第250回 数奇な運命をたどる「MIPS」は「RISC-V」で復活を図る?頭脳放談

「MIPS」と聞いて、懐かしいと感じる人はもはや少数派かもしれない。「MIPS」は一時、Microsoftが担いで、Intelのx86対抗としたプロセッサだ。既に前線から消えて久しく、「MIPSって何?」という人も多いと思う。そのMIPS(会社の方)が、Chapter 11を申請し、投資会社の元で「RISC-V」を担いで再生するという。その背景を考えてみた。

» 2021年03月19日 05時00分 公開

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 2021年3月初め、あまりにも失礼な話なのだが「とっくの昔に忘れていた」名前を思い出させるニュースを目にした。MIPS Technologies(正確に言えば、子会社のMIPSとその親会社のWave Computing)の復活のニュースである。

端的にいえば、この会社がChapter 11(連邦破産法第11条)を申請したのが2020年4月28日のことであり、Chapter 11から脱したのが2021年3月1日である(PRNewswireで公開されているWave Computingのプレスリリース「Wave Computing Files for Chapter 11 Protection」「Wave Computing and MIPS Emerge from Chapter 11 Bankruptcy」)。

 Chapter 11は、日本の民事再生法に相当する法律(日本の民事再生法のはるか前から存在したはず)で、裁判所が債権取り立てを一時停止させて、債権者間で会社再生のための協議を行う制度である。Chapter 11の申請から1年近くも要して債権者間の協議が終わり、会社を再生するための計画が合意されたようだ。

 この件でWave Computingの代理人を務めた弁護士事務所の2020年12月30日付のリリース「Sidley Represents Wave Computing, Inc. in Chapter 11 Sale to an Affiliate of Tallwood Venture Capital」を見ると、形の上ではWave Computingの主要債権者である投資会社「Tallwood Venture Capital」が、Wave Computingとその子会社のMIPSを買収(払ったお金は他の債権者に分配されるのだと思うが、実際のところは不明)して関連会社化するようだ。

 マイクロプロセッサ業界では老舗でブランド価値が高いと思われる「MIPS」という看板は、そのままのようである。何をいまさら「MIPS」かとも思うが、再生が合意できたからには、その計画に勝算があったに違いない。そしてその勝算とは、「RISC-V」なのである(RISC-Vについては、頭脳放談「第247回 NVIDIAのArm買収で今注目の『RISC-V』って何?」参照のこと)。

そもそも「MIPS」とは

 ここでMIPSを、あまりご存じない若い方向けにざっと過去を振り返っておきたい。MIPS(創業時はMIPS Computer Systems)は、RISC(Reduced Instruction Set Computer:命令の総数や種類を減すことで、高速化を実現する命令セットアーキテクチャの設計手法)草創期の2大巨頭の一方で、スタンフォード大のヘネシー教授のグループが創立したRISCのメーカーである。

 これからはRISCだ(CISCのx86は先がない)、というムーブメントが大いに盛り上がった1980年代後半からしばらくの間、SPARC(こちらはサンフランシスコ湾の対岸にあるカリフォルニア大学バークレー校のパターソン教授のグループが源流)と並び、当時のUNIXワークステーション(Linuxはまだなかった)搭載プロセッサの代表機種であった。

 1990年代に入るとワークステーションクラスからPCや組み込み向けなどにも用途を広げた。初期のゲーム機(PlayStationやNINTENDO64など)にも採用されていたから、読者諸氏は知らずにMIPSで遊んでいた可能性もある。

 また、頭脳放談「第211回 ARM版Windows 10に透けるMicrosoftの事情」でも書いたが、現在のWindows 10の源流であるWindows NTは、MIPS搭載PCを主要なターゲットの1つにしていたくらいだ。

 組み込み用途では、複数の半導体メーカーがMIPSのライセンスを購入して製品を製造していた。日本の半導体関係では、東芝がMIPSコアの製品に力を入れていた。ルネサス エレクトロニクスが買収したIDTは、かつてMIPSのプロセッサを製造販売していた(ルネサス エレクトロニクスのプレスリリース「ルネサス、IDTの買収完了」。頭脳放談「第220回 ルネサスがIDTを買収する目的の裏を読む」参照)。1990年代初頭では、RISC業界の主役はMIPSかSPARCかという感じであり、Armは脇役だった。

 しかし、その後MIPSをとりまく環境が暗転する。直接の引き金はSGI(Silicon Graphics)の業績悪化だろう。初期のCGを使った映画の多くは、その製作にSGIのマシンを使っていた。いっとき「シリコンバレーで石を投げればSGIにあたる」というくらい勢いのよかったSGIは、自社のワークステーションのプロセッサベンダーであったMIPS(当時は、MIPS Computer Systems。買収後にMIPS Technologiesに社名変更)を子会社化していた。ところが1990年代末には失速した。

 SGIの業績悪化で、SGIから放り出されたMIPSの迷走が始まる。コンピュータらしいコンピュータでの利用から締め出されていったので、一部入り込んでいた組み込み用途に集中していった感じだ。それなりの実績は上げたものの、この分野では強力なライバルが日の出の勢いになっていた。Armである。かつての脇役は主役となってMIPSは後塵(こうじん)を拝する。ジリ貧だ。

 ここから先は、あまりにも目まぐるしく、会社間での資本の移り変わりなどが激しくて、筆者は把握しきれていない。大きなところで言えば、Imagination Technologiesに一時期買収されていたことだろう(頭脳放談「第206回 ImaginationはAppleに捨てられ会社を売る?」参照)。Imagination Technologiesは、Arm用のGPUで成長した会社だった。

 初期のスマホでは、Imagination TechnologiesとArmと二人三脚状態で大いに市場を席巻したものの、そのうちArmもAppleも自社でGPUを設計するようになり、市場を失っていった会社だ。そこがMIPSを傘下に入れて自らプロセッサ側のビジネスも取り込もうとしたのだと思うが、結局失敗した。この時もMIPSは分割して売り払われている。21世紀になってから、MIPSはリストラと資産の切り売りの連続であったように見える。

リストラや資産売却の繰り返しで打つ手がなくなるのが普通?

 MIPSは、Armと同様、IPライセンス(設計情報など)を販売し、ロイヤルティーを得るというビジネスモデルである。工場を持っているわけではなく、資産と言えば設計情報や特許などが主であろう。また、コスト的には設計者の人件費がメインのはずだ。よってコスト削減は、≒「人員削減」であり、資産売却は知的財産権の売却となる。MIPSの具体的なコスト削減事例は確認しようがないが、Chapter 11を申請したくらいだからそれまでに相当なことがあったと推察する。

 余談だが、筆者も2回ほどシリコンバレーでリストラの現場を目撃した。1回目は長期出張していた本社の設計部門だ。朝、出勤したら、ダンボール箱に私物を入れて立ち去るエンジニアとすれ違った。話したことはないが顔は知っていた。その後ろには警備員が一人ついていた。前日、リストラの全社予告がされていたが遭遇してゾッとした。2回目は「設計資産の購入」商談で訪問した相手の会社でだ。話が長引き翌日の朝も再訪問すると、前日応対してくれたレセプショニスト(受付)の女性がデスクにいない。ロビーの片隅で誰かとヒソヒソ話をしている。泣いているように見えた。デスクには新設された電話機が置かれており、取り付けた工事人が後片付けをしていた。

 Chapter 11になるような会社は、そういうシーンを繰り返してグズグズになり、打つ手がなくなっていく。復活できる会社には「救命ロープ」と「脱出口」があるのだ。

 MIPSも相当な資産売却をしてきているらしい。断片的なニュースで読んだが、Imagination Technologiesの前後に、特許多数を複数の相手に売却しているようだ。MIPSの設計資産についても、「中国の会社に売却してしまった」という記事を読んだ。筆者などは、「これでMIPSも死んだな」などと思ったのだが、そんな淡泊な感想を持っているだけでは経営者は務まらない。ちゃんと「救命ロープ」だけは必死に確保できる契約になっていたようだ。

 契約書が開示されることはないだろうから想像でしかないが、いまだにMIPSコアの組み込み製品は製造され続けている。組み込み製品の製造期間は長い。数十年続くものもある。今後増えることはないだろうが、まだ続くようだ。そして今回の報道を読む限り、その製品のロイヤルティーはいまだにMIPSのフトコロに入るようになっているようだ。このキャッシュフローがあればリストラで小さくなった会社を当面維持することは難しくないだろう。

新生MIPSは「RISC-V」で復活できるのか?

 さて、ようやく「脱出口」だ。「RISC-V」である。こちらの源流は先ほども述べた通り、SPARCを生んだカリフォルニア大学バークレー校のRISC系列だ。スタンフォード大学とカリフォルニア大学バークレー校のグループは、考え方にせよ、人脈にせよ近い。ヘネシーとパターソンは共著で何冊もRISCの教科書を書いているし(筆者は両教授のサイン入り本持っているが、持っている人も多いのではないか)、昔、両校の間でシャトルバスみたいなのがあり、「相手の学校の講義を取りやすいのだ」とも聞いたことがある。

 RISC-Vは、命令セットアーキテクチャの規定であって、どう実装するか、という部分は実装するメーカーに任せられている。RISC-Vを実装してその設計を販売している会社も複数現れている。

 ArmでいうとCortex-Mのようなローエンドのクラスのマイコン向けの実装については、幾つも商品化されたものが現れている。しかし、Armでいうと、Cortex-RクラスやCortex-Aクラスに相当する実装はまだまだである。長いリストラを経てきた復活MIPSにどれだけの設計マンパワーと、利用可能な設計資産が残っているのかにもよるのだが、MIPSにはそういうクラスのプロセッサを多数商用化してきた実績がある。

 プロセッサの設計において命令セットの部分は、ユーザーに見える部分なので重要ではあるが、こと使うトランジスタの量でいったら従である。その上、RISC-Vはそこが軽く済むようによく考えられている。「RISC-Vにする」という作業は、MIPSクラスの設計力量があれば大した労力ではないと思う。それ以外の実行に関わる部分の方が量的には、はるかに多いし、込み入っているはずだ。

 そして、その資産を使う権利が残っているならば、MIPSには宝の山が眠っているように思える。それを活用できるならば、素早く新生MIPSが、その名と裏腹のRISC-Vを出してくる可能性は高い。

 そして市場的にもタイミングよく流れに乗れる可能性もある。現在Armは市場を占拠しているが、例のNVIDIAによる買収で、先行きが不透明になっている。買収反対を唱える半導体メーカーなども複数あるようだ。Armからより自由なRISC-Vという流れが盛り上がる可能性もないわけではない。新生MIPSがどのような製品をアナウンスするのか具体開示を待ちたい。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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