クラウドへの投資につながる財布のひもを握っているのは、CEOをはじめとした「非技術者」だ。こうした人たちに、クラウドの技術的なメリットだけをいくら訴えても効果は期待できない。
ガートナーの米国本社発のオフィシャルサイト「Smarter with Gartner」と、ガートナー アナリストらのブログサイト「Gartner Blog Network」から、@IT編集部が独自の視点で“読むべき記事”をピックアップして翻訳。グローバルのITトレンドを先取りし「今、何が起きているのか、起きようとしているのか」を展望する。
今では、クラウドはわれわれにとってビジネスの基盤となっている。だが、それは実のところ、どういうことを意味するのだろうか。
ある企業にとっては、アプリケーションが全てパブリックSaaS、PaaS、またはIaaSで動作しているということなのかもしれない。別の企業にとっては、「Office 365」を使っており、一部の開発をクラウドで行っているということかもしれない。
「クラウドはビジネスの基盤となっている」という文は、これらのようにさまざまに解釈できる。では、この文をどう説明すれば、クラウドについて知識がなく気に掛けてもいないCEO(最高経営責任者)に、ビジネスでクラウドを活用したいと思わせられるだろうか。
これは、財布のひもを握っている非技術者に、「クラウドとは何か」をどう説明するかという問題だ。その説明では、「クラウドは、自社のビジネスや競合他社のビジネスを一変させる、動きの速い環境である」ことを、どうやって理解してもらうかも問われる。
Gartnerに寄せられるインクワイアリの中で、クラウド戦略に関するCxO向けの文書やビジネスケース(投資対効果検討書)をレビューすることがよくある。多くの場合、こうした文書の作成者に、「クラウドに投資する理由のビジネスの観点からの掘り下げが、技術の観点からの掘り下げのレベルに達していない」と伝えなければならなかった。ITリーダーは、クラウドを利用する説得力のある理由を具体的な背景とともに示し、クラウド利用がビジネスにとって持つ意味を、CEOが理解できるようにする必要がある。
クラウドがITアプリケーションやインフラ、オペレーションにどのような影響を与えているかを考えてみよう。従来、われわれはITシステムやアプリケーションを構築し稼働させてきたが、クラウドではこれらが標準化されたスケーラブルなサービスとして提供され、使用量に応じて料金を支払う。
19世紀には、産業界は馬、水車、風車、または蒸気機関を使って、自前で動力を得なければならなかった。また、家には暖炉があった。われわれは皆、それらを扱うエキスパートにならなければならなかった。
そこへ電気が登場した。電気は発電所で生み出され、家や工場に標準電圧で供給され、(時間がかかったものの、ついに)信頼性が確保され、使用量に応じて課金されるようになった。家では、白熱電球がガスランプや灯油ランプに取って代わった(これにより、安全性や清潔さがある程度向上した)。
家で電気が使えるようになると、冷蔵庫や電気ケトル、トースター、電気掃除機などがイノベーションによって生まれた。工場では、電気は高出力のエンジニアリングを可能にし、蒸気機関、水車、風車は無用の長物と化した。
われわれはこの歴史になぞらえて、CEOに次のように説明できる。「ITは現在、クラウドによって標準化、自動化されて、従量課金モデルで提供されるようになっている。これにより、われわれがクラウドに期待するようになったアジリティやスケーラビリティといったさまざまなメリットを提供するイノベーション環境が実現している」
問題は、トーマス・エジソンが、100年後における電子レンジの全世帯への普及を予測できなかったように、IT部門に、自社が将来手掛ける商品やサービスを予測してもらうのは、無理な相談だということだ。このことが次のポイントにつながる。
経営上層部は売上高、コスト、リスクを考える。これは、非常に単純化した物事の捉え方だが、このブログ記事にも応用できる。
ITは従来、ビジネスのコストだった。既存のITシステムを効率的に利用することで、コスト節約と売上増が達成されてきたのは確かだ。だが、これらは通常、損益計算書にそのようには記載されない。
クラウドについて話すときは、どのように収益を増やすかを話す機会がある。引き合いに出せる例はいくらでもあるが、われわれは基本的に、「いかにデータを効率的に利用できるか」「いかにデータを他のデータソースと相関させて新しいパターンを見いだせるか」「いかに商品の変更、サプライチェーンの変更、広告によって、そうしたパターンを自動的に利用できるか」に着目するようになっている。
これらのことは、「ITによってデータを活用し、新しい商品やサービスを迅速に開発したり、優れた顧客洞察およびサービスを提供したり、イノベーションによって新しいビジネスモデルを生み出せたりする」ということを意味する。これらはいずれも、損益計算書の売上高に直接影響する。
最近、われわれは、デジタル変革によって収益を生み出す高度な方法についてまとめたレポート「6 Methods to Earn New Digital Revenue」を発表した。クラウドサービスが、「データの処理方法」「機械学習や新しいデータソースを使ってデータを相関させる方法」「インフラやアプリケーションを自動的にプロビジョニングして利用する方法」にどのような影響を与えるかを、常に考えることが重要だ。
エジソンは、白熱電球をともす電力の供給を手掛け、この事業は低収益にあえいだが、クラウドは、利益創出の源泉になる。企業はクラウド活用により、デジタルな未来を実現し、事業を成功させられる可能性がある。
パブリッククラウドプロバイダーが提供する機能について見ると、コンピューティング、ネットワーク、ストレージに加え、アプリケーション、セキュリティ、移行、ミドルウェアなど、極めて多種多様であることが分かるだろう(大手クラウドプロバイダーは、200種類以上のサービスを提供している。これらのプロバイダーは新しいアプリケーションを非常に迅速に開発するので、この数字はどんどん増えていく)。
パブリッククラウドを、(もっぱらコスト削減を目的として)新形態のデータセンターとして扱うのは、フルERPスイートを単なるスプレッドシートとして使うようなものだ。このことが最後のポイントにつながる。
ベンダーロックインは感情的なテーマだ。ベンダーロックインが発生しているケースのほとんどでは、われわれは自発的にロックインされている。多くの場合、ベンダーがその時点でのわれわれの要件に最適なソリューションを持っているからだ。
だが、われわれの要件が変わったり、ビジネスが成長したりすると、こうしたベンダーへのコミットメントに伴う料金の支払いがかさみ、当初の予算や想定を上回ってしまうことがある。常に、われわれはビジネスコストの削減に取り組んでおり、そのためにこうした料金増はプロビジョニングチームから目をつけられてきた。
パブリッククラウドでは、ビジネスのデジタル化が進むとともに、使用量が増えるのは避けられない。ボリュームコミットメント(使用量の事前確約)によるさまざまな割引プランが用意されているものの、一部の企業は1社のクラウドプロバイダーに依存しないように、複数のプロバイダーをてんびんにかけながら利用したいと考える。
だが、この戦略は、ハードウェアベンダーと交渉する場合と比べて、それほど成功しない。クラウドはデータセンターの新形態ではないからだ(上記を参照)。
一部の企業はコンテナ戦略を推進する。コンテナは(適切に使用すれば)、プロバイダー間での移行が可能だからだ。しかし、移行する場合に、移行元のクラウドプロバイダーが課金するデータ転送料金は見過ごされる場合が多く、あっという間に大きく膨らむことがある。
また、各クラウド独自のツールを使いたいという誘惑も、特定のプロバイダーへのロックインにつながることがある。ハイパースケールパブリッククラウドプロバイダー上位3社のクラウドに共通するオープンAPIはないからだ。
Gartnerは、クラウドプロバイダーへのロックインを管理する方法を調査レポート「A Guidance Framework for Managing Vendor Lock-In Risks in Cloud IaaS」としてまとめ、発表している。
以上のポイントを押さえると、次のようなやりとりが行われるようになるだろう。
技術ディレクター:「CEO、パブリッククラウドを使うことで、われわれがいかに利益を拡大し、イノベーションと洞察によって顧客を喜ばせ、クラウドの優れたアジリティを生かしてビジネスコストを削減できるかをご説明します」
CEO:「どこにサインすればいいんだい?」
以上の解説は、パブリッククラウドに対する非常に単純化した見方に基づいている。データレジデンシー、レガシー、レイテンシ、地政学など、クラウドに影響する他の要素もある。だが、私がインクワイアリの中で顧客に提供するアドバイスは、多くの場合、「ビジネスメリットをまず考える」だ。
出典:How to make the CEO want the Cloud (And give you the cash as well)(Gartner Blog Network)
Sr Director Analyst
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