しかし、そんなことが言えるのは、あくまでプロジェクトがうまくいってのことです。「ITプロジェクトの成功率は5割」といまだに言われることを考え合わせると、こうした曖昧な契約形態の裏で泣く受注者のエンジニアがたくさんいることも想像に難くありません。実は私も、曖昧な契約が原因で、部下を退職に追い込んでしまった経験があります。
金融機関の基幹系システムを開発するプロジェクトで、私は部下5人を準委任契約で客先に常駐させました。私は別のプロジェクトと掛け持ちだったので、部下たちは他のマネジャーの下で働くことになりました。
実際に作業をしてみると、このプロジェクトはかなり筋が悪かった。当初から無理なスケジュールだった上に、外部接続する他システムとのインタフェース仕様が決まらなかったり、テスト段階になっても顧客からは新しい要望が出続けたりして、スケジュールは遅れに遅れました。
契約は準委任なので、決まった工数分しっかりと働けば、成果物を納期通りに納める責任は私たちにはありません。しかし、客先も自社のマネジャーも、そして部下たちも全くそうは考えていません。皆、これが形だけの準委任で、実質は請負契約であることを知っていたのです。
部下たちは、納期を守るために必死に働きます。残業しても追加費用はもらえません。ここだけ見れば、請負です。
その一方で、客先は次々に要件を翻し、作業指示を細かく行います。私の部下たちがいつ出社していつ退社したのかもしっかりと管理し、遅刻や早退があればペナルティを課します。この部分は、派遣です。
こんな不公平この上ない条件下でも、部下たちは一生懸命に働きました。しかし、とにかく作業がタイトなうえ、作業指示がコロコロ変わるため、毎日のように深夜残業を繰り返し土日の出勤も常態化していました。
そしてある日、一番経験の浅い女性社員が作業中に倒れ、病院に担ぎ込まれました。
私がプロジェクトの惨状を知ったのはこの時です。現場のマネジャーは一生懸命に部下たちのフォローをしていたのですが、彼もまた非常にタイトなスケジュールに翻弄(ほんろう)されており、部下たちを救う手だてを打つ体力も知力も残っていなかったのです。
そこで私に「助っ人として現地へ行くように」という指示が出ました。現地に入った私がやったのは、新たな外注メンバーを投入し、当該女性社員を含む数名をプロジェクトから外すこと。そして、顧客と交渉して、その時点でも止むことのなかった新規の要件を止めてもらった上で、納期を後ろにずらしてもらったことです。
準委任契約なので、メンバーの交代や下請けの投入、納期交渉は出来ないはずですが、私は客先に「実質請負でしょう」と言い張って要望を飲んでもらいました。
プロジェクトは何とか終えられたものの、お客さまも私の会社も予定を大きく上回るコストを計上し、納期も遅れる結果となってしまいました。
そして女性社員は、心身が優れない状態が数カ月続いた後、退職することになってしまったのです。「ワタシには無理な会社でした」という最後の言葉が記憶に残っています。
請負かつ派遣のような準委任、つまり顧客の作業指示には逆らえない中で成果物の品質、納期にも責任を持つというおかしな契約形態が、皆を疲弊させて、一人の若い社員のキャリアに負の影響を与えたのです。
請負なら請負で、顧客が変えてくる要件に対して予定変更を申し出られたでしょうし、準委任や派遣なら残業を断ることもできたはずです。その両方ができずに、ただ苦しむ結果となったのは、曖昧な契約のなせる業でしょう。
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