CEOが、生産性の向上に消極的なのはなぜかGartner Insights Pickup(6)

長期的な生産性上昇の鈍化が問題となっている。企業行動を特にテクノロジー投資の観点から観察すると、根本的な問題が浮かび上がってくる。

» 2017年01月27日 05時00分 公開
[Mark Raskino, Gartner]

ガートナーの米国本社発のオフィシャルサイト「Smarter with Gartner」と、ガートナー アナリストらのブログサイト「Gartner Blog Network」から、@IT編集部が独自の視点で“読むべき記事”をピックアップして翻訳。グローバルのITトレンドを先取りし「今、何が起きているのか、起きようとしているのか」を展望する。

 長期的な生産性上昇の鈍化が見られることに、世界中のエコノミストが戸惑い、心配している。エコノミストの懸念を踏まえ、ビジネスニュースの論説でこのことがよく取り上げられている。この問題が重要なのは、国家の富と繁栄の長期的な拡大が、生産性の向上を通じてのみ達成されるからだ。生産性は、優れた方法や創意工夫を通じ、これまでと同じ量の投入リソースで、より大きな価値を創造、提供することによって、向上する。

 生産性上昇の鈍化は非常に厄介な問題となっているため、一部のエコノミストは、生産性の測定方法自体を再検討している。多くの経済価値が捉えられていないのではないかという問題意識からだ。われわれが作り出すFacebookページや顧客体験はある瞬間や短い時間に価値を発揮するので、従来の測定や価値評価をすり抜けてしまうのかもしれない。だが、そうした価値を加味した正しい算出方法を見いだすために、既存の算出方法を破棄する必要があるのかどうかは分からない。

 以下では、企業で生産性の伸びが鈍っているとみられる理由について私見を述べる。これは、企業行動を特にテクノロジー投資の観点から観察した結果に基づいている。テクノロジーは、われわれが生産性上昇と関連付けることが最も多い資本形態であり、そのため検討に値する。

1. CEOは近年、生産性にあまり重点を置いていない

 ガートナーの最新のCEO調査によると、「優先事項は何か」という質問に対するCEOの回答のランキングで、「生産性と効率」は11位にとどまっている。この結果に驚く人もいるかもしれないが、CEOが本当に目指しているものは成長だ。生産性に投資しなくても、短期間で簡単に売上高や利益を伸ばせる方法があると考えたら、CEOは楽な道を行くかもしれない。

 低金利を利用した金融工学や、税務のグローバルな最適化、既存事業モデルの新興市場への適用、中間業者の排除による他社の利益の吸い上げ。これらは全て、根本的な生産性にあまり投資することなく、業績を向上させる方法の例だ。

 また、金融危機と大不況以降の数年間、多くの企業が、安価な労働力を活用するだけで成長できた。高い失業率を背景に、人々を低コストで柔軟に雇えるようになっている。グローバル化により、遠隔地の低コストな労働力もますます利用しやすくなっている。こうした動きはいずれも、複雑で高価な新しいマシンに投資するインセンティブにならない。

2. 新技術による生産性向上への道筋が分かりにくい

 20世紀末には、ビジネスプロセスマネジメント(BPM)を活用し、これまでより強力なコンピューティングパワーをビジネス効率の向上に結び付ける取り組みが、どの企業でも目覚ましく進んでいた。BPMやリーンシックスシグマといった手法は明確に体系化されており、教えやすく、反復可能だった。

 しかし、新しいインターネット技術やデジタル技術は、ビジネス効率の向上にどれだけつながったかを示す簡便な方法がないことが多い。つまり、「ソーシャル」「モバイル」「クラウド」によって、どのように生産性を高めるのかが見えにくい。

 比較的少数の優秀なリーダーやビジネスアーキテクトは、職人芸的に直感でそれができるかもしれない。だが、生産性向上に向けた反復可能な工学的プラクティスを大規模に推進するための、抽象化された一般理論と体系的な方法はない。

 デジタル時代の技術は、極めて重要な生産性向上を実現できる。だが、ソーシャルのためのBPMに相当するもの、データサイエンスのためのリーンに相当するものはまだない。簡単にいうと、経営科学の方法論が技術の進歩に追い付いていない。

3. 無形の価値創造や中間的な作業成果のモノサシがない

 マーケティングクリエイティブチームが、炭酸飲料のブランド再構築を全力で準備し、ソーシャルメディアを使って実行に移したとしよう。顧客は喜んでいる。その商品をこれまで以上に信頼し、自分たちの消費体験が向上したと考えている――。

 この場合、どのような付加価値が創造され、どのように測定されたのか。販売および一般管理費の負担が増えただけではないか。あるいは、より多くの顧客価値が生み出されたのか。

 現代の高度な経済の多くは、こうした抽象的な価値領域で行われている。また、ブランド再構築に携わる担当者の間でやりとりされる電子メールについてはどうか。「多くの電子メールが処理されるほど、多くの価値が生み出される」といえればよいのだが、誰もが知っているように、事はそれほど単純ではない。悲しい事実だが、現在のCEOは、最も古く、最も成熟したコラボレーション技術である電子メールが、社内の生産性の貢献要因なのか、阻害要因なのかについて、確信を持てずにいる。

 IT担当者が、デジタル時代の新技術への投資を生産性向上につなげるための、構造化された反復可能な方法を考え出すまで、CEOは投資に消極的な姿勢を続けるだろう。

 CEOは多くの場合、高コストでリスクが大きく、結果があいまいで、手際を要すると思われる社内プロジェクトに投資するよりも、現金をバランスシートに多く残したり、さらには株主に還元したりする方を好む。だが、経営に必要な新しい技術や実験、証明、方法を創造的に進化させるには、実際の企業内で社員がそれらに取り組む以外に方法はない。当然のことながら、われわれ全てのためにこうしたことを代行してくれるシリコンバレーのラボなどない。

 GEのジェフ・イメルトCEOが2015年に、ガートナーのSymposiumで6000人のCIOに対し、次のように述べた通りだ。

 「全ての人に(中略)、鏡を見てこう自問することを強くお勧めしたい。『生産性を本当に上昇させ、望ましい上昇を持続させるために、われわれはどのような役割を果たしたのか』と。1990年代のツールが有効に機能したのは明らかだ(中略)。だが、われわれは次の大きなけん引役を見つけなければならない」

 われわれは、生産性が重視される新たな時代に入ろうとしていると、私は考えている。最近の政治的な変化や、失業率の低下、金利方針の変更に伴い、企業経営者は生産性の問題を、新鮮な目で見直さなければならなくなりそうだ。

 しかし、新しい技術による生産性の多くは、これまでとは違った形で実現される。われわれは情報技術を利用して従来の製品やサービスの開発方法を改善するのではなく、デジタル技術を利用して、製品やサービス、ビジネスモデルを全面的に“リマスター”するだろう。また、古いものをより効率的に作る方法を見いだそうとするのではなく、新しいタイプのものを根本から設計するだろう。そうした例として自動運転車、電子たばこ、音声応答インテリジェントアシスタントなどが挙げられる。

 デジタル技術を企業とその商品、サービスの中核に据えることが、生産性の抜本的な向上の原動力になると思われる。

出典:Why are CEOs not driving productivity?(Gartner Blog Network)

筆者 Mark Raskino

マーク・ラスキーノ

CEO リサーチグループ バイス プレジデント兼ガートナー フェロー


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