メルカリ ビジネスディベロップメントに聞く、体験価値をスピーディーに生み出せる本当の理由「われわれはディスラプターだ」などと考えたことはありません(2/2 ページ)

» 2018年03月29日 05時00分 公開
[斎藤公二/構成:編集部/@IT]
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ユーザー体験のためには、ビジネスも技術も、フロントもバックもない

編集部 ただBizDevでは、開発部門をはじめ、社内の各部門や社外パートナーを巻き込みながら1つのサービスを作っていますが、一般的な企業が同様のことを行う場合、サービスのローンチまでに相当な時間がかかるのではと思います。例えば一般的な企業の場合、まずビジネス部門とIT部門が分断されているケースが多い。ビジネスと技術が分断される要因として“共通のプロトコル”がないこともよく指摘されています。

小野氏 1つの企業である以上、さまざまな部門が共に事業を推進しているわけですから、「共通のプロトコルがない」というわけではないと思います。弊社でも、部門同士をつなぐための個別のルールのようなものがあるわけではありません。

 ただ評価制度という点では、弊社はOKR(Objective and Key Result:目標と主な結果)という目標管理のフレームワークを導入しています。簡単に言えば、定性/定量で目標を設定して結果を評価するものですが、メルカリが特徴的なのは、全部門のOKRのトップにあるのが「お客さまにとってのプロダクト体験」であることです。「コスト削減」などがOKRの根底にあるといったこともありません。コスト削減がお客さまの体験を高めるなら話は別ですが、ほとんどの場合そうではないからです。組織体制、評価制度も、組織ごとのオペレーションも、全てが「お客さまの体験」に向けて作られています。

編集部 体験価値をスピ―ディーに開発・改善するためのDevOpsも、そうした文化、制度がある中で取り組まれているのですね。

小野氏 DevOpsという言葉は使っていませんが、その言葉が示すようなオペレーションは根付いています。弊社の存在意義である「お客さまの体験をより良くする」ために必要な取り組みですから、社内のプロデューサー・エンジニアにとっては息をするのと同じくらい当たり前のことと言いますか、“DevOpsという言葉”を使うほど特別なものではないという感覚だと思います。

編集部 ただ一般に、仮にビジネス部門と開発部門が連携できても、それ以外の関係部門がボトルネックになることも多いようです。例えば「パブリッククラウドを使うことになっても、決済承認が遅いために、必要なときに必要なだけ、といったメリットを生かせない」といった話もよく聞かれます。そうした問題はないのでしょうか。

小野氏 先のOKRは当然ながら全部門に適用されています。お客さまの体験を磨くためにメルカリという組織が存在しているという考え方は、開発部門に限らず、財務、経理、総務、人事、広報といった部門でも同じなのです。弊社ではそもそも「バックオフィス」という呼び方をしていません。社長の小泉(文明氏)が「全部門がお客さまの体験のために存在している以上、フロントもバックもない」と考え、従業員にもその考えが浸透しているためです。

 従って、サービスを迅速に開発・提供する上で、どこかの部門がボトルネックになることもありません。「優れたお客さまの体験を提供するサービス」を作るために、各部門が「自部門の機能」を、求められているスピード・品質できちんと提供しています。具体的なツールでいえばSlack、社内Wiki、G Suiteなどを使って情報連携しているわけですが、全員がメルカリの文化にのっとってお互いの役割を果たし合っているのです。

スピード感をもたらすのは「企業の哲学」

小野氏 そういう意味では、弊社の「共通プロトコル」とは、社長の小泉が中心となって作った「バリュー」だと思います。「Go Bold - 大胆にやろう」「All for One - 全ては成功のために」「Be Professional - プロフェッショナルであれ」――どの部門のメンバーも、日々の業務で課題などに突き当たった際は必ずこのバリューに立ち戻って「何が重要か」「何を優先すべきか」などを判断している。人材採用の基準としても、社内風土を形作っているバリューに共感できるか、合うかどうかが重要なポイントになっています。

参考リンク:メルカリの「バリュー」

 もちろん、みんなで毎朝唱和しているわけではありませんが(笑)、日常に深く浸透しています。例えばSlackの中でも、相手のコメントに「これはBe Professionalだね」「これはAll for Oneだね」といったコミュニケーションをとっている。これらは社内会議室の名前としても使われていますし、何らか機会があった際、社員に配るパーカーやTシャツに入れることもあります。

編集部 「バリュー」を打ち出している企業は多いものの、形骸化しているケースは少なくありません。バリューが明確で、かつ全社員が共感、納得していることがメルカリの強さなのかもしれませんね。ただ社外パートナーとの協業を進めるときに、メルカリの“共通プロトコル”が通じにくかったり、カルチャーが違ったりすることが課題になることはないのでしょうか?

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小野氏 「より良いお客さまの体験を届ける」というゴールは同じはずですので、私が意識しているのは「社外パートナー企業側にも仕事の進め方を変えてもらう」ことです。僭越な言い方になりますが、例えば、われわれがアジャイル型でパートナーがウオーターフォール型だったとしたら、アジャイル型の進め方にある程度合わせていただく、サービス連携などの際、セキュリティポリシーの問題があるなら別の方法を提案する、Slackを使っていないなら使っていただくといった具合に、お互いに歩み寄れるように調整しています。

編集部 従来型の企業がDXに対応するためには、ディスラプターとの協業が重要と言われていますが、同程度のスピード感がないと協業は難しいのでしょうね。

小野氏 弊社としては、「われわれはディスラプターである」とか「協業先が従来型企業だから、大手企業だから特別な対応が必要だ」といったことは全く考えていません。弊社と他社に妙な線引きをした時点で話が終わってしまうと思います。お互いが歩み寄ることが何より大事です。われわれが協業したり、これから協業しようとしたりしている企業は、われわれにないバリューを出していただける重要なパートナーです。何らかの条件や業務プロセスなどを一方的に求めるのではなく、どんなときも協業の方法としてお互いにベストな方法を模索しています。

 実際、意思決定や業務の進展が、「大企業だから遅い」とか「スタートアップだから速い」といったことはありません。大企業でも速い会社はすごく速い。ある企業さまは、会社としての哲学、ポリシーをしっかりと持って仕事に取り組まれていることがスピードにつながっていると感じました。今までのやり方を変えることに全く抵抗がない。お客さまのためにやり方を変えなければいけないときに「一番大事なものは何だっけ?」と本質論に立ち返ることができる会社です。一方、変えるまでは少し時間がかかるのですが、いったん変えると決めたらものすごいスビード感で物事を進めていく企業さまもあります。

 新しいことに対する動き方は会社によって全く違います。私は世界中の企業の社史やドキュメンタリー、経営者の伝記を読むのがとても好きなのですが、(それは本の中だけの話ではなく、)実際に企業によって“顔”や“キャラクター”があり、それぞれ全く異なることがよく分かります。アライアンスを組む際には、そういったキャラクターの違いが強く出ますね。そうした違いを感じられるところがBizDevという仕事の面白いところでもあります。

「お客さまのビヘイビアは確実に変わってきている」

編集部 バリューが明文化されていて、従業員もバリューに腹落ちしていると企業の動きはおのずと速くなりますし、お互いのゴールが共有できていれば業務慣習の違いも乗り越えていけるというわけですね。スタートアップに対して、業務慣習、ガバナンス・コンプライアンスなども含めて「既存資産がないからスピードが出せる」といった見方もありますが、それも一面的な見方にすぎないのかもしれませんね。

小野氏 スタートアップといっても、パートナーと共にサービスを成立させるためには、一般的な企業の業務慣習やプロセスの知見を基に、共にプロジェクトを進めていけるスタンス・能力が不可欠です。実際、BizDevは実務を回していく立場として、プロジェクトを加速させるために、こまごまとした調整も行っています。

 例えば、相手企業の社員であるかのように思考様式を組み替えて、稟議プロセスを通すためにキーパーソンを見つけ、その人物とのコミュニケーションを通じて企業の意思決定のタイミングを見計らって稟議を通す。人事異動のタイミングなども細かく計ります。そうしたタイミングや稟議の上げ方を緻密にシミュレーションしながら効率的かつ高速にプロジェクトを推進していく、といったこともしています。

編集部 先ほど「一方的に要求を押し付けるのではなく、共通のゴールを持ち、お互いに歩み寄ることが大切」といったお話がありました。言ってみれば、これは従来、社内の部門間調整でも課題となってきたことです。多様な価値をスピーディーに生み出さなければならないデジタル時代にあって、そうした「当たり前だが、あるいは当たり前であるが故に、見過ごされてきたこと」が問い直されているのかもしれませんね。

小野氏 その点、弊社の場合「All for One」というバリューが効いているかもしれません。部門ごとの事情や、メンバー間の年次を気にしてあえて意見を出さない、といったことがありませんし、バックオフィスやフロントという意識がないことも重要だと思います。一人一人が3つのバリューに基づいて能力を発揮しているので、それが結果的にスピードにつながっているのだと考えます。そうしたバリューを社外のパートナーにも理解・共感してもらい、実現可能な方法で共にゴールを追求するスタンスが重要だと思います。

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 近年は先が非常に不確かな状況です。そんな中、1つだけ確かなことは、「お客さまのビヘイビアは確実に変わってきている」ということです。想像以上に変容しています。そこから逆算してお客さまの体験を考えていくことが、とても重要だと思います。スタートアップといわれる企業の中で、BizDevを独立した部署として持っている企業はさほどありません。その意味で、われわれはフロントランナーとして頑張っていかなければならないと考えています。

 メルカリというと、テクノロジーを使いこなして新たな価値を次々と生み出す先進企業といったイメージが強い。だが企業としての基本スタンスは、ある意味、従来型企業以上に実直といえるのではないだろうか。DXトレンドが高まる中、「イノベーションを生み出せ」といった言葉ばかりが注目されがちだが、昨今、いつしか手段が目的化し、「全く新しい価値とは何か」といった具合に“本当に大切なこと”から目がそれがちな傾向も一部には見受けられる。「一人一人がバリューに共感し、より良いユーザー体験のために、それぞれの能力を発揮し合う」――こう言ってしまえば当たり前のようだが、この企業・組織として当たり前のことをあらためて見直してみると、“イノベーション”のヒントを意外と身近なところに発見できるのではないだろうか。

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