コロナ禍で初めてテレワークを導入した日本企業は少なくないだろう。コロナ禍はDXの面ではプラスに働くのだろうか。日本企業のDXを難しくしている要因とは何か。デジタルツールを用いた企業変革を専門とするアビームコンサルティングの安部慶喜氏が語った。
この記事は会員限定です。会員登録(無料)すると全てご覧いただけます。
アビームコンサルティングが2020年10月14日に開いたオンライン説明会の場で、同社の戦略ビジネスユニットBusiness&Digital Transformationセクター長、執行役員プリンシパルの安部慶喜氏が「日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を阻む要因とその解決策について」をテーマに語った。
安部氏は同社で20年間、業務改革、人事改革、働き方改革などのテーマで活動。近年はRPA(ロボティックプロセスオートメーション)やAI(人工知能)、OCR、ワークフローモバイルなどのデジタルツールを使った企業の変革を専門にしているという。
安部氏はまず、現在を新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による経済活動が一時停止した「Withコロナ」と位置付け、今後訪れるであろう、「Afterコロナ」では、周期的にパンデミック(世界的大流行)が発生しても事業継続できる耐久力を重視する時代になると語った。
Afterコロナでは、バーチャル/非対面とリアル/対面のコミュニケーションの併用が求められるという。また、一時停止したデジタル投資は、Withコロナにおける強制的なバーチャル/非対面コミュニケーションの意識改革を起爆剤として、今後あらゆる分野で促進されると予想し、Afterコロナにおいて企業に求められることを次のように語った。
「企業のトップマネジメントは俊敏性のある経営と苦境に対して耐久力のある財務状態が今より求められるだろう。感染拡大に柔軟に対応できる『パンデミックレジリデント』な事業ポートフォリオへの変革にどう対処していくかがカギになる。現場のオペレーションの分野では、DXの推進がこれまで以上に求められる。離散型の組織になるといった働き方や組織の変革と併せた、リアルとバーチャルのベストミックスを試みる形になることは間違いないだろう」(安部氏)
知っての通り、コロナ禍での感染拡大防止策として、テレワークを導入する企業は増加した。パーソル総合研究所が2020年3月、4月に実施した「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」によると、2020年3月9日〜15日の時点でテレワークを実施していた企業は13.2%だったが、緊急事態宣言後の4月10日〜12日の時点で実施していた企業は27.9%と約2倍に増加した。テレワークをしている会社員に対し、これまでテレワークをしたことがあるかどうかを尋ねたところ、4月10日〜12日の調査で68.7%が「初めてテレワークを実施した」と回答するなど、コロナ禍がテレワークの導入を加速させたことはデータにも表れている。
テレワークを実施する企業は増えたものの、紙の書類を用いたワークフローが存在しているといった理由でテレワークがしたくても出社せざるを得ない社員がいることが課題視されている。安倍氏は「菅内閣の押印廃止やペーパーレスを推進する取り組みへ注力する方針や、SMBC日興証券が策定した『2022年度に社内文書を2019年度比で8割減らすペーパーレス化の方針』など、国や民間を問わずデジタルシフトの動きが活発になっている」とし、日本国内でデジタル化の機運の高まりによってテレワークの阻害要因が解消されるのではないかと予想する。
「経済活動の自粛によって多くの企業では業績が悪化したものの、『企業のIT投資は前年度実績比15.8%増する』という報道もある。日本もようやく、コロナ禍でDXに向けて動き出した、という印象だ」(安部氏)
コロナ禍で日本企業におけるDXの機運は高まっているものの、安倍氏は「日本のDXは世界と比べ大きく遅れている」と指摘する。それを裏付けるのは世界デジタル競争力ランキングだという。それによると、日本はOECD加盟国37国中18位。「GDP(国内総生産)と比較しても圧倒的に低い」(安倍氏)
日本でDXが進まない理由は技術力や情報収集力不足ではないと安部氏は主張する。
「日本企業は、AI、IoT、ビッグデータなど、どこの国よりも第一陣と同じくらいのスピードで調査検討を進めてきた。かなり動きも早かったといえる。専門家の高度な技術力、知識力もある。世界各国の先進事例を捉える情報収集力、DX推進する資金力も十分にある。DXに対する素地は、欧米に遜色ない」(安部氏)
では一体なぜ、日本のDXは世界に比べ遅れているのだろうか。安部氏によると、日本企業が経験した高度経済成長期の成功体験によって作られた慣習が、DXの阻害要因となっているという。
「高度経済成長期、日本企業は技術の向上、生産性・効率性の向上、経営資源の確保に適用した経営スタイルを築き上げた。当時はその手法が世界で最強のやり方だった。業務の属人化、熟練化、減点主義による前例踏襲、現場の継続性を重視し、業務量の増加には人を導入することでしのぐというやり方を続けてきた。その経験に基づく過去のやり方が根付きすぎて変えられなくなっている」(安部氏)
どうすれば、日本企業がDXを進めやすいやり方に移行できるのだろうか。同社はDXを、D(デジタル)とX(トランスフォーメーション)の2文字に対応させる形で「データや新たな情報技術を徹底的に利用(D)」し、「企業構造、ビジネスモデルを継続的に変革する(X)」ことであると定義している。安倍氏は「DXを考える際はD(デジタル)の方にとらわれがちだが、Dは道具であって、本質はX(トランスフォーメーション)だ。Xをいかに実現するかがDXの肝。そのためには『DXを実現し続けられる組織能力』が必要となる」と主張する。
安倍氏は「DXを成功に導くカギ」として次の3つを挙げる。
安倍氏は1に対して、「根付いたやり方を是とせず、必要であればゼロベースで変革していく。これをやっていかないとただのデジタルツールの導入になってしまう」と語り、2の段階では「一斉に大型投資をして全社で一斉に進められるかというと難しい。変革できない体制に日本は長らく身を置いているため変革できる形にまずは少しずつ変えていき、そこで成功体験を得る」ことが重要であるとした。3に関しては「企業は人で成り立っている。人の意識を変えて、人が変えられるような形にしていかないと変革はできない」と主張し、現場主導の小さな改善からトップの号令をもとに改革、その経験をもって改革できる企業文化を定着させていくべきであるとした。
実際に上記の「3つのカギ」が成功した事例として、安倍氏はとある製造業を営む企業を紹介。その企業はもともと、業務をRPAに置き換える形で個別部署主導のもと、トライアンドエラーを繰り返していたが目に見える大きな成果はなく、RPAの活用が現場に浸透しない状態にあったという。そこでトップ主導のもと、内部統制ルールや組織を横断した業務プロセスの見直しをしたところ、半年間でRPA対象業務の6割を削減して、業務の余力を創出。現場の社員が業務改革の成功体験を得たところで、改革の成果を組織評価や個人評価に組み込むなどの環境を整備した。その結果、現場社員が主体的に動けるように、「取りあえずやってみよう」という精神で行動に移せるようになったという。
「まずは部署レベルで1つ、小さな成功体験を作る。その後トップが号令を出して、組織制度改革に取り組み、抜本的な改革に務める。そして企業文化を変える、人を変えるということが重要である。今まで日本企業はコスト削減のため、現行業務の削減のため、ITに投資するという認識を強く持っていた。これからは新しい働き方を生み出す、新しい取引先との関係を作り出す、新しいサービスを顧客に提供するためにITを使うという形にシフトしていくのではないだろうか」(安倍氏)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.