多数の事例取材から企業ごとのクラウド移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出する本特集「百花繚乱。令和のクラウド移行」。NISSHAの事例では、クラウド化プロジェクトの背景、歴史、方策、効果、パートナーに求める5つのことを中心にお届けする。
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「Anytime, Anywhere and Stress-free」「Simple, Single and Predictive」の2つをITコンセプトに持つNISSHA。同社はこれらを重視してパートナーの力を引き出すことで、2014年から取り組んだクラウド化プロジェクトを2019年に完了させたという。
2019年6月に開催された「IBM Think Summit Tokyo」の基調講演にNISSHA 上席執行役員 最高情報責任者 最高サプライチェーン責任者である青山美民氏が登壇。クラウド化プロジェクトの背景、歴史、方策、効果、パートナーに求める5つのことを語った。
1929年に創業し、デバイス、産業資材、メディカルテクノロジー、情報コミュニケーション分野で事業を展開するNISSHA(「日本写真印刷」から2017年に商号変更)。特徴ある製品を創出し、多様な市場に価値を提供するため、自社が保有するコア技術を常に「変化、進化、増殖」させたビジネスを展開してきた。
現在の事業は、創業以来培ってきた「印刷」の他、「コーティング」「ラミネーション」「成形」「パターンニング」から構成されている。具体的な製品、サービスとしては、高品質な印刷や自動車の内装、家電の外装、手術用器具、医療用電極、タブレット向けに圧力を感知するフォースセンサーやタッチセンサー、パッケージ、ラベルなどがあり、事業領域の拡大やデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めている。拠点は国内14カ所、海外39カ所、2018年度の売上高は2074億円で、海外売上比率は83.8%に達する。
NISSHAのITコンセプトは「Anytime, Anywhere and Stress-free」「Simple, Single and Predictive」の2つ。それぞれ「いつでもどこでもユーザーにとってストレスのないサービスを提供していくこと」「ユーザーにとって簡単に1つだけ覚えておけばいいものを実現していくこと」を指している。
「非常にシンプルなコンセプトですが、われわれはこれらを日々大事にしてIT戦略を立てています。施策を具体化する中で、これらに反していないかを絶えずチェックしながら実行しています」(青山氏)
創業以来成長を続けてきた同社だが、2011〜2012年に業績が急激に悪化し、さらにその後急回復するという時期があった。2013年ごろから、固定費用の変動費化と事業変化への対応スピード向上を背景に決断したのがクラウド化だった。
NISSHAはそれまでIBMとのパートナーシップの下、さまざまなIT改革を実施してきた。2010〜2012年にはファイルサーバ、アプリケーション(AP)サーバ、PCについて分散管理から集中管理を目指したITインフラ改革を実施。また海外展開を視野にSAPを導入し、グローバルシングルインスタンスでの稼働を実現した。
2013年からはSAPのHANA化にいち早く取り組み、「SAP Business Warehouse(BW) on HANA」「SAP Business Suite powered by SAP HANA(Suite on HANA)」を日本で初めて導入。さらに、社員や組織の生産性向上を目指し、グループウェア、e-Learningシステム、チャットbotの導入も行ってきた。
「ITインフラの強化や差別化はほとんどIBMと一緒に取り組んできました。2013年にクラウド化に舵を切ってからも、IBMをパートナーとしてクラウド化を推進。2014年にはSAP ERPとBW(SAP NetWeaver Business Warehouse)のインフラのクラウド化(PaaS)、2016年にはユーザー認証基盤のクラウド化(SaaS)とファイルサーバのクラウド化(SaaS)、ワークフロー、e-Learningなど新クラウドサービスの採用を行った。また、2017年からはメールサーバのクラウド化(SaaS)、2019年には社内ポータルのクラウド化(SaaS)を実施。さらに、2019年に全社APサーバのクラウド化とIBM Cloudの採用により、クラウド化を完了させた。
「IBMからのクラウド化の提案で感銘を受けたのは、特定のサーバのクラウド化だけではなく、将来的にNISSHAが何に取り組んでいく必要があるのかを含めての提案だったことです。事前にサーバの仮想化と集約化、IT部門による集中管理を実現。『どうクラウド化を実現していくか』の道筋を定めてくれたことがクラウド化の成功要因でした」(青山氏)
IBM Cloudへの移行で採用されたのが「VMware on IBM Cloud」だ。まず既存データセンター内でVMware製品を使った仮想化を進め、特定のサービスについては段階的にSaaSやPaaSへのクラウド化を実施。IBM Cloudと既存データセンターとをL2VPNで接続し、APサーバを含めた全ての業務システムをIBM Cloudに移行。最終的に既存データセンターを完全に廃止し、クラウド化を完了させた。
「移行にかかった期間は、2019年の年明けから開始し、ゴールデンウイーク前に移行を完了させたので実質4カ月です。2014年から数えると5年ほどかかっていますが、クラウド化といっても遮二無二突き進んだわけではなく、ハードウェアの容量不足やリース満了、ソフトウェアのサポート切れなどの機会を捉え、タイミングを図って実施してきました。スムーズに移行できたと考えています」(青山氏)
IBM Cloudは高速ネットワークで北米、アジア、欧州のデータセンターとも接続されており、BCP(事業継続計画)としても活用している。また、これら海外のIBM Cloudデータセンターは「NISSHA SDNネットワーク」を通じて国内外の拠点とも接続されている。国内ではIoTやデータ基盤として活用。また、海外では最寄りのIBM Cloudデータセンターへ接続することで回線コストを最適化している。
「クラウド化に伴ってセキュリティや事業継続性の向上も実現しています。IBMのサポートを受けながら、2010年、2014年、2019年に情報セキュリティ診断を行っていますが、2019年のクラウド化完了により、これまで不十分だった事業継続性の確保に関する対策と物理的セキュリティ対策がそれぞれ向上し、全体的にバランスの良いIT運用が実現できました」(青山氏)
青山氏は、DX時代にパートナーに求めることとして、5つのポイント挙げた。具体的には、「真のグローバル企業」「多くの業界トップのソリューションと、それを伸ばしていく力」「戦略的パートナーとしてのコミットメント」「自社(場合によっては他社も)のソリューションを組み合わせて最適な提案を創造する力。そして提案に対する強い誇り」「一緒に未知のものにチャレンジする勇気」の5つだ。
「NISSHAがクラウド化と今後のDX時代のパートナーとしてIBMを選択したのもこうした要件に合致していたからだ」と、青山氏は強調した。
具体的には、1つ目の「真のグローバル企業」であることは言うに及ばず、2つ目の「多くの業界トップのソリューション」については「Watson、量子コンピュータといった先進的な製品、サービスを提供し続けてきた実績」を評価。また、3つ目のコミットメントについては「過去のインフラ改革からNISSHAと並走してITインフラの強化や差別化に取り組んできた実績」を、4つ目の提案については「サーバのクラウド移行だけではなく、広く今後のNISSHAのあるべきITインフラを提案したこと」をそれぞれ高く評価。さらに、5つ目の「未知へのチャレンジ」については「無理と思われた実質4カ月での移行にチャレンジし成功したこと」も踏まえ、「DX時代のパートナーとして一緒に革新的な取り組みを続けてほしい」と期待を寄せた。
その上で青山氏は「パートナーの力を引き出すためにはユーザーの努力も重要だ」とし、「自分たちが何をしたいのかをはっきりさせ、それを定期的に検証し、確信を持って取り組むこと」「自分たちが大事にしていることを持ち、そこからズレないこと」の大切さを訴えた。
最後に経営トップや事業部門とのコミュニケーションについて、NISSHAでは「オンタイムオンバジェット」として、納期と予算をしっかり守り、信頼を得ることを心掛けていることを紹介。「事業部門に言われてからやるのではなく、世の中の動きを見て『要望が来たときに、どう対応するか』を準備しておく姿勢が大事です」とアドバイスした。
時は令和。クラウド移行は企業の“花”。雲の上で咲き乱れる花は何色か?どんな実を結ぶのか? 徒花としないためにすべきことは? 多数の事例取材から企業ごとの移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出します。
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