主要エンジニアが退職したからゲームのリリース日が大幅に遅れた。訴えてやる!――IT訴訟事例を例にとり、システム開発にまつわるトラブルの予防と対策法を解説する人気連載。今回取り上げるのは、社員の退職で被った損害を会社が賠償請求をした裁判だ。
この記事は会員限定です。会員登録(無料)すると全てご覧いただけます。
2018年がスタートして1カ月。今年、転職や独立をして新しい人生を歩もうと考えている方もいるかもしれない。IT業界は以前から労働力の流動性が高く、私がまだ駆け出しだった20年以上も前から、エンジニアの転職は珍しくなかった。最近は、IT企業間の転職に加え、ユーザー企業でもIT人材の需要が高まり、ベンチャー企業の設立も増えてきたことなどから、その傾向は一層強くなっていると思われる。
IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、IT企業の人材流出を巡る訴訟を考える。簡単にいうと、「システム開発プロジェクトの途中で退職したエンジニアに、仕事を完成させる義務はあるのか」という裁判だ。
他の業種であれば、どれほど中途半端な状態で仕事を放り出したとしても、会社を辞めればその責任を問われることはまずない。しかしIT業界では、エンジニアの退職時に知識やスキルを移管できるかどうかによって、会社に大きな損害をもたらすこともある。
今回取り上げるのは、社員の退職で被った損害を会社が賠償請求をした裁判だ。まず、判決文を見ていただこう。
ソーシャルゲームの開発を目的として設立した会社で、ゲーム開発を行っていた複数の従業員が、開発中のゲームのリリース前に退職した。途中で主要な開発者を失ったプロジェクトは大幅に遅延して、リリース時期も延期となった。
これについて会社側は、プロジェクトの遅延とリリース延期は退職した社員たちが仕様書も作成せずに突然退職したことが原因であり、これは民法上の不法行為に当たるか、労働契約上の債務不履行に当たるとして、退職した社員らに5400万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。
ゲームソフトのリリース延期は、開発会社に相当のダメージを与えるものだ。多くの売り上げが見込めるゲームであればあるほど、公表したリリース時期を元にさまざまな宣伝がなされ、販売店やメディアを巻き込んだ販売戦略が立てられる。
発売時期が遅れると、それらの作業に多大な手戻りを生むし、ユーザーからも不満が持ち上がる。原告企業が算定した5400万円という額も、あながち大き過ぎる金額ではないように思われる。
しかし、退職した社員が仕事を完成させなかったことを「不法行為」あるいは「債務不履行」として訴えるというのは、IT業界ならではのことのように思える。
他の業界であれば、いかにキリの悪いところで社員が退職しても、残った社員が(苦労はするだろうが)仕事を引き継ぎ、何とか損害が出ないようにするものだ。しかし、IT業界の場合、作成するソフトウェアが複雑であるのに加え、その実現方式が、かなりの部分現場のエンジニアに頼っている。
途中から他人が引き継ごうにも、それまでに作ったものが「どのような思想」に基づき「どのような技術」を駆使して作ったのかが非常に分かりにくいし、そもそも他人の作った設計書やプログラムは非常に理解しづらい。私も他人が途中まで作ったプログラムを引き継いだ経験が何度かあるが、前任者のプログラムを理解できず、自分で一から作り直したこともあった。実際、その方が早くできると考えたからだ。
設計やプログラムをよく知るエンジニアの退職でプロジェクトが大ダメージを被ること、そして、それを裁判にまで持ち込みたくなるほど会社が困窮することは、この業界では決して珍しくない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.