GameChangerは、クラウドとゲーミングで小児入院患者の生活を変えるAWS Public Sector Summit 2018(2)

Amazon Web Servicesが開催したAWS Public Sector Summit 2018で、クラウドを通じ小児入院患者の今と未来を変えようとしている人たちに出会った。

» 2018年07月02日 05時00分 公開
[三木泉@IT]

 非営利団体のGameChangerは、ゲームやテクノロジーを通じ、長期入院中の子供達の今を変え、未来を支援する活動を行っている。

 小児病院を訪れ、Amazon.comのウイッシュリストや賛同企業の寄贈によるゲーム機やおもちゃを患者に配り、世話をしている病院のスタッフたちと食事しながら、悩みやニーズを話し合う。患者たちは、著名なゲーマーと一緒にゲームを楽しんだり、さまざまなVRコンテンツを体験したりできる。また、ロールモデルとなるような患者には、奨学金を与える活動も行ってきた。

GameChangerとZOTTの共同設立者/チーフエバンジェリストであるテイラー・キャロル氏(右)と、ZOTTのマーケティング担当バイスプレジデント、マイケル・パウエル氏(左)

 奨学金について、GameChangerの共同創設者で、現在チーフエバンジェリストを務めているテイラー・キャロル(Taylor Carol)氏は、次のように説明する。

「『Character-based Scholarship(性格に基づく奨学金)』と呼んでいる。恐怖に打ちひしがれていたり、心が傷ついていたりする他の患者を、無私の精神でサポートしてきた患者に対し、感謝の意味で、大学、職業訓練、コーディングのブートキャンプなど、退院後に本人のやりたいことを支援することが目的だ」

 2017年8月、GameChangerはZOTTという法人を設立。クラウドベースのコンテンツプラットフォームを展開し始めた。これにより、GameChangerの活動は新たな段階に入る。これまでの活動は訪問やイベントが中心で、個々の患者を恒常的に助けるわけにはいかない。ZOTTでは、患者の日常に寄り添えることになる。

 ちなみにZOTTは営利企業だが、非営利団体であるGameChangerの子会社という位置付けで、利益が慈善目的に使われることを保証している。

余命2週間からの出発

 GameChangerが活動を本格化したのは過去数年だが、設立は2007年にさかのぼる。前出のキャロル氏が、11歳の時に白血病で余命2週間と診断されてほどない頃だ。

 キャロル氏はその後、骨髄移植をはじめとした先進治療を受けて完全寛解に至っている。5年間にわたって学校生活を棒に振ったが、幸いコンピューターと個人教師で勉学を続けることができ、最終的には高校に戻ってハーバード大学に合格。2017年に卒業した。

 「入院当初の半年は、何もなかった」

 何もない病室で、精神的なよりどころもなく死の恐怖と戦うのは、精神的に辛かった。だが、キャロル氏はゲームに夢中になることで救われたという。これを見て、PacketVideoの共同創業者である父親は、息子と共同で非営利団体を設立。自宅のガレージに古いゲーム機やガジェットを集めては、病院に寄贈する活動を始めたのだという。退院してからは、キャロル氏も父親に加わり、活動を広げていった。

 「自宅のガレージはすぐに一杯になり、母親に叱られた。そこで倉庫に移り、さらにもっと大きな倉庫に移った。そのうちに、『私たちにはもっとできることがあるのではないか』と考えるようになり、活動の幅を広げた。私自身、これまでに約2万の病室を訪問してきた。そして今、著名なYouTuberやeスポーツプレイヤーが協力してくれるようになった。例えばYouTubeで2000万のフォロワーを持つジャックセプティックアイ(Jacksepticeye)は、ライブストリーミングで12時間もゲームをプレイし続け、15万ドルを達成してくれた」

 GameChangerは、主要なゲーム/VR企業全ての協力を取り付けていると言っても過言ではない。2018年2月にGameChangerは、2カ月で1800万ドル相当の寄贈を受けたと発表したが、その大部分はMicrosoftのXbox Game Passだったという。VR関連ではGoogleのDaydream、MicrosoftのHoloLensチーム、Oculus、Amazon Web ServicesのSumerianチームと協力し、独自コンテンツを作っているという。

ZOTTはクラウドで、子供を病室の外の世界とつなげる

 キャロル氏は、新法人ZOTTのチーフエバンジェリストも務めている。「ZOTTでは、最先端のテクノロジーを通じ、病室を日常的に遊び、学び、他の人たちとのコミュニケーションを楽しむ場に変えたい」という。

 ZOTTは病室のテレビ/情報端末に代わるコンテンツプラットフォームだ。キャロル氏たちが、GameChangerの活動の傍ら約3年前から開発してきた。本記事執筆時点では、複数の小児病院で試験運用が行われている。

 キャロル氏自身が闘病時に感じた孤独や不安を和らげ、さらに退院後の生活の目標が得られることを目指している。

 「私自身が2万の病室を訪れ、患者や病院スタッフと話して気づいたのは、患者の入院生活を改善する余地がどれだけあるかということだった。私は5年間通学できなかったが、両親はノートPCやテキスト、個人教師を与えてくれた。そのおかげで高校に戻り、ハーバードに行くことができた。しかし、同時期に入院していた友人たちの両親は、住宅ローンと化学療法への支払いで精一杯だった。彼らにはケーブルTVしか与えられず、高校を卒業できなかったり、大学に進学できなかったりした。今でもまだ、仕事に就くのに苦労している。これではあまりにも不公平だ。変えていく必要がある」

 そこでZOTTでは、オンラインで高校レベルの学習ができるKahn Academyをはじめ、多様な教育コンテンツを提供する。

 「患者が退院後に、生きる情熱を持てることが、とても重要だ」

 もちろんそれ以前に、患者の今の孤独や悲しみを、どう和らげることができるのかという問題がある。

 「私たちはカスタムのMinecraftユニバースも運営している。入院中の小児患者とその家族のためだけにサーバを立てていて、他の入院患者と一緒にこの世界を楽しめる。例えば投薬から吐き気を催し、午前3時に目が覚めてしまっても、このMinecraftユニバースを訪ねてくれればいい。500人もの患者がその時間にプレイしていたとしたら、それだけで寂しさは消える。こうした心理的効果で、痛みも大きく軽減される」

 ZOTTでは、数々のオンラインゲーム会社の支援を受け、他にも多数のゲームを患者が遊べるようにしている。退院時には、その後も無料で遊べるように、プレイ権を提供する。

 さらにYouTubeの安全なコンテンツをピックアップしたものを見られる他、ライブストリーミングでは、YouTubeやTwitchのスターが話しかけてくれる、あるいはプログラミングや音楽、ダンスを教えてくれる番組もある。「私たちはカスタマイズが重要だと考えている。下肢を動かせない子供のためのダンスレッスンなども企画されている」。

 啓蒙関連では、病気のきめ細かな種類に基づき、患者の病気に直接関係するコンテンツを開発・提供する。例えば、治療によって患者の身体に何が起こっているのかを解説する漫画を、コンテンツの1つとして提供している。

 「白衣を着た医師が説明するのとは違った理解ができるはずだ」

 ZOTTでは、VR/ARの没入感に注目しており、さまざまなコンテンツで多用しているようだ。

 「例えばGoogleのDaydreamチームと、患者の運動を助けるARアプリケーションを作った。子供が運動を始め、壁に描かれている虎をスキャンすると、その虎が飛び出てきて、一緒に歩いてくれる。重症のやけどを負った患者にとっては、皮膚を伸ばすことが欠かせないので、身体を伸ばさないと虎が出てこないようになっている」

 「(AWSのVR/ARアプリ開発ツール)Sumerianを使えば、パーソナリゼーションも簡単にできる。病院関係者がスクリプトに、患者の名前やシャツの色などを埋め込むことができる。患者は、コンテンツが自分のために作られたと感じられるようになる」

「クラウドベースだから、いつでも最先端のテクノロジーを提供できる」

 ZOTTのコンテンツプラットフォームは、既存の患者用テレビ/ベッドサイド端末に代えて、病院に導入してもらうことを想定している。

 その最大の特徴は、特定ハードウェアに依存しないことにある。クラウドベースのアーキテクチャであり、クライアントはWebブラウザさえあれば済むようになっている。ゲームもWebストリーミングで提供する。全てのコンテンツがブラウザで利用できる。

 このため、病院は高価な病室インフォテイメントシステムに投資する必要がない。患者は自分のスマートフォンやタブレットを使うことができる。とはいえ、患者の大部分が、自分の端末を持てるほど裕福ではない病院もある。こうした場合には、端末の寄贈を受けて提供する方法も考えるという。

 「ハードウェア中心の従来のシステムでは、導入に18カ月もかかり、しかも導入した瞬間に時代遅れになってしまう。一方、完全にクラウドサービスとして提供されるZOTTでは、導入作業が15分で終わる。そしていつでも、最先端のテクノロジーを提供し続けることができる」

 ZOTTマーケティング担当バイスプレジデント、マイケル・パウエル(Michael Powell)氏に、ホスピタル・ソリューションとしてのZOTTの強みをあらためて聞くと、5つあるという答えが返ってきた。

 「第1に、デバイスや場所に関係なく、全てのコンテンツが利用できること。第2に、クラウドベースであるため、病院にとってはコストが抑えられ、患者はいつでも最新のコンテンツを楽しめるし、カスタマイズも容易だということだ。第3はソーシャルな側面で、患者はライブストリームによるレッスンを、他の患者と一緒に、コミュニケーションしながら視聴できる。第4は、コンテンツの安全性と適切さにある。専任のレビューチームが常にコンテンツの内容およびやり取りの適切さを確認している。患者だけでなく、家族、病院にとっても大切なことだ。第5はコンテンツの多様さだ。テレビから映画、音楽、教育、治療に関するビデオや漫画など、あらゆるコンテンツが揃っている」

 ZOTTでは、パーソナライゼーションを重視している。このために、さまざまなデータを収集し、機械学習を適用するなどし、個々の患者にとってベストだといえるようなサービスの提供を心掛けているという。

 キャロル氏たちの当面の目標は、ZOTTをできるだけ早く本格運用に移行し、全米の小児病院が使ってもらえるようなものに育てていくことだ。

 「私たちはいつでも最先端のテクノロジーを使って、新しいことに挑戦していく。3カ月後には、全く違ったサービスになっているかもしれない。まもなく、新しいパートナーシップも発表できそうだ。このプロダクトの進化が止まることはあり得ない」

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