今回の争いは、システム開発や運用そのものがテーマではないので、現場で作業をするエンジニアや営業には少し縁遠く感じるかもしれない。
しかし、こうしたトラブルを防げるのは、現場だけだ。
顧客から要件の変更や作業の追加を要望されたとき、現場のエンジニアは、工数やスケジュールやコストなどを考えて、受けるかどうか判断して交渉する。ところが、現場で実施可能として仕事を請け、開発規模が大きくなるということは、イコール失敗したときのリスクを高めているということでもある。
ベンダーの経営層や法務部門、あるいは全社的なリスク管理部門が、現場の状況を逐一抑えていれば、「そんな危険な作業は受けるな」と指示を出せるかもしれないが、多くの場合、判断は現場に任され、全社的な部門には上がってこない。実際、現場では本社機能のチェックの必要性を感じないし、「そんなものはかえって作業を遅らせるだけ」だとも感じているだろう。
しかし、今回の事件のようなトラブルが起きれば、損害賠償額はベンダーが想定するよりも高額になる場合が多く、とても現場で対処できるものではない。
実際に裁判にまでなるケースは珍しいが、ユーザーからペナルティーとして減額を命じられたり、逆に費用の支払いを命じられたりするケースは決して少なくない。
このとき「責任制限条項」の捉え方は非常に重要だ。内容次第ではベンダーが経営のリスクを抱えることもある。現場で作業をするエンジニアはこのリスクを念頭に置き、機能追加に関して軽々な判断はすべきではない。これが、この事件の教訓だ。
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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