Intelが、またベンチャー企業を買収した。今度は、イーサネットスイッチASICを手掛ける「Barefoot Networks」という小さな会社だ。NVIDIAが先日買収したMellanox Technologiesの対抗なのだろうか? その背景を探る。
ついこの間、NVIDIAがイスラエルを本拠地とするネットワークスイッチ機器などの有力ベンダー「Mellanox Technologies(メラノックステクノロジーズ)」を買収という話を書かせていただいた(頭脳放談「第227回 買収したMellanoxはNVIDIAが狙う次の市場への布石?」)。
今度は、Intelがやはりネットワークスイッチなどに強みを持つ「Barefoot Networks(ベアフットネットワークス)」を買収というニュースである(Intelのプレスリリース「Intel to Acquire Barefoot Networks, Accelerating Delivery of Ethernet-Based Fabrics」参照)。
どちらもデータセンターなどで使用される高性能なイーサネットスイッチなどをターゲット市場にしている企業であるので、遠くから見ると、Mellanox TechnologiesをNVIDIAに取られたIntelが、対抗策としてBarefoot Networksを買収したようにも見える。しかし、買収された側の企業を比べてみると、だいぶ様子が違うことが理解できる。
まずは会社の規模や業種という点からして決定的に違う。Mellanox Technologiesは、IT業界での売り上げ規模的には中堅どころとはいえ、完成品のハードウェアを中心に販売している「装置ベンダー」である。そしてスーパーコンピュータやデータセンターなど高性能なネットワークを必要とする市場分野では存在感のある市場シェアを持っている。
ネットワークスイッチが中心であるが、ノード側のコンピュータに搭載するNIC(ネットワークインタフェース)から、結線に使うトランシバー(電気と光の変換コネクター)付きの光ファイバーに至るまで、ネットワーク関連ハードウェア製品を幅広く取りそろえている。
また、ネットワーク管理用などのソフトウェア製品、そしてネットワークプロセッサやスイッチに使うASICなどの半導体製品も販売しており、製品のラインアップは多岐にわたっている。実績からも歴史からもスタートアップというような部類ではない、押しも押されもせぬ「メーカー」といってよいだろう。
もともと同社は、スーパーコンピュータなど先端の高性能を必要とする世界(しかし市場の拡大はそれほど急速ではない)で使われるインフィニバンド(InfiniBand)製品などで強かったが、ここに来てデータセンター向けで需要が高まる高速イーサネット製品の拡充が当たったようだ。今ではイーサネット製品の売り上げ規模が急速に伸びている。Intelはスーパーコンピュータ向けの高速インターコネクトであるOmni-Path(オムニパス)製品を販売しているので、この分野では競合相手といってもよい。
これに対して、Barefoot Networksとは何か? 申し訳ない。実はこの買収が発表されるまで筆者はその名を知らなかった。
調べてみると、小さなスタートアップ企業である。公開企業ではないので内情の詳しいことは分からない。会社の規模と実績ともに、Mellanox Technologiesとは、2桁どころか3桁の差があるようである。ただし、成長戦略の狙い目が高速なイーサネットスイッチであるところは同じに見える。
Barefoot Networksの所在地は、米国カリフォルニア州サンタクララ市だ。言わずと知れたIntel本社の所在地でもある。狭いサンタクララの街中で、巨人が小人を買収したような構図だ。知り合いつながりだろうか? 場合によってはIntelのOBが設立にからんでいるかもしれない。
当然、Barefoot Networksがどうなるかということよりも、Intelが何を狙ってこんな買い物をするのか、という方に関心が向く。
規模の小さいBarefoot Networksは、Mellanox Technologiesのように完成品を売っている会社ではない。また、完成品販売のような方向を狙っているようにも見えない。例えばCisco Systemsのような完成品ベンダーに半導体やソフトウェアを販売するような方向性に見える。
半導体としての「スイッチ」チップは、もちろん持っている。この半導体製品が商売の基盤を作っているように見えるのだが、では半導体チップが売りのメインかというとそれだけではないようだ。イーサネット関連チップを大量に売っている会社としてBroadcomの名を思い出す人もいるかもしれないが、手広く商売しているBroadcomとは少々異なって見える。どちらかといえば、Mellanox Technologiesが売っているイーサネットスイッチASICあたりともろに競合しそうだ。
Barefoot Networksは、「ネットワークソフトウェア」、それもユーザーによるソフトウェア開発に重きを置いている会社のようだ。彼らが提供するのは、ユーザーが所望のネットワークをプログラムできるようにするための「言語」のコンパイラ、そして「開発環境」である。さらに、その実行プラットフォームである半導体製品と、それをモニタリングするためのソフトウェア製品の組み合わせという感じである。従来型のネットワーク機器のビジネスではあまり見られなかったスタンスではないだろうか。しかし、それが商売になるのか? もっとも、Intelは買う価値を認めて買ったはず。こちらも考えてみたい。
まず言語だが、その名を「P4」という。使ったことがないので受け売りでしかないのだが、この言語の特徴は、「データが実際に通過するデータプレーンそのものをプログラムできる」という点である。従前のハードウェアであらかた決まったデータプレーンにパラメータなどを与えて制御するような方法とは一線を画すようだ。
しかし、この言語は「P4 Language Consortium」という団体が仕切っているオープンな規格である。Barefoot Networksはコントリビュータの1社にすぎない。Intelも入っているし、BroadcomもMellanox Technologiesも入っている。Googleその他の有力企業がめじろ押しな中で、何かと話題のHuaweiやZTEも含まれている。
このP4のコンソーシアムに入っている企業名をつらつらと眺めていると、ネットワークスイッチなどというものを誰がわざわざプログラムしたがるのか、という使い道にもヒントが隠されている。
例えば、「Goldman Sachs(ゴールドマン・サックス)」といった名前も見える。超高速な株取引「HFT(High-Frequency Trading)」にでも使うつもりか? 確かに相手より一歩でも早く反応するために、スイッチのプログラムくらいカスタマイズしそうな用途ではある。メディア会社の「FOX(フォックス)」などという名も見えるが、これは動画配信か。そして激化する5Gの陣取り合戦で通信インフラのソフトウェア化は必然だろう。通信会社は当然多い。こうして見ていくと、このP4言語が狙っているところは、まさに「ホット」な市場ばかりであることが理解できる。
オープンな規格だから乗る価値があるわけで、言語そのものでは差別化はできない。しかし、どこかに差別化ポイントを置かねばならない。その1つが、「P4 STUDIO」と呼ぶコンパイラと開発環境(APIや、ランタイム、ドライバといったコンポーネントを含む)なのだろう。しかし、このP4 STUDIOがどのくらい強力で、他社との差がどのくらいあるのかは、今の筆者には判断する材料がない。しかし、当然ながらそのソフトウェアは、彼らが「Tofino」と呼ぶ、P4言語でプログラムできるスイッチASICで実行される。
結局のところ、ハードウェアであるスイッチASIC「Tofino」の性能を見てみれば判断が付きそうに思える。ここでありがたいことには、比較する相手はすぐ見つかる。Mellanox Technologiesの「Spectrum-2イーサネットスイッチASIC」でどうだろうか。このMellanox Technologiesのチップは、400GbEまでサポートしているのだが、100GbEで数えると、64ポートまでサポートしている。単純計算で毎秒6.4Tbになる。
これに対してBarefoot Networksが持つ2機種の中で量産されているらしい「Tofino」というチップは、100GbEで65ポートまでである。毎秒6.5Tb、微妙なんだが一応勝っている。そして、2018年12月に仕様を公開したらしい「Tofino 2」という次世代チップでは性能は倍増し、毎秒12.8Tbということになっている。
ただし、プレスリリース上はサンプル出荷が2019年前半となっているが、原稿執筆時点(2019年6月中旬)では出荷されていないようだ(Barefoot Networksのプレスリリース「Barefoot Networks Unveils Tofino 2, the Next Generation of the World's First Fully P4-Programmable Network Switch ASIC」)。まさにつば迫り合いをしているような感じだ。少なくともBarefoot Networksの製品は、市場の最前線に位置しようとしていることは確かである。それを傘下に入れて、Intelがどう展開するのかは今後の見ものというしかない。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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