宇宙開発を行うJAXAでは、惑星探査機から射出された小型プローブを用いて探査機が惑星とともに自撮りするような画像を撮影するために、エッジAIを用いた研究開発を行っている。エッジAIを探査機に搭載する際にどのような課題があったのか、学習データはどう集めたのか。
ビジネスにAI(人工知能)モデルを活用する企業が増える中、「宇宙探査」という分野にもAIモデルが活用されようとしている。
連載「“おいしいデータ”で、成果が出るAIモデルを育てる」第5回は、2019年2月に開催された「Edge Deep Learning Summit」で宇宙航空研究開発機構(JAXA) 研究開発部門の石田貴行氏が講演した研究内容を要約してお伝えする。
JAXAでは現在、月面探査に向けて小型月着陸実証機「SLIM」の研究開発を進めている。
石田氏はSLIMの開発に携わる一方で、探査機から切り離した小型カメラを用いて月と探査機を自撮りさせる「GIDLIE(ジドリー)」という研究を行っている。目標は、探査機に搭載したAIモデルが最もきれいに撮影できた写真を1枚選び、地球に送信することだ。なぜ探査機に自撮りさせるのか、背景を振り返る。
「最近、地球をバックに車と運転手を撮影したSpaceXの『自撮り』が人々から注目を集めた。この自撮りに科学的価値はないかもしれないが宇宙開発の成果を示すインパクトをもたらした。研究者が取り組む研究内容はもちろん重要だが、税金で賄われている以上、研究成果を国民に分かりやすく伝える写真や映像も必要だ。そこで、探査機が歴史に残るような高画質写真を撮影して、地上に送信できるようにするための研究を開始した」
しかし、「宇宙空間とAIモデルの相性は非常に悪い」と石田氏は述べる。宇宙空間では電力、放射線、通信速度などさまざまな課題があるからだ。
まず、打ち上げた探査機で使用できる電力には限りがあるため、積み込む機器の消費電力を最低限に抑える必要がある。次に、宇宙空間は、地球の地表よりも放射線の影響があるため、放射線対策を施したCPUやFPGAを用いる。しかし、宇宙開発で利用されている対策済みのCPUやGPUは、個人や企業PCで利用されている製品と比較して2〜3桁性能が下がるため、処理できる環境を構築する必要があった。
こうした環境を構築してまで、AIモデルを探査機に搭載しようとする理由を石田氏は次のように説明する。
「月や探査機がブレていないきれいな高画質写真は人間が選別しなければいけないので、切り離したカメラで複数枚撮影して地球に送信する必要があった。しかし、高画質な写真を複数枚送信することは通信容量の観点から難しい。そこで探査機に人間と同等の判断ができるAIモデルを積み、最もきれいに撮影できた写真をAIモデルが選び1枚だけ地球に送信すれば、通信の課題を解決できると考えた。歴史に残る写真とともに、宇宙開発にAIモデルを活用するという道を開きたい思いでLeapMindの製品を利用して研究を進めた」
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.