IBMが「2nm」という極微細な半導体製造プロセス技術を発表した。現在の最先端プロセスは7nmなので、ロードマップ上の5nmと3nmを飛ばして2nmである。でも、この製造プロセスをIBMは、何に使うのか。その背景には、何かありそうだ。
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IBMが、「2nm」とする半導体プロセス技術を発表した(IBMのプレスリリース「IBM Unveils World's First 2 Nanometer Chip Technology, Opening a New Frontier for Semiconductors」)。現在量産されている主力である「7nm」プロセス製品と比べて、性能で45%、消費電力で75%も向上している、とするプロセスである。
まず目がいってしまうのは、「2」という数字のインパクトだ。最先端のマイクロプロセッサ製品などで、「7nm」という数字が目に付く昨今、「5nm」でも「3nm」でもなく一気に「2nm」である。印象が強烈であるのは言うまでもない。
半導体のプロセス技術、「何とかナノメートル」の「何とか」の部分は、はるか昔にはトランジスタのゲート長さに直接対応した数字だった。当然ながら、当時の単位はナノメータではなくマイクロメータの時代であったが……。
しかしその後、集積度的にはメタル配線のピッチの方が重要だとか、コンタクトだとか、いろいろ勘案すべき長さの要素が増えていき、「どこの長さ」を数値として取り出すのだか、考え方の差も広がっていく。
その上、トランジスタにせよ配線にせよ、3次元構造となり、どこの長さが一番クリティカルなのだか、非常に複雑で、分かりにくくなっていく。個人的には、その複雑な構造を一個の数字に代表させること自体に、そもそも無理があると思うのだが、「長さ」としての1個の数字に半導体プロセスを代表させるという慣習は廃れず今も続いている。
頭脳放談「第232回 Intelの10nmプロセスの不思議、『10nm』はどこにある?」でも述べたが、実体のある何かの「長さ」から乖離(かいり)してしまって久しいのだ。また、会社によって呼び方に微妙な揺らぎがあるのも事実だと思う。とはいえ、業界内でのコンセンサス的なものがないわけではない。ファウンドリを注文する側、受ける側、製造装置を作る側、買う側、各社の異なる立場を考えても、ある程度の共通認識がないとビジネスにも支障がでるからだ。
そんな背景もあり、業界では昔から製造プロセスの「ロードマップ」というものを作成してきた。業界各社の寄り合いで、5年とか10年とかの将来展開の目安を決める、といった感じだ。予想は予想でしかない。
各社ともロードマップに「先んじる」ことに血道をあげるから、時々の事実に基づいて修正し続けないとすぐに陳腐化してしまう。毎年改訂必須という感じだ。ロードマップの作成主体自体にも紆余(うよ)曲折がある。
比較的新しい組織なのだが、IEEEのIRDS(International Roadmap for Devices and Systems)というところが、毎年ロードマップを発行している。その少し古い2017年版、4年前に予想されたものが手元にあったので眺めてみた。これによると、7nmの次は、5nm、3nmと刻んで、その次が2.1nmとなっている。
先ほど述べた通り、そこに書かれている「ラベル」としての長さそのものはプロセス上のどこにも実体は存在しない。メタルなのかポリシリコンなのか、スペーサー(トランジスタ内部のゲートとソース/ドレイン・コンタクトの間の絶縁層)なのか、長さはいろいろとあるけれど、現物の長さはプロセスノードの「呼び」のナノメータ表現よりもだいぶ長いものだ。
もちろん、製造会社によりトランジスタの形成方法など異なり一律に比較できないということもある。しかし、こうしたロードマップに書かれている各種数値を読み込んでいれば、だいたいこのくらいのレベルだったら2nmと言ってもいいよね、というコンセンサスは存在すると思う。
さて、その4年前の予想では、「2.1nm」プロセスは、2027年の欄に書かれている。6年前倒しというのは早合点で、ロードマップはあくまで量産開始時点が基準だ。今回のIBMの発表は、開発中のプロセスを公開したという段階で、量産ではないことに注意しないとならない。
しかし、発表資料を読む限り、かなり出来上がっている印象を受ける。現時点でそんなに出来上がっているのならば、量産は相当前倒しになるだろうという強い期待が持てそうだ。そういうインパクトの強さがある。
対する他の半導体他社、特にファウンドリ最大手のTSMCはどうか。TSMCの現量産主力は7nmで、最先端は5nmだと思う。4年前のロードマップでは、5nmは2021年に量産開始となっていたからほぼロードマップ通りだろうか。TSMCのその後の計画はというと、2022年に4nmそして2022年後半には3nmを量産するという計画らしい。
TSMCは「刻んで」くるようだが、3nmを2024年量産と書いていた2017年のロードマップから見ると、大分前倒しの計画だ。これに対する2nmという数字は、TSCMの計画を上回って強烈なインパクトを与えられる唯一の数字でもあると思う。
ただ、IBMの発表資料からたどれるビデオでも映っていたが、IBMの2nmラインでもステッパは当然ながらASML製だ。燦然(さんぜん)とASMLロゴが映っていた。当然、TSMCもASML製を使っているはずなので、製造装置的にはそれほど違いがないものと思われる。刻んだTSMC、ジャンプしたIBMという感じなのだろうか。
技術的には非常にインパクトのあるIBMの2nmプロセスだが、問題はそのターゲット製品と量産規模だ。これに関してはIBMのプレスリリース資料は「控え目」だ。挙げてあるのは、「POWER10プロセッサ」と「z15」である。POWERプロセッサは、HPC(スーパーコンピュータ)分野でプレゼンスがある。HPCの機種数だったらIntel Xeon機だが、ランキングの上位にはIBM POWER機が結構いる。
また、z15はIBM「伝統」のメインフレーム機だ。どちらもB2Bというか、エンタープライズビジネス、政府、研究機関などを主要カスタマーとするIBMの現行ビジネス的には主要なカスタマー向けではあるのだと想像する。しかし、半導体業界全体としてみたインパクトであるとこれだけでは小さすぎる。
ご存じない方も多いかもしれないが、IBMはかって半導体のファウンドリビジネスをやっていたことがある。筆者の記憶に強烈なのは、後にAMDに買収されたNexGenのプロセッサが、最初IBMのファウンダリで製造されていたことだ。他にもAppleのMacでの68KからPowerPC切り替え(Apple的には前々回の切り替えということで古い話だ)の件もある。
古くからIBMは、自社内での先端コンピュータでの需要に応えるために先端半導体の研究と開発を行ってきていて今に至る。だが、一時は半導体外販へも積極的だったのだ。しかし、現在は半導体の量産会社としての姿は見えない。クローズドの半導体に使うだけでは大きなインパクトの2nmも存在感が薄れる。
今回の発表資料に書かれているかと思って読んだのだが、不自然なくらい言及されていない点がある。Intelとの関係だ。頭脳放談「第251回 外部ファブの活用も、Intelの新製造戦略『IDM 2.0』の背景」でIntelのファウンダリ戦略の件について書いたが、そのIntelの発表ビデオに2人のゲストスピーカーが招かれていた。
一方はMicrosoftだが、他方はIBMのCEOであった。そして、Intelと半導体プロセスやパッケージング技術で協力していくと語っているのだ。今後、この2nmプロセスがIntelのファウンダリで製造される、という線は多いに可能性がある。既定路線じゃないか。
ビデオ出演のIBMのCEOは、米国のサプライチェーンの国家的安全保障にも合致するものだと持ち上げていた。そして、研究開発では常にトップ集団を走ってきたIBMだが、半導体の大規模量産工場を欠いている。一方、近年のIntelは先端プロセスの開発に苦しんできているが、大規模な工場投資を決めている。この2社がくっつくのは必然とも思える。今後、詳細な発表があるのか。
また、IBMはメインフレームやスパコンに使用するための先端パッケージング技術開発でも定評がある。Intelもパッケージ技術は開発しているが、どちらかというとコンシューマー寄りの先端技術なので、IBMとは補完的かもしれない。プロセス技術での協力があれば、パッケージングでの協力もなされるだろう。
2017年版のロードマップで、2.1nmから小数点表記になっているのは、その後は整数表記では支障を来す、つまりナノメータ(nm)単位では表現しにくくなる世界に突入する、ということも暗示している。
マイクロメータ(μm)単位からナノメータ(nm)単位への移行期は、単なる単位の切り替えにとどまらず、比較的単純な比例縮小則で発展していた世界から、3次元かつ新材料がどっと登場した切り替え期でもあった。
今後、2nm以降と呼ばれるはずの世代も、同様な大変革の時代になるような気がする。事は米国の国家安全保障などというものを背景にして、急激に進んでいくと予想されるのだ。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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