編集部 DX推進の最大の課題は、社内のそれまでの慣習や文化にあるように思います。ハードルを乗り越えるにはどうすればよいとお考えですか。
楢崎氏 DXはローカルルールで少しずつ進めても前にはまったく進みません。モード2の取り組みがまさにそうですが、既存の事業プロセスを劇的に変えるためには、“日々行っているトレーニングの延長”では実現できない。自分の体が壊れてしまうほどの治療をすることです。そのためには、まずトップの英断が欠かせません。失敗してもいいからやるんだという強い意志が必要です。
2つ目は速く失敗をして続けること。「フェイルファースト、フェイルメニー」で続けていく。ロケットの打ち上げのようなもので、10回、20回は必ず失敗するものです。失敗したのなら次のロケットを早く作れというスピード感で進めていく。
編集部 ではそうしたDXの取り組みにおいて、情報システム部門とSOMPO Digital Labの間で役割分担は決めていらっしゃるのでしょうか。
楢崎氏 明確に決めています。基幹システムをはじめとするモード1システムの運用管理については、CIO(最高情報責任者)とIT部門の役割です。これらは保険会社としての業務の根幹であり、この取り組みがおろそかになれば、保険会社として立ち行かなくなります。一方、イノベーションに関するモード2の取り組みはデジタル側の役割です。
もちろん、モード1とモード2が交差するような取り組みもあります。APIで基幹システムとクラウドを連携させるようなケースです。そうした際にどのような技術が必要になるかについては、情報システム部門側が理解していますから「JSONでやりとりしよう」「APIはこう切ろう」といった具合に話し合って進めていきます。モード1側の組織がアジャイルプロジェクトで使われる仕組みやテクノロジーをよく理解しているので、私はすごく助かっています。
もし、モード1のシステム、文化、人材が本当にレガシーな状態だったら、モード2側からは取り付く島もない状況になってしまいます。その意味では、モード1側こそ、頭がこなれていて、モード2の取り組みに理解があることが重要です。当社の強みはそこにあると言ってもいいかもしれません。
モード1は既存ビジネスを担保すること、われわれモード2は失敗しながら新しいことに取り組んでいくことに特化した組織です。われわれは三振してもホームランを狙うとしたら、IT側はきっちり3〜4割を打つバッターとして活躍する。KPIや求められるスキルは異なりますが、「保険の先へ、挑む」というビジネスゴールは同じです。
編集部 多くの企業において、DX推進は局所的な取り組みに終始し、全社レベルにまで浸透していないケースが多いと思います。しかしお話を伺って、「既存領域と新規領域を分けて取り組むべきだ」という考え方を画一的に捉えず正しく理解すること、全社共通のビジネスゴールを見据えながらモード1側とモード2側がそれぞれの役割を全うし、理解・協調し合うこと、そしてDXの推進環境を支える経営トップの理解が、全社的な取り組みの鍵であるようにあらためて強く感じました。最後に、楢崎さんが考えるCDOの役割と、エンジニアの読者に向けたメッセージをいただけますか。
楢崎氏 CDOはDXの断行者、総責任者だと考えています。DXを行う上ではモード2の手法を使います。モード1側とは手法が違うため、CIOとは別の人、別の組織であるべきです。組織面では、少なくともアジャイルを実践できる体制が必要です。そのためには社内だけではなく社外の人たちも取り込んで、多様な知見を組み合わせてオープンイノベーションを実践する。これをリードすることがCDOの勝ちパターン、仕事のパターンだと思います。
また、おそらく今後はウォーターフォール型による前例踏襲型の受託開発は極端に減少していくと思います。そうした状況にある中で、エンジニアの方々にぜひ目指していただきたいのは、「デザイン思考のできるアジャイル型のエンジニア」です。
デザイン思考は、プロダクトやサービスだけではなく、ビジネスのデザインや組織のデザインにも関わります。エンジニアリングのバックグラウンドがある人がデザイン思考を身に付けたら、経営者になれると思います。こういう製品を作りたい、こういう組織を作りたい、お客さまにこういう価値を届けたい――そうした創造性をアジャイルで形に変え、どんどん実現していってほしい。デザイン思考とアジャイル経営が企業活動の根幹になっていくであろうこれからは、エンジニアにとってまさしく“ベストシーズン到来”といえるのではないでしょうか。
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