クラウド移行に「コスト削減」ばかりを求めてはいけない理由〜経営層に贈る言葉〜特集:日本型デジタルトランスフォーメーション成功への道(3)(2/3 ページ)

» 2018年10月24日 05時00分 公開
[文:高橋睦美/インタビュー:内野宏信,@IT]

「先」を見据えておかなければ、生き残っていくことは難しい

編集部 ただそうなると、もうかりそうなサービスの要件を迅速に考えなければなりませんし、開発もSIerに外注しているようでは、ニーズを先回りするようなスピードは到底出せませんね。

吉羽氏 新規ビジネスをやろうと思えば、開発のやり方自体を変えなければ話になりません。逆に言えば、ベンダーに仕様書を投げて、ウォーターフォールで半年後に出来上がってくるようなシステムで、本当に競争に勝てるのかと問いたいですね。繰り返しになりますが、クラウドの最大のメリットは、調達のリードタイムを劇的に削減できることと、初期費用なしで使った分だけ支払えばよく、費用を変動費化できることです。これはやはり最初から正解が分からない新規ビジネスとの相性が良い。

編集部 とはいえ、そのためには開発を内製化することが前提になります、その点で、企業がまず取り組みやすいのは、SoR(System of Record)領域の既存システムのクラウド移行ではないかと思うのですが、それにしても「先」を見据えておかなければいけないということでしょうね。

吉羽氏 そうですね。特に「カスタマーエンゲージメント」の重要性が高まっている今、企業はさまざまなデバイスを通じて顧客接点を増やすことを真剣に考えていかなければなりません。その意味でも、“顧客と企業のフィードバックサイクル”をスピーディーに回せないやり方、仕組みのままでは競争に勝てないと思います。今の経営環境を考えれば、単なるリフトで終わらせてしまうようでは生き残っていけないのではないでしょうか。

何も考えずに「わが社もクラウドだ」と言ってはいませんか?

吉羽氏 一方で、リフト&シフトには技術だけではなく、人の問題も絡んできます。ただでさえエンジニアを雇うのが難しくなっている今、限られた人的リソースをどこに充てるのか、よくよく考えなければいけません。ITがビジネスの差別化要素となっており、「ビジネス的な価値を上げる」ことをクラウド移行の目的と設定するなら、貴重なエンジニア人材を既存システムにまんべんなく充てるのではなく、ビジネスIT領域に集中的に配置した方が合理的ですよね。

 つまり、技術や人というリソースを目的にアラインさせなければいけない。新規ビジネスをたくさん立ち上げようということなら、人材と投資を集中させ、基幹系システムの運用は今まで通りSIerに任せるという判断もあり得るわけです。

 良い例は自動車業界でしょう。ここでは「基幹系システムのクラウド移行」だけを見据えた話など全く出てきません。コネクテッドカーや自動運転といったトッププライオリティを見据え、大量のデータを扱ったり、早い検証サイクルを回したりするためにどうするか、そのためにクラウドをどう使うか、人材をどう充てるか、どう投資をするのか、といった具合に考えられているのです。企業のフォーカス分野とITや人の配置が密接にリンクしている。

 クラウド、アジャイル/DevOpsも密接に結び付いている話です。経営環境変化が激しい中でもビジネス目的を達成するために、新規ビジネスを競合に先んじて素早く立ち上げたい、そのためにアジャイルで開発する。すると運用をどうするかという問題になるためDevOpsが必要になる。DevOpsを実践するためには自動復旧できるインフラが必要なためクラウドに移行する――目的から考えると、「クラウド移行」だけが単独で存在しているわけではなく、全てが合理性、必然性を持ってひも付いていることが理解できると思います。

 そしてこのように、「目的に最適なリソース適用・配分を考える」というのは、間違いなく「経営の話」です。何も考えずに「わが社もクラウドだ」と言っている経営層がいるとするなら、正直不安になります。そうした「ITに対する理解のない人は経営者には向かない」と評される日も、案外近いのではないでしょうか。

クラウド移行、経営層とIT部門の役割とは?

編集部 単なる“リフト”で終わってしまう企業が目立つのも、目的起点で考えるスタンスにないことが真因のように思います。ただ、そうしたスタンスさえ取れるなら、クラウド活用のハードル自体はだいぶ下がっていますし、かつてあった企業のクラウドに対する抵抗感、特にセキュリティに対する懸念も払拭(ふっしょく)されてきたようですが。

吉羽氏 クラウドの利便性、安定性についてはかなり浸透していると思います。大手金融機関をはじめ、名だたる企業がクラウドを利用していますし、AWSやMicrosoft Azure、Google Cloud Platformについては事例がたくさん出ていますから、「オンプレミスで自社が頑張って運用するより、クラウドの方がクオリティーは高いし安全だ」という共通認識はできてきたのではないかと思います。

編集部 このようにクラウド移行が企業にとって現実的なものとなっている今、経営層がリフト&シフトを目的起点で考えることも大切ですが、一方でIT部門にとっては、正しいリフト&シフトに向けて会社をリードすることが重要になるのかもしれませんね。

吉羽氏 その意味でも「攻めのクラウド活用」というアプローチの方が、経営層はじめ社内の理解を得やすいのではないかと思います。ポイントは、実績を見てもらうことです。コスト削減にしても新規サービスの開発にしても、Proof of Concept(PoC)を実施・評価することで、小さな実績を積み上げていくことで合意が得られると思います。

 一方、クラウド移行で運用の仕事が外出しされることにより、「自分の仕事が奪われるかもしれない」と考えてしまうエンジニアも抵抗勢力になり得ますが、それは無理のないことだと思います。そうした人たちに納得してもらうためにも、華々しい他社事例よりも、「自社がクラウド移行するとどんなメリットが得られ、人のミッションはどう変わるのか」、取り組みの成果と組織への影響をしっかりと説明していく必要があると思います。

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