロ。「誰に何をどう頼めばいいのかも分からなかった」。そこで退職してプログラミングキャンプに参加し、その場でWealthNaviのプロトタイプを自分で作り上げた。
重要なのは、サービスの骨格を自分自身で作ることによって、ソフトウェア開発に関する経験がゼロではなくなったということだと、柴山氏は話す。「ソフトウェア開発の経験が全くなく、事業アイデアだけだと、ついてきてくれる人はなかなかいません」。プログラミングで簡単にできそうなことが実際にできないときのフラストレーションや、サービスが動くようになったときの喜びを体感できた経験が、その後の開発チーム作りに役立ったという。
「こうした感覚は、『この日までにこのサービスをローンチする』といった、経営者としての責務とは矛盾する部分もありますが、その矛盾に自覚的であるということが重要だと考えています」
ウェルスナビは、ソフトウェア開発者が過半数を占める。その意味ではれっきとしたテクノロジー企業だ。同社はAmazon Web Services上でサービスを提供しているが、その理由の1つに人材が同サービスの周辺に集まっていることを挙げている。
ウェルスナビの業務は多岐にわたる。このため、第一種金融商品取引業、投資助言・代理業、投資運用業と、「一通りの登録」(柴山氏)をすることになったという。ちなみに、こうしたサービスに関する日本の規制は、他の先進国に比べて厳しいのだろうか? 柴山氏は「そんなことはありません」と話す。
日本の場合、規制業種のスタートアップ企業がこれまで少なかったため、弁護士など、規制業種で事業を行うために必要なリソースや体制づくりのノウハウが乏しい。このため、規制が厳しすぎるという印象が広まっているようだ。だが、自らの目指すことについて明確な考えを持ち、必要な体制やリソースを確保して金融庁に相談すれば、前例のないサービスであっても柔軟に応じてくれたという。
今後の事業展開について、「差別化」「ブランド構築」といった言葉を使って聞くと、柴山氏は「差別化は他社との関係の話であり、ブランドは自社の話です。だから後回しでいいと思います。顧客にとってのサービスを向上させ、顧客にとってのサービス価値を最大化することだけを考えたいと思っています」と答えた。
「差別化は、例えば自動車産業では、日本メーカーが時代遅れにしてしまった概念です。GMやフォードは、日本メーカーとの差別化にこだわったにもかかわらず、結局はシェアを奪われました。差別化そのものを戦略の中心に据えることではなく、オペレーショナルエクセレンスや、それを通じた新しい顧客体験の提供が競争力の源泉であるということは、今や常識化しています」
本記事の冒頭で紹介したiPodとウォークマンの例えも、差別化に関する議論につながってくる。「iPodはウォークマンとの差別化を狙ったわけではありません。初期モデルでは、音質も価格も劣っていたかもしれません。しかし、地道なサービス改善の結果として、全く新しいプロダクト、すなわちiPhoneに進化し、顧客体験を根底から変えたのです」
自社のブランドを構築していくことも、あまり意識していないという。例えば、ウェルスナビは、銀行など、既存の金融機関との関係強化を積極的に進めていこうとしている。これらのサービスの一部として組み込まれていくことに、抵抗はないという。
「日本人の場合、資産管理は預金からスタートする。これは、米国などとの根本的な違いであり、今後当面変わることはありません。そうであるなら、例えば米国のサービスをそのまま日本に持ってきても有効ではありません。預金を中心としたサービス設計が必要です。預金の延長として使ってもらうためには、銀行とシームレスに接続できなければなりません。これが顧客にとってのサービス価値向上につながると思います」
柴山氏は、金融機関とは補完的な関係を築けると自信を見せる。
「金融機関は、必ずしもエンジニアを自社で十分に雇えるわけではありません。一方、コンプライアンスなどの観点から、不用意に外部へ開発を委託するわけにもいきません。当社の場合は、金融機関と同様に金融庁の監督を受けており、監査法人を入れるなどコンプライアンスを重視しています。この点で、金融機関と信頼関係を築きやすいと考えています。同じ悩みを抱えながら、テクノロジーでこれを乗り越えるということを、金融機関と協力してやっていきたいと思います」
「起業の原点に、『私の両親が若い時にこうしたサービスが当たり前に使えればよかった』ということがあります。どこでも誰もが安心して使えるような金融インフラになるためには、できるだけ多くの金融機関と提携したいと思います」
ウェルスナビは、まずSBI証券や住信SBIネット銀行との提携を具体的に進めているが、これは規制当局との関係やシステム面も含めて、具体的に機能するモデルを確立したいからという。
柴山氏は「FinTech」をどう考えているのか。
「FinTechはシリコンバレーなど、海外から来た『黒船』だと思われています。確かに足元の動きだけ見ればその通りですが、発想の原点まで遡れば、私は日本発だと思っています。金融、教育、医療、運輸などの世界で今起きているのは、規制産業をテクノロジーの力で変えていこうという動きだと思います。よく考えてみると、継続的に試行錯誤を繰り返して改善し、良いものを作っていくというのは、トヨタやホンダなど日本の企業が始め、これが米国に紹介されたものです。ネット産業は、米国において唯一、自国内でのモノづくりが盛んな分野だといえますが、シリコンバレーは、トヨタやホンダから学んだことをインターネットにおけるモノづくりで実践していることになります。それが金融では『FinTech』と呼ばれ、『新しい流れが日本にやってきた』といわれますが、実は日本発祥だったということができると思います」
「FinTechの本質とは、金融の民主化です。当社の場合は、機関投資家や富裕層が使っているような、ポートフォリオをベースとした資産運用を誰もができるようにしていこうとしています。同じことが、FinTechの別の分野でも起きてくると思います。例えば大企業は、日々のキャッシュフローを正確に把握しているため、担保なしに融資を受けることも可能です。一方、中小企業ではほとんどの場合、担保がないと融資を受けられません。これがクラウド会計で、日々の貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書を銀行と共有できるのであれば借りやすくなります。これは融資の民主化といえます。こうしたことが、送金、外為決済、資金調達などでも実現していき、社会全体としての金融サービスのレベルが上がっていくと思います」
では、欧米と比べた場合、日本のFinTechはどのような立ち位置にあり、今後どのような展開が求められるのだろうか。
「日本人は、もともとモノづくりが得意なのに、金融、教育、医療など、規制に守られた産業分野では、モノづくり力を十分に発揮できていません。一方でウォール街の投資銀行などがエンジニアやデータサイエンティストを大量に採用し、金融におけるモノづくりを進めたことで、差が開いてきてしまいました。シリコンバレーまでもがFinTechの流れの中で金融に参入し、ますます差が開きつつあります。日本では今ようやく、金融、教育、医療などがモノづくり、サービスづくりの対象と認識され、テクノロジーを使って革新を起こすことができると考えられ始めています」
「英国などは、製造業でうまく立ちいかなくなった教訓を生かして、金融業、そしてFinTechを推進してきた側面があります。さまざまな日本のモノやサービスは世界中で称賛されてきました。それに比べ、オンラインバンキングや病院が遅れているのはなぜなのかと、海外の人は不思議に思っています。こうしたギャップを埋め、優れている方にレベルを合わせていく。これをやっていくべきだと思います。本家本元の日本に、できないわけはありません」
IoT、FinTechトレンドが本格化する中、製造、金融に限らず各業種でITサービス開発競争が進んでいる。テクノロジの力で各業種におけるビジネスのルールが大きく塗り替えられ、新しいプレーヤーが既存のプレーヤーを脅かすデジタルディスラプションも起こりつつある。ではこうした中で、企業が勝ち残るために持つべき要件とは何なのか?
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