ビッグデータ活用時代に再注目 進化を遂げた「磁気テープストレージ」の実力とはものになるモノ、ならないモノ(89)

近年、IoT機器などを使用して収集した「ビッグデータ」を格納する手段として磁気テープが再注目されている。約60年間磁気テープを製造する富士フイルムの大月英明氏に、最新の磁気テープについて話を聞いた。

» 2021年04月23日 05時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]

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 今、筆者の手元に、オープンリールテープがある。アナログ録音をするための磁気テープだ。1980〜90年代初期の音楽の制作現場を経験している筆者が、デジタル録音に移行した今でも大切に保管している当時のマスターテープである。もっとも当時使っていた、オタリやTechnics(テクニクス)のオープンリールデッキは、故障したまま修理されることなく倉庫でほこりをかぶっている。再生することはできない。

マクセルの7号リールがたくさん保管してある。他にも、着物帯のような2インチ幅の24トラックテープやデジタル用のオープンリールテープなどが積まれている。処分するわけにもいかず……

 30年以上前、音楽の録音や編集で磁気テープと毎日格闘していただけに、デジタルデータの大容量記録メディアとして磁気テープに再び注目が集まっているという話を小耳に挟んだ瞬間、思わず「話を聞きたい!」と反応した結果が今回の取材記事だ。対応してくれたのは、1959年に業務用のビデオテープを開発して以来、約60年間連綿と磁気テープに関わっている富士フイルムの大月英明氏。

なぜ、今磁気テープなのか

 磁気テープ復権の理由を探ると「ビッグデータ」というキーワードが浮上する。IoTの時代となり、機器の動作状況や各種の環境情報など、現実空間のあらゆる事象を各種センサーや高精細カメラを利用してデータ化する動きが活発化しているのはご存じの通り。ストレージの単位容量あたりコストが下がり続けているとはいうものの、IoT機器が常時吐き出す大量のデータをためるとなるとその容量とコストはばかにならない。

 大月氏が「アクセス頻度が低い大容量データを低コストで長期的に保存することに向いている」と、磁気テープの特徴を説明するように、IoTやビッグデータが磁気テープの復権を後押ししているともいえる。実際、あるシステムインテグレーターのトップは、「企業経営におけるデータ活用の重要性が増しているのだから、“使う使わないに関係なく、とにかくデータをためておけ、将来必ず利用価値が出る”と顧客に説いている」と力説する。つまり、デジタルツインが本格化する時代に備え、今からデータをためておくことで、AIによるデータ解析などを導入した際には、DX推進で優位に立てるというわけだ。

 また、大容量と低コストだけでなく、セキュリティ面にも注目が集まっている。後にその構造を詳述するが、カートリッジ式でオフライン保管が可能なので、外部からの不正アクセスには強い。そのあたりの優位性を評価され、磁気テープはMicrosoft Azureのストレージサービスに採用されているという。

ブレークスルー技術の開発で限界を突破

 筆者は、2000年代にDVDビデオの映像コンテンツの制作を行っていたのだが、その際、プレス工場への完パケ納品は、DLT(Digital Linear Tape)を用いていた。当時利用していたDLTは、最大容量で数GBから数十GBもあり、その大容量に驚いていたのが、昨今の磁気テープは、LTO(Linear Tape-Open)という規格に進化し、カートリッジ1巻あたりの記録容量は、最大で12TBを誇るという。さらに、将来的には1巻あたり580TBという高容量化技術を開発しており「国立国会図書館の蔵書に記録された全ての情報がテープ1巻に入るようなイメージ」(大月氏)というからすごい。

 では、そこまでの大容量記録が可能になった理由はどこにあるのか。その理由を説明する前に、磁気テープの構造についておさらいしておこう。磁気テープは、ベースフィルムの上に磁性体を塗布することで磁気記録を可能にしている。この磁性体にドライブの磁気ヘッドを接触させ、磁化(*)することで信号を記録する。この構造は、ビデオやオーディオテープと基本的に同じだそうだ。

(*)物に磁石としての性質を持たせること。

ベースフィルムの上に磁性体を塗布することで磁気記録を可能にする。この構造は、ビデオやオーディオテープと基本的に同じ

 磁気テープは、この磁性体を高密度化して塗布したり、ベースフィルムを薄くしたりすることで、記録容量を増大させてきた歴史があるが、この磁性体の原料の分野で容量の限界を打ち破る技術的ブレークスルーがあったという。それまで使われていたメタル磁性体では、高密度化が頭打ちになっていたのだが、バリウムフェライト磁性体の開発が記録容量の壁を打ち破った。富士フイルムが世界で初めてバリウムフェライト磁性体を用いた磁気テープを実用化したという。

 それまでのメタル磁性体は、40〜100ナノメートルの細長い形をしており、長軸方向に磁化をもっている(両端がS極とN極になっている)。メタル磁性体では、この磁石の強さが磁性体の大きさや形に影響を受けるため、サイズが小さくなるほど磁石の特性を維持しにくくなる。一方のバリウムフェライト磁性体は、20ナノメートルの平板の形状をもつが、板面に垂直な方向で磁化する特性があり、大きさや形の影響は受けない。この特性の違いが微粒子化(高密度化)の可否を決定づけている。また、メタル磁性体は、時間の経過とともに酸化し徐々に磁気特性が劣化する。一方のバリウムフェライト磁性体は、酸化鉄が主体の材料であるため、酸化による劣化が起きず小さくしても特性を維持することができるというわけだ。

シンプルな走行系で巻き込みトラブルを回避

 カセットテープやビデオテープを使った経験のある人であれば、テープの巻き込みトラブルに見舞われた経験があるのではないか。カートリッジから、ドライブの中にテープを引き込みヘッドを接触させることで、データを読み書きする訳だから、LTOカートリッジにおいても同様のトラブルを心配してしまう。その疑問を大月氏にぶつけたところ次のような答えが返ってきた。

 まず、ビデオテープなどと比較すると走行系がシンプルになっており、トラブルの確率は相当低くなっているという。確かに、ビデオデッキの走行系は、回転磁気ヘッドを用いたヘリカルスキャン方式が採用されており、デッキの中で複雑な経路をたどっている。この複雑さがトラブルの要因の1つでもあった。

 一方、DLTやLTO規格の磁気テープは、リニアサーペンタインという昔のオープンリールデッキのようなシンプルな経路を実現している。カートリッジ内のリールからテープの先端を引き出し、ドライブ側のリールに巻き込む仕組みだ。シンプルであるが故に、トラブルが少ない。

テープの走行系がヘリカルスキャン方式からリニアサーペンタインというシンプルな方式に変わったことで、トラブルが非常に少なくなった

 さらに、サーボトラッキングという技術もトラブル防止に一役買っている。製造時、テープにはサーボという特殊な信号(サ―ボ信号)があらかじめ記録される。サーボトラッキングは、テープ走行時にドライブのヘッドがサーボ信号に追従して位置決めすることで、データを決められた位置で正確に読み書きしてくるというもの。以前は、ヘッドを固定し、テープの端をガイドで規制することでテープの走行ブレを防止し位置決めをしていた。この方式だと、走行しているテープがガイドに触れるなどして傷むのでトラブルの要因になっていたのだ。

 筆者経験談として、冒頭でも紹介したオープンリールテープについて、そこに収録してある古い音源をデジタル化する際、オープンリールデッキで再生しPCに取り込む作業をする。しかし、当時のテープをそのままデッキにかけると、走行トラブルが生じる場合がある。筆者は通称「ベタベタ問題」と呼んでいる。

 これは、ベースフィルムのコーティングに用いられた糊(のり)のような物質が、経年劣化で溶解してベタベタになることで、デッキのヘッドに張り付いてしまう現象だ。これを避けるためには、業者に頼んで「焼き入れ」という、専用の乾燥機を使った作業をする必要がある。

 長期保存したデータ用の磁気テープも経年劣化でベタベタ問題を引き起こすことはないのだろうかと心配になる。しかし、大月氏は、「素材の改良も進んでおり、加速度試験の結果では室温で50年以上に相当する加速条件下でのテストにおいて磁気特性に変化が生じないことが確認されている」と太鼓判をおす。安心した。

まだまだ、とどまるところを知らない容量アップ

 LTO規格の磁気テープは今後も進化する。「磁性体の微粒子化やテープの薄層化に加え垂直磁気記録方式やミリ波磁気記録などにより、さらに大容量化が可能」(大月氏)と胸を張る。

 現状の磁気テープは、昔のHDDのように、面内磁気記録方式だ。2000年代中盤にHDDは、垂直磁気記録方式を実現し大容量化が加速した歴史がある。磁気テープにも同様に磁気記録方式のブレークスルーがもたらされることでさらなる大容量化が可能になるのも理解できる。今後の製品のロードマップとして非圧縮で最大容量144TBまでひかれており、さらなる大容量化が期待できる。

 取材の最後に、素朴な疑問を投げかけてみた。というのは、磁気テープがカートリッジ式である以上、ドライブへの差し替え作業が発生してしまうと考えたからだ。例えば、データセンターのようなところで、作業員がカートリッジを手動で差し替えている光景を想像してしまい、なんとアナログな! と1人悩んでいた。

 大月氏は、笑いながら「ロボットが自動で差し替え作業を実施するのでその心配はない」と筆者の誤った想像を正してくれた。YouTubeに「IBM System Storage Tape Library ts3500 ts4500 robotic-dual-sing.Action」と題したロボットがカートリッジの差し替え作業をしている動画があったので、それをご覧いただいてこの記事を結びたいと思う。

著者紹介

山崎潤一郎

音楽制作業の傍らIT分野のライターとしても活動。クラシックやワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレーベル主宰。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。

TwitterID: yamasaki9999


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