B2C、B2B問わず、ITサービスがビジネスに不可欠な存在となった近年、UXデザインに対する企業や社会の認識は一層深まっている。にもかかわらず、「使いにくいサービス」が減らない原因とは何か?――今回は、最も有名な人間中心設計の手法「ペルソナ法」を扱う。
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今回は「ペルソナ」を扱う。「ペルソナ法」は、最も有名な人間中心設計の手法だろう。「ターゲットユーザー」とペルソナの違いは幾つかの観点があるが、両者を比較してみよう。
つまり「具体的なユーザー像を描きUXコンセプトのブレをなくす」ことこそ、ペルソナ法の本質である。「なぜ、漠然としたユーザー像や、『誰にでも使いやすい』というコンセプトでプロダクトを作ってはいけないか?」というと、場面場面によりユーザー像を都合良く変形させて、自己あるいは自プロダクトを正当化してしまうからだ。
アラン・クーパー氏も、UXの古典となりつつある著書『コンピュータは、むずかしすぎて使えない』(翔泳社)の中で、このような都合良く変形させたユーザー像のことを「ゴムのユーザー※」として語っている。
※編集部注:変形させやすさを、ゴムの伸縮自在性に例えている。
最初につまずくのは「どういう項目をペルソナのプロフィールに含めるべきか?」という点だ。
ペルソナ定義に関しては、相対的に他の人間中心設計手法よりもコストが低いため、いろいろ思いつくものを全て試しても悪くはない。ただし効率良くプロフィール項目を決めるためには、「逆算で考える」ことが必要だ。
つまり、ペルソナのプロフィールを決めた後、「次に何をするか?」(何につなげるのか?)を意識して、「プロフィールの中にどういう項目があれば、それが進めやすくなるか?」を決めていくことが重要だ。
例えば、下記のようになる。
このように「どういう要素が決まっていれば、次のステップの実施内容や選択肢を絞り込みできるか」から逆算して、ペルソナ定義に必要な項目が列挙するのがよい。
以下に、人物像を具体化する項目の分類を挙げておく。
デモグラフィック項目は、できる限り統計データから引っ張るのがよい。社内データだけで決定が難しい場合には、官庁発表などの公共データも参考にしよう。
サイコグラフィック項目は、社内の販売/営業/企画担当やユーザー専門家へヒアリングするのが王道だ。それでも迷った場合は、理想的なユーザー像を意識して埋めてしまえばいい。例えば、「40代男性」ペルソナのSNS利用頻度を決めかねている場合、今後SNSなどでの情報発信戦略を考えていきたいなら「頻繁に利用している」とすればよい。
アクション項目は、ブレストなどを通じて進めていくのがよい。そのプロダクトのユーザー専門家に任せても過去の知見に偏ってしまうこともあるため、複数人で進める方がいい。ここでも、迷ったら「現実的な範囲※で理想に近づける」のがペルソナの鉄則だ。
よくある失敗の一つに、「社内データの平均値や理想値を合成した『存在しないユーザー』を作ってしまう」というのがある。
例えば、「20代で2人の子持ちで、スマホゲームに月に5万円使う既婚者」をペルソナとするのは欲張り過ぎだ。たくさん趣味にお金を使える人は独身の方が多いし、家族向けでお金のある人を狙うのであれば30代半ば以上にするのが現実的だろう。
まず無理に1人に絞ろうとしないことだ。無理な集約は、上の『存在しないユーザー』を作ることにもつながる。軸を決めてカテゴリーを作り、同カテゴリーのペルソナは自然に成り立つ人物像として1人にまとめるがよい。
そしてペルソナ間の優先順位や重みを決めることが、プロダクト戦略やマーケティング戦略の第一歩となる。
弊社の場合、4カテゴリーのペルソナを設定して、各年度の営業施策の優先順位付けや勉強会企画のターゲット明確化に利用している。また、十分に人数が確保できているカテゴリーのペルソナへは新規獲得アプローチを考えるのではなく、ロイヤリティーを高める施策を検討するようにしている。
こうして生み出されたペルソナだが、一度きりのプロダクト開発や単年度の営業戦略に使われ放置されるのは、もったいない。その戦略やプロダクトを通じて「ペルソナにどう育ってほしいのか?」をあらかじめ決めて計測できると、効果は倍増する。
例えば、青少年保護などの「親子向けの機能」を検討のために作った子どもペルソナが「何年後に子どもが成人するのか」が分かっていれば、「成人アカウントへの切り替えは、いつ頃必要なのか?」といった仮説を立てることができる。
これは、製品アップデートロードマップの基礎情報になる。また製品アンケートやユーザーログ取得の項目も具体的に設計できるはずだ。
新たな体験を得るとペルソナは確実に成長する。PlayStation 4(以下、PS4)の「SHARE」機能を通して初めて「ゲーム配信、視聴」という体験をしたユーザーも多いと思う。
新たな経験を得たユーザーは、またそのブランドのプロダクトを購入した際に、過去の経験をベースにさらに予期せぬ未知体験(Wow体験)を期待し実行し、さらに成長する。プロダクト開発側もペルソナに新たな体験を共有することで、顧客とともに成長する。
AppleもFace IDやジェスチャー操作、AR機能などで、このような囲い込み(UXロイヤリティーマーケティング)戦略を行っている。
こうして生まれ育ったペルソナは、プロダクト開発のベースとなるユーザー像を具体的に表す。
ペルソナは、開発プロセスの中で工程ごとに分業されバラバラだった企画/販売/デザイン/開発担当を1枚のプロフィール上で「つなぐ」役割を果たす。
次回は、近年注目を集めている「カスタマージャーニーマップ」を紹介する。
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土屋 晃胤(つちや あきつぐ)
秀玄舎 ITコンサルタント
大手メーカーでの社内エンジニア、プロジェクトマネジャー、ゲーム機のホーム画面やお知らせなどメイン機能のプロダクトマネジャーを経て、プロジェクトマネジメントコンサルタントとして現職に転職。ビジネスの課題をIT・マネジメント・デザインの融合により解決し「あらゆるシステムをユーザーが思うままに使える世界」を実現するため、活動の幅を広げている。
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