当連載では、IT、サービス、ビジネス、そしてサービスマネジメントについて論じてきた。いったんここで、前後編の2回に分けてサービスマネジメントの全体像を見つめ直したい。前編の今回は、身の回りのサービスマネジメントからビジネス貢献への発展について考えてみたい。
数年前から「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が各種メディアで喧伝されています。「モノからコトヘ」といった言葉もよく聞かれるようになりました。
これらはUberなど新興企業の取り組みや、AI、X-Techなどの話が紹介されるとき、半ば枕詞のように使われており、非常によく目にします。しかし使われ過ぎているために、具体的に何を意味するのか、何をすることなのか、かえって分かりにくくなっているのではないでしょうか。
その中身をひも解きながら、今の時代にどう対応して、どう生き残っていけばよいのか、「企業・組織」はもちろん「個人」の観点でも考えてみようというのが本連載の企画意図です。
著者は「モノからコトへ」の「コト」――すなわち「サービス」という概念に深い知見・経験を持つServiceNowの久納信之氏と鉾木敦司氏。この2人がざっくばらんに、しかし論理的かつ分かりやすく、「今」を生きる術について語っていきます。ぜひ肩の力を抜いてお楽しみ下さい。
今回は、こんなトラブル話からスタートしてみよう。企業で働いていれば誰しも一度は体験しているのではないだろうか。
さあ、これから大事なプレゼンテーションを始める! 応接用会議室には、お招きした顧客の最重要キーパーソンが今まさに席に着こうとしており、自社の担当重役と談笑をしている。今から始めるこのプレゼンの出来により、数億の商談の趨勢が見えてくる。
ところがだ、いざプレゼンテーション用のPCを大型ディスプレイに接続してみると、画面が全く映らない。ようやく映ったと思ったら、おかしな色に発色している。色が直ったと思ったら今度は、画面の解像度が低く、アピールポイントとなる図表やイメージ画を思う存分に示すことができない……。
さてどうする? 慌ててPCとディスプレイを繋ぐケーブルを抜き差ししてみる、PCのディスプレイ解像度を変更してみる、ディスプレイの電源を入れ直してみる、あるいはPCを再起動する。
事態は改善されないので、代替PCに大慌てで最新のプレゼン資料をメール送信する、あるいはUSBメモリー経由でコピーする。
何とかプレゼンテーションにまでは、こぎ着けたのだが……プレゼンが始まった頃には貴重な時間を大分浪費してしまっている。これにより会議が長引くか、あるいは十分な議論ができないまま会議が尻切れとんぼになる場合もある。
このような時間的ロスや、会議の成果を損なう事態は、重役を筆頭に多額の人件費をドブに捨てるに等しいし、十分な議論ができないことによるビジネス損失、何より目の前の狙っている商談を失注させかねない重大問題となってしまう。
ここで皆さんと確認しておきたい。こういった状況は、サービスマネジメントの観点で分析すると、立派なインシデントである。なぜならワークプレース(仕事場)サービスが中断したのだから。この場合のワークプレースサービスとは、会議室、PC、プリンター、ネットワーク、TV会議システムなどにより構成され、会議やプレゼンテーションを実施させてくれるサービスのことであり、これが中断したと考えることができる。
せっかくなので、もう少しこの分析を続けてみよう。
ケーブルを抜き差ししたり、急遽プレゼン資料ファイルをメール送信したりすることは、過去の経験から得られたワークアラウンド(緊急の回避策)と言えるだろう。もしも、既にこのインシデントが複数回発生していて、この回避策が有効だと分かっているのであれば、その手順をプリントアウトして会議室に貼っておく、あるいはサービスデスクでナレッジとして参照できるようにしておけば、サービスの中断を最小化する手助けとなる。実はこれは、一刻も早くサービスやビジネスを復旧させることに主眼を置く、インシデント管理の基本的な考え方とプロセスだ。
本来ならば、ワークアラウンドによってビジネスが復旧した後に、同様のインシデントが二度と起こらないように時間をかけて根本原因を診断によって突き止め、必要な解決策を実施することが求められるはずだ。例えば、ディスプレイケーブルの断線が根本原因であったならば、これを新しいものと交換することが求められる。アプリケーションプログラムのバージョンが古いことが根本原因であったならば、プログラム更新が求められる。
これらの手順が、インシデントを引き起こす、または引き起こすかもしれない根本原因を時間をかけてでも突き止めて解決することに主眼を置く、問題管理の基本的な考え方とプロセスだ。後続の変更管理、リリース管理を経て、根本原因が排除されればインシデントそのものの発生回数を減らすことにつながる。このプロセスが、会社内で不毛な手間や時間を発生させる事態を排除することにつながっていく。
だが通常は、今回例に挙げたようなディスプレイインシデントに、このようなサービスマネジメントの概念やプロセスを適切に適用するケースはまれなように思う。いやいや、さすがに商談を失いかねないディスプレイインシデントには適切に適用するかもしれない。では、各会議室に設置されたホワイトボードには、いつもインクが切れた水性ペンばかりが残されているケースについてはどうだ? プリンターのインクの切れたカートリッジを交換しようにも、在庫が高い確率で切れていて結局インクを補充できないケースについてはどうだ?
かように企業の現場には、ビジネス時間を損失させ、会社の効率性とスピードを失わせる、こうしたインシデントのケースが山ほどある。さらに踏み込めば、このようなインシデントが社内で何回発生し、どれだけの貴重な時間を損失しているかも把握されていないのが現実ではないだろうか?
会議室ディスプレイの例をはじめとして、この連載の主役である「あなた」がサービスマネジメントの基本と実践を適用できる事象は社内にいくらでも存在する、しかもあなたの半径5メートル以内に。そしてそれは大小の差はあるものの、適切な管理を施せばビジネスにとってプラスになるということだ。
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