多数の事例取材から企業ごとのクラウド移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出する本特集「百花繚乱。令和のクラウド移行」。サーバーワークスが協力したJ. フロント リテイリングの移行事例では、「クラウドによるデジタル基盤の構築」と「働き方改革」を両立させるためのポイントが紹介された。
この記事は会員限定です。会員登録(無料)すると全てご覧いただけます。
昨今のビジネス環境、市場環境は大きく変動しつつあり、多くの企業がさまざまな課題を抱えている。特に“ITによる市場破壊”と“若者の急減”という課題を解決するには「Amazon Web Services(AWS)」の活用が必要だとするサーバーワークスが、2019年6月に開催された「AWS Summit Tokyo 2019」で「事例で学ぶ2019年AWS移行3つのトレンド」と題して講演した。
「クラウドによるデジタル基盤の構築」と「働き方改革」を実現したというJ. フロント リテイリングの事例とともに、クラウドへの移行のポイントが紹介されたので、要約してお届けする。
企業が抱える多くの課題の中で共通した課題の一つとして取り上げられるのが生産人口の減少、人材不足の問題だ。特に企業の将来を支える若手人材は希少で、獲得に悩む企業が増えている。
もう一つの大きな共通課題は、「デジタルディスラプター」の存在である。ライドシェアアプリ『Uber』の登場によって、米国のタクシー業界/レンタカー業界が大きな打撃を受けたことは記憶に新しい。老舗のホテル事業者は、民泊情報サイト『Airbnb』に消費者を奪われている。『Netflix』など動画配信サービスの流行によって、あるレンタルビデオチェーンは米国から姿を消した。
重要なのは、これらの事業者はITの力をもって、新しい体験価値を消費者に提供している点だ。それが受け入れられたがために、“古い”市場が崩壊(ディスラプション)したのである。安定的に見える既存のビジネスも、いつ何時、デジタルディスラプターが進出してくるかは分からない。
サーバーワークス 代表取締役社長の大石良氏は、これら“ITによる市場破壊”と“若者の急減”という2つの理由から、「エンジニアの価値および若年層の価値が相対的に増大しています。すなわち、優秀なエンジニアと若手人材の育成およびリテンション計画が、全ての企業にとっての経営課題なのです」と指摘する。
さらに強調するならば、“会社が社員を選別する時代”から“社員が会社を選別する時代”に移り変わったということだ。では、いかに優秀な若手エンジニアを獲得すればよいか。そこで大石氏は、若手に魅力的なITインフラとしてAWSの活用が必要だと述べる。
「例えば琉球銀行では、支店の統廃合を進める一方で、ITを活用した新しい金融サービスを生み出そうとしました。これまで支店で行っていたサービスを、Amazon『Alexa』や『Amazon Connect』などのクラウドサービスで実現しようと考えたのです。AWSを活用する取り組みを進め、“琉球銀行で新しいビジネスをやってみたい”という若くて優秀な人材を集めたいとしています」(大石氏)
多くの企業にとって、クラウドへの取り組みは急務のミッションだ。では、どうやってクラウドへの移行を果たせばよいのだろうか。
AWSのマネージドサービスは、運用負荷の軽減という点で歓迎すべき仕組みである。しかし、大幅な運用手順の変更が発生するため、合意の形成や手順の作成、組織の変更など、技術以外の場面での取り組みに時間がかかってしまう恐れがある。
そして注意すべきは、AWSのアップデートの早さだ。もし組織の調整に1年かかったとすれば、その間に新しいサービスが登場することは容易に想像できる。1年前に決定したアーキテクチャが、現時点で最良のものとはかぎらず、変更を余儀なくされる可能性は高い。
そこで大石氏は、まずは既存の環境をクラウドへ載せ、その後にクラウドネイティブなシステムへと切り替えていく「リフト&シフト」の手法を推奨する。
「AWSには、リフト&シフトを実施しやすい環境、機能が整っています。AWSはSDN(ソフトウェア定義ネットワーク)機能が充実しており、VPNや専用線接続も可能で、“ネットワーク”が移行しやすいのが特徴です。また、サポートするOSが幅広く、『CloudEndure』や『AWS Server Migration Service』といったツールも充実しており、“仮想マシン”の移行も容易です。そして、多くのソフトウェアベンダーがAWS上での稼働を許可するライセンス体系にしているため、“アプリケーション”もBYOL(Bring Your Own License:ライセンス持ち込み)で移行しやすいのです」(大石氏)
大石氏はリフト&シフトの事例としてNTTスマイルエナジーを紹介していた(参考)。
多くの企業にとって、働き方改革もクラウドシフトと同様、なすべき取り組みの一つと考えられている。大石氏によれば、「クラウドによるデジタル基盤の構築」と「働き方改革」は両立が可能であり、それをAWSによって実現したのがJ. フロント リテイリングであるという。
J. フロント リテイリングは、大丸松坂屋百貨店やパルコの持株会社として知られ、この他にも多数のグループ会社を通じて不動産やレストラン、クレジットカード、卸売、人材派遣など幅広く事業を展開している。
J. フロント リテイリング 経営戦略統括部 執行役 グループデジタル戦略部長の中山高史氏は次のように話す。
「中途半端なハイブリッド戦略はコスト増を招き、クラウドのメリットを台無しにします。フルクラウドが最適解として、明確なゴールを設定しました。基盤システムだけではなくデスクトップ環境まで含めてクラウド化を実施して、働き方改革とセキュリティ対策の両立を成し遂げました」
2017年ごろ、J. フロント リテイリングのデスクトップ環境はあまり良い状態とはいえなかった。既存のクライアント/サーバシステムの動作に懸念があり、セキュリティパッチの適用も大幅に遅れている状況だった。大手データセンターに数百台分のシステムが稼働し、サーバOSも混在している状況で負担も大きかったという。「リモートワーク環境もなく、2周遅れくらいの状況でした」と、中山氏は振り返る。
そこで責任者として参画した中山氏は、大幅なクラウドシフトへと舵を切った。サーバの基幹系システムはリフト&シフトでクラウド化し、データは全てクラウドに置く。クライアント環境はChrome OS/Chromebookを活用してシンクライアント化する。古いWindowsアプリケーションは、DaaS(Desktop as a Service)の「AWS WorkSpaces」上のWindowsで稼働させる。Microsoft Office環境は申請制で使えるようにしたが、8割方は不要だということも分かった。
J. フロント リテイリングでは、クラウド“シフト”は継続中であるが、当時にIT権限を中山氏に集中したことで、短期間で決断できたという。大きな戦略の転換には、経営者の英断も重要なポイントとなるのだろう。
「私は、中途半端なハイブリッドクラウドをクラウドとは思えません。現代の最先端技術は、(パブリック)クラウドで実現しています。それらを常に追いかけて、自社の技術をアップデートしたいならば、オールクラウドがよいのです。ただし、作り方はオンプレミスシステムとは全く異なる点に注意が必要です。マイクロサービスやコンテナ、サーバレスといった世界へ早く移行したいですね」(中山氏)
大石氏は最後に次のようにまとめて講演を終えた。「社員が会社を選別する時代には、AWSなどの先端サービスを活用し“選ばれる会社になる”こと、介護や育児などで仕事をしたくてもできなかった人にリモートワーク環境を準備するなどして“生産量を上げる”こと、そして自社で行うべきこととアウトソースすることをしっかりと仕分けして“生産性を上げる”ことが重要です。AWSの各種サービスを上手に活用することで実現できます」
時は令和。クラウド移行は企業の“花”。雲の上で咲き乱れる花は何色か?どんな実を結ぶのか? 徒花としないためにすべきことは? 多数の事例取材から企業ごとの移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出します。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.