Excelを探す旅から始め、物理サーバを探す旅に――フジテック友岡氏が語るリフト&シフトの難しさ特集:日本型デジタルトランスフォーメーション成功への道(9)(1/2 ページ)

近年、既存システムのクラウド移行を検討する企業が増えている。移行のハードルも下がってきており、「データを外に出せない」「セキュリティが心配」といった不安は着実に解消されつつある。 一方で、クラウドに移行したにもかかわらず、「コストが増えた」「手間が増えた」といった声が聞こえてくるのは、なぜなのか? 自社に最適なサービスを選択し、「コスト削減」「ビジネスへの寄与」を実現するには何から始め、何をすればいいのか? どうすれば移行を成功させ、社内できちんと成果を評価してもらえるのか? フジテックの取り組みから「成果につながるクラウド移行」実現のポイントを探る。

» 2019年04月24日 05時00分 公開
[齋藤公二@IT]

 「セカエレ」(世界のエレベーター・エスカレーター)を旗印に、世界24の国と地域でビジネスを展開する空間移動システムの専業メーカー、フジテック。エレベーター、エスカレーター、動く歩道について、研究、開発から、販売、生産、据え付け、保守、リニューアルまで、一貫体制を持つことが大きな特徴で、売上高は1697億円、連結従業員9931人、海外売上比率は6割を超える。安全、安心な移動を実現することで「世界の都市機能の未来を創造する」ことを目指している。

 そんな同社がいま積極的に進めているのが、既存システムのクラウド移行であり、それを推進しているのが「武闘派CIO(最高情報責任者)」としても知られるフジテック 常務執行役員 情報システム部長 友岡賢二氏だ。

 2019年2月に開催された@IT主催セミナー「リフト&シフトをどう進めるか? 先行企業に聞く、『既存システムのクラウド移行』で確実に『成果』を収める方法」の特別講演に友岡氏が登壇。「『守りをなめるな』フジテックの“武闘派CIO”が推進したリフト&シフトの軌跡」と題して、フジテックの取り組みを紹介した。

武闘派CIOが直言「攻めのITというけれど、そもそも守れているのか?」

フジテック 常務執行役員 情報システム部長 友岡賢二氏

 友岡氏は講演を次のように切り出した。

 「守りのITから攻めのITへといわれていますが、情シスはそもそも守ることができていたのでしょうか。また、攻めのITといいながらそれがCRMの導入だけにとどまっていたりしないでしょうか。『守りをなめるな』と言いたい。今日は守りのITとはどうあるべきか、そして情シスは今後どうあるべきかをお話ししたい」

 友岡氏によると、守りのITにおける主要課題は大きく3つある。それは「社内全体でのサイバーセキュリティ対策」「ITの民主化の恩恵を受けていない社内部門の存在」「アプリケーションのモダン化」だ。

 1つ目の「サイバーセキュリティ対策」は、近年の巧妙化するサイバー攻撃に対して適切な対応ができているかということだ。クラウドやモバイルの利用が広がる中で、旧来のセキュリティ対策では対応できないケースが増えている。

 2つ目の「ITの民主化の恩恵を受けていない社内部門」というのは、情報システム部門がリーチできていないユーザー層や部門のことだ。そうしたリーチできていない部門の中には、製造設計など企業のコア業務を担っている場合も少なくない。

 3つ目の「アプリケーションのモダン化」は、COBOLに代表されるレガシー資産をどうするかという問題だ。これはプログラミング言語やアーキテクチャに固有の問題というより、企業としてアプリケーションのライフサイクル管理をどう行っていくかという問題だ。いま流行しているPythonであっても、いずれ同じ問題を抱えることになる。

 「攻めのITに取り組むにしろ、リフト&シフトでクラウド移行にするにしろ、こうした守りのITの課題にしっかり向き合い、取り組みを進めることが必要です」

情シス不要論の根拠になりやすい「付加価値のスマイルカーブ」

 ただ、しっかり守ろうとしても「守らせてくれない」という状況もある。例えば、「生産管理システムは情シスでは見ていない」「CADは設計部門で管理している」「事業部のシステムは本社では見ていない」といったケースだ。そうしたケースでは情シスのモチベーションが落ちてしまい「そもそも守る気がない」という悪循環が生まれてしまう。

 「2010年ごろまでの情シス部門は、よかったんです。製造と販売がSCM(サプライチェーンマネジメント)でつながっていました。製造における生産管理システムと、販売における販売管理システムをインテグレーションする。これは情シスでなければできない仕事であり、そのためいずれも情シスの守備範囲でした。ところが現在は、ITシステムの果たす役割として、デジタル化、IoT、働き方改革などか求められています。これらを主導するのは設計、マーケティング、サービス、生産、総務といった部門です。従来の情シスの守備範囲から外れる部門です」

 例えば、設計(R&D)でよくあるのは「全員UNIX使いで情シスを下に見ている」「独自にドメイン、メールサーバを運用している」「CADは特殊であり(情シスが担うには)個別スキルが必要」「予算を持っているので何でも買える」「社内戦闘能力が高く、情シスが門前払い」といったシーンだ。

 こうした“あるある”はその他の部署でも起こっている。例えば、マーケティングについての“あるある”は、「情シスが提供する武器はメールとMicrosoft Excelだけ」「見積もりに2週間かかると返答し、あきれられる」といったことだ。予算を持っていて、社内での発言力が強いのも製造と同じだ。

 また、サービス部門や総務部門では「守らせてくれない」という事態がより目立つ。これは、サービス部門はERP導入対象から外れる場合が多く、別の予算もないので何もできなくなるためだ。情シスは見てみぬふりで半ば放置状態になり、サービス部門は自分たちで工夫しながら独立王国を作ってしまう。総務部は、電話やファクスをどちらの管理にするかで覇権争いが起こりやすい。TV会議システムや複合機などインターネットに接続する機器が増えたことで、見えない闘いが激化する。

 そのような中で出てきたのが「情シス不要論」だ。情シス不要論を考える上で参考になるのが、縦軸に付加価値、横軸に製品ライフサイクルを置いたときに発生するスマイルカーブだ。

情シス不要論はなぜ出るか(友岡氏の講演資料から引用)

 「付加価値が高いのは上流のR&Dや下流のマーケティングで、その中間に位置し情シスが守備範囲としているERPなどの領域は相対的に付加価値が低い。情シスは付加価値の高い領域を守れていないのです」

情シスこそデジタルトランスフォーメーション部門になるべし

 一方、ビジネス環境は激変しており、情シスの守備範囲は広がっている。ざっと挙げるだけでも、人事、経理、サービス、設計、製造、SCM、マーケティング、マーチャンダイジング、CRMなどがある。

 「特に注力しなければならないのは、マーケティング、マーチャンダイジング、サービスです。マーケティングではお客さまの抱える矛盾や課題、ナンセンスを発見します。マーチャンダイジングでは課題の解決方法をデザインします。サービスでは解決方法を顧客に届け、カスタマーサクセスを実現します。いろいろありますが、この3つを基軸において、いまあるプロセスやITを従属させる取り組みや思考が必要です」

 この3つの分野では、機械学習によるパーソナライズ化、シェアリングエコノミー、AR(拡張現実)/VR(仮想現実)、IoTなどイノベーションが起こり続けている領域であり、「売って終わり」から「顧客とつながり続ける」と新しいビジネスが展開されている領域だ。また、これらはクラウド技術によって支えられているという共通項もある。

 「そのため、この3つをどうするかは企業が戦略を立てる上での中心課題です。また、クラウドネイティブを包含する形でのITガバナンスをどうするかが重要になってきています。ガバナンスそのものを見直す必要があります。とはいえ、これら3つの分野は、伝統的な製造業や小売業と異なり、在庫管理や部品表などの仕組みがなくてもよい領域であり、その分タイムトゥマーケットが早いという特長があります。情シスには、これらを踏まえた取り組みが必要です」

「Cloud Native IT Governance」が必要

 その上で友岡氏は、こうしたデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みにおける組織課題を挙げた。例えば、R&D部門やマーケティング部門が個別IT運用に足を取られがちで、R&D(製品)とサービスをブリッジする人材が不在になりやすい。また「コーポレートエンジニアリング」のような全体を俯瞰(ふかん)した取り組みも必要だ。従来型のIT部門はコスト部門と見られがちだが、実はこうすればよいというアイデアはIT部門にあることの方が多い。

 「脱情シスの道は、情シスがDX部門になることです。そのためにはR&D機能と予算を持ち、自社ソリューションの創新、普及が重要です。また、『コーポレートエンジニアリング』の思考の下、もうける仕組み作りを進める必要があります。その際には内製化によって、自分たちで仕組みを実装、運用することが重要です」

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