「退職するなら、2000万円払ってね」は、本当に会社だけが悪かったのか「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(77)(1/3 ページ)

課長が顧客と約束した打ち合わせや講習会やサポートをサボって、発注額が少なくなりました。これ、おとがめなしなんですか?

» 2020年07月01日 05時00分 公開

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「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

 「振り込め詐欺」の犯人が被害者に金銭を要求する口実として、「会社の金を落としてしまった」「取引上のミスで会社に損害を与えてしまった」などの、業務上の損害を個人が補填(ほてん)する、という話をよく耳にする。

 冷静に考えれば、いくら大きなミスでも社員が会社の損害を補填する責任などないはずだが、こうした連絡を受けると、被害者は冷静ではいられなくなるようだ。

 実はIT訴訟の中にも(もちろん詐欺の話ではないが)このように会社の損害を個人に求めるものがある。社員の働きがあまりに悪くて顧客からの信頼を失い、結果、会社に重大な損害をもたらした場合に、会社が個人である社員に莫大(ばくだい)な損害賠償を求めるというものだ。

 そのとき、社員は本当に多額の賠償金を払うべきなのだろうか。客観的に見て、確かに作業の品質低下や、それによる受注減少の責任は社員にあり、しかもその社員が裁量労働制によって働く管理職だった場合、さらにその社員が問題の顕在化した後に退職してしまった場合、個人にはどこまで損失を補填する責任があるのだろうか。

 今回は、連載74回「退職するなら、2000万円払ってね」で取り上げた判例を再度解説する。裁判所のデータベースが使いやすくなり、詳しく調べられるようになったので、企業が社員を訴えるに至るまでのいきさつを具体的に引用する。

 企業、社員、どちらかが一方的に悪かったのか、トラブルが顕在化したときにおのおのはどう対処すべきだったのか、一緒に考えていただきたい。

企業が社員に2000万円の損害賠償を要求

京都地方裁判所 平成23年10月31日判決から

ある企業から独立したメンバーが、コンピュータシステムとプログラムの企画、設計、開発、販売、受託などを行うソフトウェアベンダーを設立した。社員Aは、社長B、部長Cらと共に創業当初の中核メンバーであり、5%の株式(後に増資がなされたため比率は2.5%に低下)を保有していた。

同社はある主要顧客の販売管理ソフトウェアのカスタマイズ作業を担当するソフトウェア開発委託を継続的に受けており、社員Aは、それを担当するリーダーでありかつ窓口だった。しかしリーダーとなって1年を過ぎたあたりから、開発するソフトウェアの品質が悪くなり、顧客企業はこのソフトウェアベンダーに対する発注額を減少させていった。

社員Aの上司だった部長Cはこれを問題視し、社員Aに対して売上額回復のために顧客企業の業務開拓を命じたが、結局、売り上げは回復しないままであり、やがて社員Aは退職を申し出た。ソフトウェアベンダーはこれを慰留したが、結局、その2カ月後に社員Aは退社した。

ところがその後、ソフトウェアベンダーは、売上減少など会社が損害を被った責任は社員Aにあるとし、労働契約上の義務違反の損害賠償として約2000万円を請求する訴えを提起した。

 作成したソフトウェアの品質が悪く、それにより受注額が減ったとはいえ、その責任を損害賠償として個人に請求するという例はまれではあるまいか。社員Aが課長という管理職にあり、しかも業績と給与の関連が深い裁量労働制で働いていたことを考慮しても、こうした例を、少なくとも私はあまり知らない。

 社員Aの「労働契約上の義務違反」というものがよほど深刻であり、かつそれが会社の被った損害に直接つながっているとの判断があったことと思うが、実際はどうだったのだろうか。ソフトウェアベンダーの主張から、社員Aの義務違反とされるものを幾つか抜粋していく。

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