誰がなぜ「優れたアルゴリズム」を開発しているのか、MITの研究者に聞く国別では米国、1人当たりのGDPが高い国も貢献

優れたアルゴリズムは高速なハードウェアに勝るとも劣らない価値がある。開発者向けQ&Aサイト「Stack Overflow」はアルゴリズムの開発主体について研究するマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者にインタビューを行い、誰がなぜアルゴリズムを開発するのかを聞いた。

» 2021年03月26日 17時00分 公開
[@IT]

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 開発者向けQ&Aサイト「Stack Overflow」は2021年3月24日(米国時間)、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者にインタビューし、どのような国や組織がアルゴリズムの開発に力を入れているのかを紹介した。

 Stack Overflowの編集を手掛けるライアン・ドノバン氏は「コンピューティングにおけるスピードや生産性の向上は、プロセッサやメモリの性能向上の割合を示すムーアの法則を引き合いに出してハードウェアの観点から説明されることが多い。だが、新しいアルゴリズムもこれらに大きく貢献している」という意見を紹介した。

 なぜならアルゴリズムが進歩すると、既存リソースをより効率的に活用できるようになるからだ。タスク実行の高速化や低コスト化を実現できる。こうした効果を発揮したアルゴリズムには身近なものも多い。例えばサイズの大きなCDオーディオ形式からMP3形式へ転換することによって、音楽の保存と転送は非常に便利になった。Webページの重要度をランク付けするGoogleのPageRank技術やUberの経路探索技術(ルーティング)、Netflixのビデオ圧縮技術なども同様だ。

 「こうしたアルゴリズムの多くは、研究論文や他の刊行物など、公開されている情報源を基に開発されている。この“アルゴリズムコモンズ(アルゴリズム共有財)”はオープンソースソフトウェアと公開情報のデジタルコモンズに似ている。アルゴリズムコモンズは、全てのプログラマーがより良いソフトウェアを生み出すために役立っている」(ドノバン氏)

アルゴリズム:メイドインUSA

 MITコンピュータ科学・人工知能研究所(CSAIL:Computer Science and Artificial Intelligence Laboratory)のリサーチサイエンティスト、ニール・トンプソン氏などの研究チームは、「アルゴリズムコモンズを誰が、どんな目的で開発しているか」を明らかにした研究論文を公開している。ドノバン氏はこの論文の内容を次のように紹介している。

 「アルゴリズムを開発した研究者はどこで生まれたか」「アルゴリズムを開発したとき、どこに住んでいたか」を調べた結果は、いずれも米国が首位だった。

 具体的には、アルゴリズムの改良のうち38.2%を米国生まれの研究者が実現していた。

どの国や地域で生まれた研究者がアルゴリズムを改良しているのか 単位はパーセント(出典:Building the algorithm commons: Whodiscovered the algorithms that underpincomputing in the modern enterprise?に基づいて@IT編集部が作図)

 生まれではなく、どこで働いている研究者が開発したのかを調べてみると、より印象的な結果が得られた。64.2%を米国で働く研究者が占めていた。つまり米国の教育システムは、(38.2%という数字に現れるような)多くのコンピュータサイエンティストを育成していること、それ以上に(64.2%という数字が示すように)研究機関に優秀な人材を呼び込むことに成功している。

どの国や地域で働く研究者がアルゴリズムを改良しているのか 単位はパーセント(出典:Building the algorithm commons: Whodiscovered the algorithms that underpincomputing in the modern enterprise?に基づいて@IT編集部が作図)

 米国以外の国では、一般に富裕国による貢献が大きい。貢献の大きさは、人口ではなく、1人当たりのGDP(国民総生産)と関係しているという。

 トンプソン氏の論文ではこの点を問題視している。アルゴリズムの開発では「失われたアインシュタイン」問題が起こっている可能性があるというのだ。MITスローンスクールオブマネジメントの教授であるジョン・ヴァン・リーネン氏によれば、社会の最も裕福な1%層で生まれた子供は、下位50%層で生まれた子供よりも発明者になる可能性が10倍高い。つまり社会的不平等が本来発明者になり得た人材を埋もれさせてしまうということだ。

民間企業の意図が分かりにくい、なぜアルゴリズムを公開するのか

 アルゴリズムの改良の大部分は、大学や政府機関のような公的な非営利機関の研究者によるものだ。アルゴリズムの改良に最も貢献している機関はコンピュータサイエンス分野で最高レベルにある次のような大学だ(なお日本国内の組織では京都大学が貢献度で17位に挙がっていた)。

  • スタンフォード大学(貢献度2位)
  • MIT(貢献度3位)
  • カリフォルニア大学バークレー校(貢献度4位)
  • カーネギーメロン大学(貢献度5位)
  • イリノイ大学アーバナシャンペーン校(貢献度7位)
  • プリンストン大学(貢献度8位)
  • テキサス大学オースチン校(貢献度9位)
  • コーネル大学(貢献度10位)

 IBM(貢献度1位)やNokia Bell Labs(貢献度6位)、Rand(貢献度13位)などの民間企業もアルゴリズムの改良に貢献している。ただし、企業が競争力の源泉となるアルゴリズムを公開する理由は分かりにくい。

トンプソン氏との一問一答

 この点を含め、ドノバン氏は論文を執筆したトンプソン氏に幾つかの質問を投げ掛けている。

質問  調査対象となったアルゴリズムのうち、プロプライエタリなものと、発表後、自由に利用できるものの割合はどうなっているのか。

回答 あるアルゴリズムを研究データとして扱うためには、アルゴリズムが教科書や学術文献に掲載され、公表される必要がある。例えばIBMの場合のように、企業内部で開発されたアルゴリズムの場合は、開発後、どのくらいの期間を経て公開されるのかは分からない(従って比率を計算することはできない)。

質問 公的機関で開発されるアルゴリズムの場合、誰が資金を提供するのか。資金提供者がアルゴリズムの恩恵を受けることはあるのか。

回答 われわれのグループもこの点を検討しているが、まだ答えを得られていない。多くのアルゴリズムは数学者やコンピュータサイエンスの理論家によって開発されているので、問題に取り組む時間を提供してくれる大学全体と、全米科学財団のような組織が混在して資金を提供していると考えている。

質問 独自のアルゴリズムを開発した場合、公開することが開発者のメリットになる場合があるのか。

回答 オープンソースソフトウェアの場合が参考になる。 オープンソースでは、テーマに沿ってコミュニティーが形成され、開発に貢献することが大きなメリットとなる。アルゴリズムの場合、公開することで得られる最大のメリットはこうだ。自社のアルゴリズムをさらに改良しようとしたとき、外部のアルゴリズム開発者を採用しやすくなるだろう。さらに重要なアルゴリズムを公開することで、企業の評判が高まり、優秀なコンピュータサイエンティストを採用しやすくなったり、長く働いてくれたりする可能性もある。

質問 なぜ人々や企業はアルゴリズムコモンズに貢献するのだろうか。

回答 アルゴリズムコモンズに貢献する動機は、さまざまだ。1つは実用的な動機だ。開発者自身がより良いアルゴリズムを必要としている場合だ。多くの企業にとってこれが最も重要なイノベーションだが、多くの分野のユーザーイノベーターにも共通している。もう1つの動機は、内発的なものだ。難しい問題を解明し、巧妙な解決策を見つけることは楽しい。

質問 複数の企業が同じアルゴリズムを共有している場合、どのソフトウェアが優れているかは何によって決まるのだろうか。

回答 アルゴリズムが優れているということは、シェフがより良い食材を使うことと同じだ。より良い料理が食べられるという保証はないが、シェフが正しく調理すれば、より良い料理になるだろう。アルゴリズムにも同じことがいえる。ソフトウェア開発者に優れたアルゴリズムを与えれば、そうでない開発者よりも優れたものを作ることができる可能性がある。

質問 産業界の生産性を高めるために最も重要なアルゴリズムは何だろうか。

回答 良い質問だが、まだ答えは分からない。1年後くらいには答えが出ると思う。



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